美奈ちゃんはスクっと立ち上がると
「よし! 結婚式やるぞ―――――!!」
 と高らかに宣言した。
 マーカスたちも、みんな立ち上がると
「congratulations!!(おめでとう)」「congrats!!(おめでとう)」
 と叫びながら口笛を鳴らした。

「ディナちゃんは残念でした~」
 そう言って美奈ちゃんはディナを帰した。
 消える直前、上目づかいに(にら)んでくるディナに、ちょっと申し訳なく思ったが、残念ながらディナの想いに応える事は出来ない。俺は由香ちゃんとの愛に生きるのだ。
 そのうちもっといい男は見つかるだろう。頑張れディナ。
「さぁ、行くわよ!」
 そう言うと、美奈ちゃんは扇子をくるりと回して、何やら唱え始めた。
 俺は意識が飛んだ。

          ◇
 
 
 気が付くと俺は、金色の花が咲き乱れる広大な花畑の中に立っていた。
『あれ? ここはどこだ?』
 周りを見回すと、みんな転送されてきたようだが……、美奈ちゃんと由香ちゃんがいない。
『うーん、二人だけで何かやってんのかな……』
 気持ちいいそよ風が頬をなで、遠くで小鳥のさえずりが響いている。
 金色の花は広大な丘全体に咲き乱れ、太陽の光をキラキラと反射して眩しいくらいだ。
 俺はゆっくりと深呼吸をした。
「あー、何だかピクニックに来たみたいだね」
 クリスに話しかけると、
「…。ここは金星(ヴィーナス)だな……。夢にまで見た女神の星だ……」
 と、すごく感激している。
 サラも笑顔で言う。
「ふふっ、素敵だわぁ……。良かったわね、クリス。ずいぶんかかっちゃったけど」
 そう言えば、クリスにとっては、十万年間探し求めていた場所なのだった。
 ふと、マーカスを見ると寂しそうな顔をしている……
「What's wrong?(どうしたの?)」
「ムカシ ココハ マチ ダッタ……」
「え? 来た事あるの?」
 そう聞くと、マーカスは目を瞑り、大きく息を吐いて、
「Just nothing! Forget it!(何でもない)」
 そう言って、向こうへ行ってしまった。
 確かに向こうに流れる川の流れ方などを見ると、人工的な面影があるように見えなくもない。しかし今は一面の花畑、住んでいた人がいたとしたら、どこへ行ってしまったのか? 海王星人(ネプチューニアン)と同じく、みんな寝てしまったのだろうか……
 そもそもマーカスは、なぜそんな事を知っているのだろう? 地球人が金星に来るなんてこと無いはずなんだが……何だろうな……
 すると、どこからか高周波音が響いてきた。
 Bleeeeeep(キィィィィ――――ン)
『んー? どこから聞こえてきてるんだ?』
 キョロキョロと周りを見回していると、急に暗くなった。
 と、次の瞬間
 Z、ZoooM(ズ、ズーン)!!
 と、衝撃波に近い重低音が響き渡った。
 見上げると、俺は無数の煌めく宝石群に覆われていた。
「おわぁ!」
 俺は驚いてしりもちをついて、口をあんぐりと開けながら上空を見る。そこには宝石だらけの巨大構造物が、覆いかぶさるように浮かんでいた。大きさは……とにかくデカい! イオンモールが何十個も入りそうな超巨大サイズである。
 巨大構造物は、
 Thud(ゴウン)Thud(ゴウン)Thud(ゴウン)
 と、重低音を伴いながら、無数の光の粒子をあたりに振りまきながら神々しくゆっくりと前進し……、そして、回頭し、徐々にその全容を明らかにした。
 何と形容したらいいか分からないが、あえて言うなら超巨大豪華客船と言った風貌だ。街がすっぽり一つ入るサイズの豪華客船。
 下半分と後ろ側は、純白の地に大小さまざまな無数の宝石が散りばめられており、まるで、真っ白の砂浜に、多量の宝石をぶちまけたような風合いをしている。宝石はルビー、サファイヤ、エメラルド、ダイヤモンドなどで、大きなものだと手のひら大はあろうかといった感じだ。
 宝石たちはキラキラッ、キラキラッと閃光を放ちながら豊かな色のハーモニーを奏でている。
 そして、エッジのところには純金の装飾が施されており、輪郭を綺麗に締めている。また、船首から船尾にかけても優美な円弧の金のラインが何本もあしらわれていて、そのラインから蛍のような光の粒子が無数に吹き出していた。いわば空飛ぶ巨大宝石箱である。
 上部前方は青いガラスで作られており、優美な円弧群が集まったデザインで構成され、言うならば巨大コンベンションセンターみたいな雰囲気がある。ガラスなので内部の様子が一部うかがい知れる。
 内部には巨大な球体の発光体があり、また、無数の展示物の様なものが配置されており、美術館の様な印象を受ける。イオンモールがいくつも入るサイズのガラス張りの美術館、なんだかとんでもないスケールだ。
「ヴィマナ……ね、すごい!」
 サラが喜んで言う。
「…。そうだ、ヴィマナだ……。伝承の空飛ぶ宮殿……本当にあったのか……」
 クリスが目を見開いて感激している。
「ヴィマナ?」
 俺が聞くと、
「60万年前、ある海王星人(ネプチューニアン)が一度だけ、乗せてもらったと記録に残っているんだ。まさか現存しているとは……」
 クリスはすっかりヴィマナに心奪われているようだ。
 荘厳で神懸った空飛ぶ宮殿は、圧倒的な美しさで見る者を虜にする。俺もキラキラと煌めく宝石たちの光のシャワーに、すっかり魅せられてしまった。
 ぐるっと回って戻ってきたヴィマナは減速し、俺たちの頭上でゆっくりと停船した。
 鳴り響いていた重低音も
 POW(プシュー)
 という音を最後に止まり、花畑の丘には静けさが戻ってくる。
 船底には幅四十メートル位の建造物がくっついており、それが静かに降りてきた。
 ヴィマナの玄関に当たるのだろう、豪奢(ごうしゃ)なデカい扉と階段と金色の簡単な門が付いている。
 玄関が切り離されたヴィマナは、すうっと霧のように消えて行った。
 玄関が地上につくと、巻かれたカーペットが自動的にクルクルと展開され、通路となる。
 そして脇のドアから儀仗隊(ぎじょうたい)とおぼしき屈強な男たちが40人ほど登場し、ザッザッザと行進しながらカーペットの脇に二列に整列した。それぞれ純白で金の縁取りの制服と高い帽子を被っている。続いて、最前列の二人は、赤く細長い三角の豪奢(ごうしゃ)な旗を高々と掲げ、向かい合わせになってクロスさせ、門を作った。
 パーッパラッパッパー!
 後方の兵隊が高らかにラッパを吹きならす。
「抜刀!」
 という掛け声がかかると、儀仗兵は向かい合わせとなって幅広の剣を抜き、高々と掲げた。剣は深紅の柄で、刀身には精巧な金の装飾が施されていて実に美しい。
「ヴィーナ陛下のおなーりー!」
 掛け声に合わせて豪奢で重厚な巨大な扉が、ギギギーっと音を立てながらゆっくりと開いた。
 出てきたのは、先ほどよりは少しシックで、タイトな黄金のドレスに身を包んだ美奈ちゃんと……ウェディングドレスに身を包んだ女性……由香ちゃんだ!
 美奈ちゃんはにこやかに俺たちに手を振りながら、軽やかに階段を降りてくる。由香ちゃんもゆっくりそれに続く。
 抜刀された剣の列の間を通り、旗をくぐって二人は俺たちの前に現れた。
 美奈ちゃんはゆっくりとみんなを見回し、ゆっくりうなずくと、俺を見て、
「どう? 私のお城は?」
 と、ドヤ顔で微笑む。
「いや、こんな凄い宮殿は見た事もないし、想像を絶する……圧倒されたよ!」
 俺が興奮気味に話すと、
「誠さんのお城は海に落ちちゃったしね!」
 と、ニヤッと笑った。
 そんな所まで見てたのかこの人は……。
「いや、ちょっと……その事は……」
 俺がしおしおとなっていると、
「そんな事より、何か言う事……あるんじゃないの?」
 そう言って、美奈ちゃんは由香ちゃんを引き寄せる。
 
 純白のマーメイドタイプのウェディングドレスに包まれ、花の髪飾りをした由香ちゃんは、化粧もばっちりで神懸った美しさを放っていた。
「うわぁ……」
 その美貌に思わずくぎ付けとなってしまう俺。
『本当にこの娘と結婚……できるのか? 本当にいいのかな?』
 由香ちゃんはちょっと恥じらいながら、俺を少し上目づかいで見る。
 俺と由香ちゃんは見つめ合い、二人の世界に入っていく……
 徐々に心の奥底から温かい気持ちがあふれだし、心が温かいものでいっぱいに満ちていく……
 
『あぁそうだ。俺はこの娘と一生を共にするんだ……』
 自然と確信が湧いてきた。
 捨てられるのが怖くて人を愛せなかった俺とはもう違う。心の底から由香ちゃんを信頼し、愛しているのだ。
 俺は由香ちゃんの手を取り、(ひざまず)いた。
 そして、しっかりとブラウンの瞳を見つめ、ゆっくり、心を込めて言った。
「由香ちゃん……俺と一緒に……人生を歩んでいってください」
 
 由香ちゃんはブラウンの瞳をキュッと見開き、左手で顔を覆った。
 そして、涙が一粒、頬を伝って落ちる。
 
 彼女は小さな絞り出すような声で、
「はい……、よろしく……お願いします」
 そう言って涙をぬぐった。
 俺は立ち上がり、由香ちゃんを優しくハグした。
「ありがとう、一生大切にするよ……」
 マインド・カーネル上ですぐそばにいた由香ちゃん、愛の芽は最初からあったのだ。そして、シアンを試行錯誤しながら一緒に育てた日々、第三岩屋の冒険、今までの二人の時間が確実にその愛をはぐくんだ。
 トラウマを超え、今、ここに愛は結晶となり、煌めきを放った。
 
 パチパチパチパチ
 パチパチパチパチ
 いつの間にか儀仗隊の人たちも集まってきていて、みんなで盛大に拍手をしてくれた。
 花畑を渡るそよ風が優しく俺達を包み、高く飛ぶ小鳥のさえずりが心地よく響く。
 俺はこの数奇な運命に感謝をした――――
 



 
 
7-12.柔らかい唇
 
 美奈ちゃんはみんなを見回して言った。
「はい! そしたら式場へ行くよ!」
 いよいよ挙式という事だが、俺は江の島へ行った時のままの、アウトドアスタイルだ。
「あれ? 俺の支度は?」
 俺が聞くと、
「あ、忘れてたわ……」
 ナチュラルに忘れていたらしい。新郎ぞんざいに扱われ過ぎだ……。
 美奈ちゃんはキョロキョロと周りを見回し、手を挙げて言った。
「マゼンタ! よろしく!」
 すると執事服を着た初老の紳士が、スルスルと近づいてきて、
「かしこまりました」
 と、うやうやしく胸に手を当てた。
 何と、マゼンタは美奈ちゃんの執事だったのか。金星人(ヴィーナシアン)なら、シアンを圧倒する技術力なのも当たり前だ。
 マゼンタは俺を見ると、
「おめでとうございます。手紙から感じられた由香さんとの愛は成就したようですな」
 と、にこやかに笑った。
「その節はお世話になりました。鈍感は罪でしたが、無事結ばれました。ありがとうございます」
 俺がそう言うと、マゼンタはニッコリとうなずき、目を瞑って何かを唱えた。
 BOM(ボン)
 軽い爆発音とともに、地球から来たメンバーの服がそれぞれ変更された。
 俺は白いタキシード、みんなは黒のスーツに白いネクタイ、サラはシックな青いドレスでシアンは子供ドレス。
 そつのない選択だ。さすが執事。
「じゃぁ行くわよ~!」
 美奈ちゃんはみんなに声をかける。
「あれ? これで終わり?」
 俺が美奈ちゃんに聞くと、
「なによ? なんか不満なの?」
「髪型とかメイクとかあるんじゃないのかなって……」
「新郎は何でもいいの!」
 そう言って先頭切って歩き出した。
 酷い……。俺は少しうなだれた。

       ◇
 
 見回すと、小高い丘の上に小さな白いチャペルが見える。
 俺は由香ちゃんの手を引いて、チャペルを目指す。
 
 真っ青な青空にいくつか浮かぶ白い雲、時折爽やかな風が黄金の花畑を渡っていく。
 風に乗ってベルガモットやマンダリン系の甘い香りが俺達を包む。
 遠くから小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 
 あー、これが人生最高の時間なんだな。
 俺は由香ちゃんを見てにっこり笑い、由香ちゃんは幸せそうに照れる。
「生まれてきてよかった!」
 自然と言葉が口に出てくる。
「私も!」
 
 俺たちは見つめ合って笑う。
 
「あのチャペルは金星人(ヴィーナシアン)が昔、使っていたもの、百万年前の遺跡よ!」
 美奈ちゃんは、俺達を先導しながら説明してくれる。
 
「百万年前!? なんだかとんでもない遺跡だね!」
「ここで結婚式を挙げたカップルは、皆最後まで添い遂げてるのよ。もし、別れる事になんてなったら、百万年の歴史に泥を塗る、重大事件になるから覚悟しなさいよ!」
「え? 重大事件?」
「そうよ、海王星(ネプチューン)衛星(トリトン)落としてやるんだから!」
 クリスが青い顔して言う
「陛下、それだけはご勘弁を!」
 海王星(ネプチューン)が崩壊したら当然一万個全ての地球も全滅だ。シャレになってない。
 
「大丈夫だよな、由香ちゃん!」
 ちょっと冷や汗流しながら、由香ちゃんを見る。
「当たり前じゃない!」
 ちょっと膨れている。
「ふふ、誠さんと先輩なら大丈夫か」
 美奈ちゃんはそう言って笑う。
 
 チャペルの中に入ると、中から外は透明に見えるようになっていた。
 外からは真っ白な壁が中からはガラスのように透明なのだ。
 金色の花畑の中に浮かんでるかのような式場、二人の門出には最高の演出だ。
 金星では、百万年前からこんな素敵な遺跡が建っていたのか。
 
       ◇

 さて、いよいよ挙式である。
 
 壇上で俺が待っていると、可愛いドレス姿のシアンが、バスケットに入れた花びらを振りまきながらバージンロードをよちよち歩いてくる。
「お花ですよ~、お花で~す!」
 あー、シアンは女の子だったよなぁと、今さらながら感慨深く思う。
 
 その後ろを、クリスと共に由香ちゃんが付いてくる。
 
 由香ちゃんは、ちょっと緊張した面持ちで、ゆっくりと一歩一歩
 
 儀仗隊の皆さん、会社の仲間、そしてサラと黄金のドレスの美奈ちゃんに温かく見守られながら一歩一歩……
 
 そして最前列まで来て、俺と目が合った。
 俺は微笑んでゆっくりとうなずいた。
 由香ちゃんはちょっと照れながら、壇上に登る。
 
 壇上に俺と由香ちゃんが並んで立ち、クリスが間に立って開式を宣言した。
 
「誠さん。あなたは由香さんと結婚し、妻としようとしています。あなたは、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
 俺は由香ちゃんをじっと見つめ、
「誓います!」
 
「由香さん。あなたは誠さんと結婚し、夫としようとしています。あなたは、妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
 由香ちゃんも俺をじっと見つめ、
「誓います……」
 
 そこにシアンが恭しく、指輪を載せたトレーを持ってやってくる。
 シアン大活躍だな。
 指輪までいつの間に用意したんだ?
 きっと執事だな、執事凄いな。
 
 俺達は、お互いの薬指に指輪をはめあった。
 
 そして、俺は両手でゆっくりと、由香ちゃんのヴェールを上げた。
 由香ちゃんは、可愛いクリっとしたブラウンの瞳で、真っすぐ俺を見つめている。
 愛おしさが、俺の心一杯に満ちあふれた。
 そして、ゆっくりと由香ちゃんに近づいていくと、由香ちゃんは目を閉じた。
 唇をそっと重ねる――――
 俺は、その温かく柔らかい唇に魅了され、地に足がつかない、ふわふわとした感覚に捕らわれた。そして、この上ない幸せに包まれていくのを感じていた。
 
「congratulations!!(おめでとう)」「congrats!!(おめでとう)」「congratulations!!(おめでとう)」
「らぶらぶ~ きゃははは!」
「誠さーん、おめでとう!」
 
 みんなから声が上がる。
 そして、クリスが結婚の成立を宣言した。
 ジャーン♪ ジャージャ♪ ジャン♪ ジャン♪ ジャン♪ ジャン♪
 後方で儀仗隊の皆さんが、ブラスバンドでお祝いの曲を奏でてくれている。
 これからは二人で一つなのだ。うれしい事は二人分、悲しい事は半分、俺は今、人間として完成した事を、由香ちゃんに、そして参列してくれたみんなに、心から感謝をした。
 生演奏とみんなの拍手の中、俺は由香ちゃんと見つめあい、これから始まる二人の人生に思いをはせた。
 神様と、神様の神様に祝福された贅沢な結婚式で、俺達は正式に夫婦となった。
 ついさっき告白したばかりなのに、とは思うが後悔などない。
 
「地球に帰ったら、もう一度挙げないとね」
「ふふ、二回もできるなんて得した気分、でもこんな素敵な場所での挙式は地球じゃ無理だわ。ここは最高!」
 由香ちゃんは感動で涙目である。
 俺たちは見つめ合い、もう一度キスをした。