「はい、準備できたわ」
昼食を終えて、セシルの澄んだ心地いい声が俺の耳に届く。ソファーの端に腰掛けて、俺が横になるのを待ってくれている。
俺がどんな子供みたいなわがままを言っても、結局は受け入れてくれた。そんなセシルが愛しくもあり、誰かに簡単に騙されるのではないかと不安だった。
「ああ、頼む」
セシルの柔らかな太ももに頭を乗せれば、ふわりと花の香りが鼻先を掠める。至近距離で見つめていたいのを堪えて目を閉じると、セシルの息遣いとそっと仮面に触れる気配がした。
もっと俺に触れてくれないだろうか。
もっと俺のそばに来てくれないだろうか。
もっと俺に笑いかけてくれないだろうか。
いつもそんなことばかり考えていた。セシルが俺をなんとも思ってないのは理解している。
そもそも妻になってくれただけで、最初は満足だったのにどんどん欲深くなっていった。妻になってもらうために無茶をしたから、それ以上は求めたりしないし強引な真似はしたくない。
だからふざけたふりで、こうやって触れるしかできなかった。本当に情けないものだ。
俺の心のうちを伝えたら、セシルはどう思うだろうか? 悪魔皇帝と呼ばれるような俺が、本気で愛してると知ったら。卑怯な手を使って妻にしたと知ったら。
その時セシルはこの手から逃げ出すのではないかと思うと、とても気持ちを伝えられなかった。



