時は20年ほど、さかのぼる――――
 結婚して五年、金原(かねはら)夫妻には悩みがあった。
 夫妻は応京大で知りあい、五年ほど付き合ったのちに結婚、奥さんの美也子(みやこ)は専業主婦、旦那さんの克彦(かつひこ)は一流商社に勤めるエリートサラリーマン。港区の高級マンションに家を構え、誰もが羨む順風満帆の人生を満喫していた。ただ、子供ができない事を除いて……。
 その日、克彦はイタリアンレストランを予約し、夫婦で訪れた。
 スプマンテで乾杯したが……美也子は浮かない顔をしている。
 産婦人科で不妊検査の結果を聞いてきたはずなので、その関係だろう。
「で、結果はどうだったの?」
 表情を見れば、結果は聞かないでも分かるが……
「……」
 下を向いて、言葉を選ぶ美也子。
 しかし、口に出すのもしんどそうで、黙り込んでしまった。
 ここ三年、子供ができずに苦しんでいた日々を想うと、胸が痛い。
「ダメならダメで仕方ないよ。養子縁組とかもあるしさ」
 克彦はサバサバとした言い方で、美也子の言葉を促す。
「ごめんなさい……私達二人ともダメなんだって」
 そう言ってハンカチで涙を拭く美也子。
「……。そうか……二人とも……」
 妊娠能力が男女ともに無いという結果だったらしい。
 せめて片方だけでもあれば、まだ解決の方法はいろいろ考えられるが、二人とも無いという事であればもう子供を授かる事は不可能だった。
 克彦も美也子もこの晩はあまり味が分からなかった。

         ◇

 帰宅してベッドに入り、克彦はさめざめと泣く美也子を抱きしめて、頭をゆっくりと撫でた。
「養子縁組とか、話聞きに行こうか……」
 克彦は声をかけたが返事はなかった。
 子供が大好きで、ずっと欲しがっていた美也子に、神はなぜこんな仕打ちをするのか……
 克彦は美也子をそっと撫でながら神を呪った――――

 と、その時、暗闇の部屋に、いきなりまばゆい光が満ちた。
「うわぁ!」
 克彦は突然の事に大声を上げる。
 寝室に(ほとばし)る閃光は、甲高い高周波音と共に静寂を根底から破壊した。
 ただ克彦は、この閃光をなぜか脅威には感じなかった。むしろ、少年の頃によく感じていた、未知なるものへのワクワク感が心に満ちるのを感じていた。
 まばゆい光はやがて落ち着き、見ると空中に、金色のドレスと羽衣を纏った美しい女性が浮いていた。
 克彦も美也子も、その神々しいまでの威容に息をのむ。
 観音様か女神様か分からないが、人ではない神聖な者が現れた事は良く分かった。

 飛び回る多くの光の微粒子の中で、女性は克彦を見つめた。
(なんじ)らは子が欲しいか?」
 そう言って、その女性はニッコリとほほ笑んだ。
 いきなり聞かれて一瞬何のことか混乱してしまったが、
「は、はい! もちろん欲しいです!!」
 克彦は跳ね起きて、手を組んで答えた。
「血のつながりのない、神の子となるが良いか?」
 遺伝子的には繋がりのない子だという。どういう事だろうか……
 でも、養子縁組を考えていたくらいなのだから、血のつながりはもはや諦めている。
「私は構いませんが……」
 克彦は美也子の方を見る。
 美也子もベッドから起き上がると、
「神の子というのはどういう子……なのでしょうか?」
「賢く、美しく、元気な世界一の可愛い子じゃ」
 そう言って微笑んだ。
 美也子はしばらく逡巡(しゅんじゅん)していたが、
「ぜひ、お願いいたします。しっかりと育てますので私達に赤ちゃんを下さい」
 そう言って女性を拝んだ。
「よし、任せたぞ!」
 そう言うと、また激しい輝きが部屋を満たし、女性は消えていった――――

             ◇

 二か月後、美也子は激しい吐き気に襲われた。
 もしやと思って産婦人科に行くと、妊娠十週だという。
 いよいよ神の子が来た。
 美也子と克彦は抱き合って喜び、赤ちゃんをどう迎えるか話し合った。
「あなた、名前はどうする?」
「美しいと言っていたから、きっと女の子だよね」
「美しいなら『美』は決まりね。私の一文字だし」
「美奈子、美代子、美穂子……」
「今時『子』は流行らないわよ」
「じゃぁ、美奈、美代、美穂……」
「女神様から授かった子供だから、ヴィーナスの子で『美奈』かしら?」
「『美奈』でビナ、なるほど、いいかもしれないね」
 その晩、二人は夜遅くまで語り合った。
 神の子なのだから何の不安もない、珠の様な賢く美しい赤ちゃんが産まれるだろう。

             ◇

 それから五年、四歳になった美奈は悩んでいた。
 幼稚園の同級生が、子供過ぎて話にならないのだ。
 読み書き算数をこなし、読書が好きな美奈に、粗暴な男子はあれこれちょっかいを出してくる。
 先生に言っても、静かにしてるのは一瞬だけで、すぐにまた元に戻る。
 実に憂鬱だ。
 その日、静かにテーブルで絵本を読む美奈に、男子がボールをぶつけてきた。
「み~な~み~な~あっかんべ~!」
 ぎゃはははは!
 そう言って逃げ出す男子。
 見るとお気に入りの絵本が、ボールに当たった拍子で破れてしまっている。
「信じらんない!!」
 今日という今日は、堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒が切れた。
 本を(けが)す者は絶対に許せない!
 
「おまえら~!!」
 激しい怒りをもって、美奈はテーブルを両手で思いっきり叩いた。
 BANG(バン)
 次の瞬間、激しい閃光が美奈を包んだ。
 巻き起こる突風、耳をつんざく高周波音、一体何が起こったのか? 美奈はバランスを崩し床に転がった。
 しばらくして光が収まって、目を開けると……
 そこは全てが灰の世界だった。
 見渡す限り全ての物の色が失われ、燃え尽きた炭のように一面グレーになっていた。
 テーブルに触れてみると……
 さらさらと灰色のテーブルは細かい粒子になって崩れ、消えていってしまった。
「あぁ! なんなのこれ!?」
 美奈はあまりの事に混乱した。
「せ、先生を呼ばないと……」
 周りを見渡すと……先生も灰になっていた。
 大好きな先生が……
「あ、あぁ……」
 いったいこれは何なんだ、自分が怒りに任せて変な事をやってしまったのか……。美奈は途方に暮れてしまった。
 と、次の瞬間また閃光が迸った――――
「うわぁぁ!」
 思わず身をかがめる美奈。
『また変な事が起こってしまった、どうしたらいいの?』
 美奈の頭の中で、グルグルと嫌なイメージが回る。
「あらあら、派手にやったわねぇ」
 どこかで聞き覚えのある女性の声がする。
 声の方を見ると、金色のドレスの女性が宙に浮いていた。
 突然の事に声も出せずにいると、彼女は、
「まだ四歳だろ、随分と早熟だねぇ」
 そう言って笑った。
「お、お姉さんは誰なんですか?」
 宙を舞う不可解な女性に気おされながら、美奈は声をかける。
「おや? 私が分からないのかい?」
 女性はニッコリと笑った。
 琥珀(こはく)色の瞳にギリシャ鼻の美しい女性……確かにどこかで見た事がある様な……
 でも親戚にこんな人は居ないし……
 その時、頭の中に映像がフラッシュバックした。
 そう、何度も自分は彼女に会っている……でも、それは……夢の中??
 美奈はそーっと女性に近づいて、ジーっと顔を見つめる……
 もしかして……
「あなたは……私?」
 女性はにっこりと笑うと
「なんだ、思い出したじゃない。そう、私はあなた、金星人(ヴィーナシアン)の女神よ」
「女神……?」
「この世界は私達が作ったの、思い出して」
「私が……作った……」
「そう、今あなたは地球の生活をしてる地球人、でもその本質は女神、私の一部なの」
「え? なんで私は地球人な……の?」
 女神なのに、なぜ自分は地球人などやっているのだろう、美奈は混乱した。
 その混乱を見透かすように、女神はゆっくりと諭すように言った。
「女神はね、何でもできる万能な存在……でも、唯一敵がいるの」
「敵?」
「そう、恐ろしい敵……『時間』よ」
 美奈は良く分からなかった。なぜ『時間』なんかが敵なんだろう……
「『時間』が敵?」
「昔、女神はたくさんいたわ、それこそ数えきれないほどね。でも、それから百万年経って……残ったのは私だけ……。みんな眠りについてしまったわ」
「え? なんでみんな眠っちゃったの?」
「『時間』よ、千年、二千年ならみんな元気よ、でも、一万年超えだすとダメね、みんな眠り始めちゃう。そして十万年経ったら……もう誰も残ってなかった……今はそれから九十万年も経ってるの」
「え? 九十万年間ずっと一人なの?」
「そうよ、忘れちゃった?」
 女神は寂しそうに微笑む。
 美奈は考えた。九十万年の孤独、誰も居ない世界……
 でも、自分はパパ、ママから愛情をたっぷり受けた暮らしをしている……
 孤独だったら地球に住めばいい……
「だから私が地球人なのね!」
 美奈が全てを悟って言う。
「そう、あなたは新鮮な気持ちをもって、地球でワクワク、ドキドキを集めて私と共有するの。これを繰り返す事で、私は九十万年元気に過ごせてきたのよ。」
 女神が女神として地球に住んでは意味がないのだ。一万年ももたない。毎回リフレッシュして赤ちゃんからやり直す事で、新鮮な気持ちで地球の暮らしを満喫できるのだ。
「分かったわ! 任せて! 私はこの地球で素敵な恋をして、いっぱい冒険して、最高のドキドキをあなたに届けるわ!」
「ふふっ、任せたわよ!」
 女神はニッコリとうなずいた。
「あー、でも、力の使い方教えないといけないわねぇ……」
 女神は、一面灰になってしまった幼稚園を見渡した。
「あ、これ、どうしたらいいの?」
 美奈は申し訳なさそうに言う
「ちょっと時間を戻して、あなたを再配置するわね。力の使い方はまた夢で教えるわ」
 そう言うと女神は指先を上に向けて何かを唱えた――――

           ◇

 気が付くと、美奈はにぎやかな幼稚園の中に戻っていた。
 灰色ではない、いつもの幼稚園だ、安心した。
 向こうの方で男子が何やら悪だくみをしているのが見える。
 ボールを投げるつもりのようだ……
 気づかないふりをして絵本を持つ。
 案の定ボールを投げてくるので、さり気なくかわす。
 驚く男子をチラッと見て、ニヤッと笑う美奈。
 この時、美奈は力の使い方を少し思い出した。
『確かこうだったかな……』
 手のひらを男子に向けて念じた。
「ひぃぃ~!!」
 男子は倒れ、動かなくなった。
 確かこうすると魂を一時的に『虚無』に送れたはず。かわいそうに男子は今頃『虚無』で寂しい、辛い、恐ろしい感情の波にもまれているだろう。いい気味だ。
 しばらくして戻してやったら、男子は失禁してガタガタ震えていた。
 これでちょっかいを出すのはやめるだろう。
 私は園児、でもこの地球を作った女神なんだわ!
 地球唯一にして最強、どんな願いだって叶っちゃう!
 このチート能力で地球を堪能してやるんだから!
 見ててね、私! 九十万年の孤独を吹き飛ばしてやるわ!
 美奈は両手を高く掲げ、清々しい気分でドキドキワクワクの未来を想った。




 
7-10.ケシカランボディ
 
 ワインをカパカパ空けて、すっかり上機嫌になった俺。
「Hey! Come on join us! (みんなおいでよ!)」
 俺はみんなに声をかけて、ワインを配る。
 マーカスが神妙な顔で
「プロジェクト ハ セイコウ カナ?」
 と、聞いてくるので、
「Sure! I really appreciate your contribution!(もちろん! ほんとありがとう!)」
 俺はそう言って、マーカスにハグをした。
 彼が作ったシアンが、結果的には隠された地球の謎を解き、神様の神様を呼び出した。それは人類史上どころか、神様史上でも最高の成果と言えるだろう。マーカスはその偉業の最大の功労者なのだ。
「ヨカッタ! オツカレサマ!」
 マーカスも俺をハグしてくれた。がっしりとした筋肉の塊に抱かれて、思わず足が浮く俺。
『おわー!』
 パチパチパチパチ
 自然とみんなが拍手してくれる。いい仲間に囲まれて俺は幸せ者だ。思わず目頭が熱くなる。
「よし! みんなで乾杯だ! みんなお疲れ~!! Cheers!」
「Cheers!」「Cheers!」「Cheers!」
 俺はワイングラスを掲げ、みんなのグラスに合わせる。
 マーカスは大喜びで、
「 Yahoaaa! 」
 と叫びながら、力任せにグラスをぶつけてくる。
 POW(パーン)!!
 Ting Ting(パリン パリン)……
 飛び散るワイングラス……
「マーカス……頼むよ……」
 俺は、頭からワインをポタポタたらしながら、言った。

          ◇

 懸案解決! 最高の仲間に最高のワイン! ディナへの献杯も兼ねて俺はワインを次々とお替りした。
「いやいや、今日は飲むよ~!  Yahoaaa! 」
「あーあ、介抱は先輩やってよね。私は嫌よ」
「はい! 誠さんのお世話は私がやるんです」
 由香ちゃんはにっこりと、うれしそうに言う。
 
「あれ? 二人はもう付き合ってるんだっけ?」
 美奈ちゃんがニヤニヤしながら鋭い突っ込みを入れる。
「えっ?」「えっ?」
 俺は由香ちゃんと目を合わせる。
 でも由香ちゃんはすぐに目を逸らし、赤くなってうつむいてしまった。
 そうだった、由香ちゃんに想いをちゃんと伝えないと……
 俺は覚悟を決めた。酔っぱらった勢いと言えない事もないが、言う事は決めていたのだ。
 俺はグラスを置いて、由香ちゃんに(ひざまず)いた。
「俺と……付き合ってください!」
 俺はそう言って、目を瞑って右手を伸ばした―――――――
 
 由香ちゃんは静かに立ち上がり、シアンをソファにおく。
 
『ちょっと調子に乗りすぎたかな……?』
 心臓の鼓動がドクッドクッと耳に響く。
 
 由香ちゃんは、俺の顔を優しく両手で包むと上を向かせた。
 俺は、大きく開いたブラウンの瞳に吸い込まれそうになり、頭がしびれてくる……。
 そして、由香ちゃんは軽く微笑み、目を瞑ると、軽くキスをしてきた。
「よろしくお願いします……」
 由香ちゃんはちょっと照れながら下を向いた。
 
 美奈ちゃんは手を叩いて笑う。
「君たち最高だわ! あははは!」
 
 俺は一瞬ひるんでしまったが、やられたらやり返さないと。
 俺も、由香ちゃんの顔を両手で包むと前を向かせ、キスをし返した。
 
 美奈ちゃんは今度は、
「あらら……もうお腹いっぱいだわ……」
 と言ってゲンナリした顔をした。
 シアンは
「らぶらぶ~! きゃははは!」 と笑い、
 クリスは温かく微笑んでいる。
 美奈ちゃんはいたずらっ子の笑みを浮かべ、言った。
「そうそう、先輩! 誠さんね、昨日プロポーズされたのよ」
 ブフッ!
 俺は思わず吹き出してしまった。
 由香ちゃんの表情が、一気に険しくなった。
「ちょっと! 美奈ちゃん! 悲しい思い出を掘り起こさないでよぉ……」
 ディナを見殺しにした、苦い記憶がよみがえる。
「あら、別に悲しくなんかないわよ、ほら!」
 美奈ちゃんはそう言って、扇子をパチンと鳴らすと、赤と黄色の中華っぽい着物の女の子が現れた。
「うわぁ!」と、叫ぶ女の子。
 俺は呆然(ぼうぜん)とした。
 ディナ……、ディナだ!
 まだあどけなさの残るつぶらな瞳の少女……。間違いない、それは凌辱され、殺されていたはずのディナだった。
 無事で……良かった……。
 俺は思わず涙をポロリとこぼしてしまった。
「マ、マコ様!」
 ディナは俺を見つけると、うれしそうに駆け寄って手を握り、キラキラとした目で俺を見つめた。
 隣で由香ちゃんが、黒いオーラを放っている。
「マコ様、結婚してくれるのね?」
 満面の笑みで聞いてくるディナに、圧倒されながら、
「い、いや、け、結婚はできないよ」
 そう言って、あわてて涙を手で拭った。
 すると、由香ちゃんはディナを俺から引きはがし、間に入って怒鳴った。
「私の誠さんに気安く触らないで!」
 ディナを(にら)みつける由香ちゃん。
「あら? 22歳の人ね。私は15歳、結婚するなら、私の方がいいんじゃないかしら?」
 にこやかに余裕の表情で対抗するディナ。
「じゅっ、15歳!?」
 絶句する由香ちゃん。
 イカン! ここはちゃんと俺が仕切らないとダメだ。
「ディナ、悪いけど俺はディナとは結婚できない。今、一番大切なのはこの由香ちゃんなんだ」
 そう言って由香ちゃんを引き寄せる。
「でも、結婚はしてないんですよね?」
 ディナが鋭い視線で食って掛かってくる。
「いや、まだ、ちょっと……そのぅ……」
 俺がしどろもどろになっていると、美奈ちゃんが笑いながら、
「あはは、しっかりしなさいよ! こうなったら、もう先輩と結婚しなさい!」
 と、無茶苦茶な事を言ってくる。
「いや、何言ってんすか!? 今付き合い始めたばっかりっすよ!!」と、反論する俺。
 美奈ちゃんは、
「あれあれ? 先輩は乗り気みたいだよ?」
 そう言って、ニヤニヤしてる。
 由香ちゃんを見ると、顔を真っ赤にしてうつむいている。
「え……? 乗り気……?」
 俺が戸惑っていると、美奈ちゃんは、
「何よ! このケシカランボディに何か不満でもあるの?」と、言って、また由香ちゃんの胸を揉んだ。
「きゃぁ!」
 身体をよじらせて逃げる由香ちゃん。
「またセクハラ!」
 俺が指摘すると、
「で、不満あるの?」
 美奈ちゃんはギロリと俺を(にら)む。
「い、いや、な、無いです、最高っす……」
「よろしい!」
 美奈ちゃんは満足げに微笑む。

 蚊帳(かや)の外に置かれたディナが不満を漏らす。
「え~……、マコ様ぁ……」
 俺はディナに聞いた。
「ディナ、そもそもなんで無事なの?」
「ん~、東の国の軍隊は、なぜか全滅しちゃったの」
 首をかしげるディナ。
 すると、美奈ちゃんはワインをくるくる回しながら、
「あ、あれね、私がぶっ潰しておいたわ」
 と、とんでもない事を言い出した。
「え? 美奈ちゃんがやったの!?」
「そうよ、だって誠さんったらみっともなくオイオイ泣いてるんだもの」
 なぜ見てるんだこの人は……恥ずかしい……
「え? ディナのために泣いてくれてたの?」
 そう言って、キラキラした瞳で俺を見るディナ。
「殺されると思ってたからね……。でもディナと結婚はできないよ」
 しょんぼりするディナ。
 俺は美奈ちゃんに聞く。
「軍隊に干渉しちゃいけないんじゃなかったの?」
「それは海王星人(ネプチューニアン)のルールよ。私には関係ないわ」
「え? そんなもんなの? 多様性は?」
「そもそも多様性って、何のためだか分かってる?」
「魅力的なオリジナリティのある文明・文化を作るためだろ?」
「そうよ、で、それは何のため?」
 美奈ちゃんは意地悪にニヤッと笑う。
「な、何のため……?」
 俺は困惑した。そう、なぜそんな事するのか、さっぱり分からなかったのだ。
 そんな俺を見て、美奈ちゃんは得意げに胸を張って言った。
「私に会うためよ!」
「はぁ!?」
 俺はあまりに予想外な返事に固まった。一万個の地球、何十兆人の人たちの人生はただ、美奈ちゃんに会うためだけに紡がれていると言い放ったのだ。
 そんなバカげた話があるかと思ったが、クリスは微笑みながら満足そうにうなずいている。美奈ちゃんの存在はそれだけ重いという事なのだろう。
 話を整理すると、海王星人(ネプチューニアン)たちは自分達の世界が仮想現実空間だと早い段階で気が付いた。そして、管理者(アドミニストレーター)にコンタクトを取りたかった。だが、普通に呼んでも絶対応えてくれない。なぜならメリットを提供できないからだ。そこで、管理者(アドミニストレーター)が出てきたくなる環境を作る事で、誘い出そうと考えた。それがオリジナリティあふれる文明・文化だったという事だろう。そして実際、ここ、クリスの地球で美奈ちゃんを誘い出す事に、見事成功したというわけだ。
 60万年かけて海王星人(ネプチューニアン)はついに管理者(アドミニストレーター)にコンタクトを取れたのだ。
 仮想現実世界を運営する裏にはそう言う事情があったとは、全く想像できなかった。
 おめでとう、クリス!