翌朝、朝食の時間になってもディナは現れなかった。
「誠さん、すごいわね。よく我慢できたわね」
 サラはそう言ってニヤッと笑う。さすがにちゃんとチェックしていたようだ。
「私には心に決めた女性がいるんです!」
 内心とても後悔しながら、強がる事しかできない俺。
「ふふっ、そういう誠さん、嫌いじゃないわよ」
 そう言ってサラは俺の目をじっと見つめる。
 ヘーゼル色の瞳は、俺の後悔まで見透かしている気がして、俺は目をそらし、赤くなった頬を少し気にした。
「今日は何したい?」
 サラが朝食のアジの開きをつつきながら、聞いてくる。
「イマジナリーを練習したいんですが、いいですか?」
「ふぅん、どんな練習?」
「天空の城を浮かべたいなぁって」
「えっ!? 空にお城!?」
 なぜか、とても驚くサラ。
「あれ? マズかったですか?」
「いや、マズくはないわよ。ただ、海王星人(ネプチューニアン)はそんな事考えないからねぇ……」
「私が作ったAIがやってたので、もっと良い奴を作ってみたいなって」
「ふぅん……、じゃ、太平洋の真ん中でやりますか、誰も見てないし」
 サラはニヤッと笑った。
「いいんですか!? ヤッター!」
 俺はつい、両手を上げて大声を出してしまう。
 給仕の女の子が、怪訝(けげん)そうな目をしてこちらを見ている……。

          ◇

 食後にもう一度患者を診て、屋敷を出た。
 しばらく行って振り返ると、見送る女の子の姿が見えた。ディナだろうか?
 大きく手を振って見送りに応えたら、屋敷に引っ込んでしまった。
『ゴメンな』
 俺は納得いく人生を選んだ自負はある。
 でも……心の奥底に残る後悔の念は消せない。可愛い少女が身を(ささ)げに来るなんてことはもう二度とないだろう。千載一遇のチャンスを俺は棒に振ったのだ。信念を持って振った。あえて後悔を選んだのだ。
 選んだ後悔を引きずるなんてバカ者だな俺は……。

          ◇

 海岸の人気(ひとけ)のないところでサラは俺の手を取り、南太平洋のピトケアン諸島へと瞬間移動した。
 透き通る真っ青な海、澄み通る青空、そして真っ白なサンゴ礁のビーチ。まさに天国に一番近い島だ。
 サラは元の女性の姿でオレンジ色のビキニを着て、その上から白いラッシュガードを羽織っている。どうやらレジャーを楽しむ気満々らしい。
 そして、純白のビーチを楽しそうに歩くと、こちらを振り返った。
「周囲四千キロに人はいないわ、思いっきりどうぞ!」
 両手を大きく上げて叫ぶ。
「ヤッホー!!」
 俺はあまりの開放感に、着物を脱ぐとふんどし姿で海に向かって走り出し、しぶきを上げながらホップステップし、頭から飛び込んだ。
 Plop(ザブーン)
 ブクブクブクっと泡の音が俺を包む。限りなく透明な青い世界に色とりどりの魚たちが舞い、降り注ぐ陽の光はカーテンのように揺れながらキラキラと輝く。まるでオーロラの様だ。
 よく考えたら北極へ飛べばオーロラも見放題だ。オーロラは一生に一度は見なければと思っていたので、帰るまでに行っておかねば……。
 俺は血中の酸素濃度を落ちない様に設定し、足ひれとゴーグルを出して装着し、そのまま深い所まで行ってみる。ボンベの要らないダイビングだ。
 サンゴ礁には魚たちが群れ、向こうから大きなウミガメがやってくる。まるで竜宮城だ。
 上を向くと太陽が水面に揺らめいて、そこにイカの群れがスーッと横切って行った。
 俺は心の底から自然と湧いてくる圧倒的な開放感に浸り、しばらく漂っていた。
 口から漏れた泡がプクプクっと水面に向かって立ち昇っていく。
 すると、何かが高速でやってくる。
 何だろうと目を凝らすと、イルカと……サラだ!
 彼らは高速で泳ぎながらも、らせん状にお互いを回り合い、縦横無尽に広い海を駆け回った。
『おぉ……凄い……』
 彼らのまるでダンスのような楽しげな駆けっこを目で追いながら、俺は感慨深く思った。
 AIを開発していただけなのに、海王星に行って、少女に迫られて、南太平洋の海深くでイルカと人魚に出会ってしまったのだ。きっと誰に言っても信じてくれないだろう。
 あまりに彼らが楽しそうに泳ぐので、俺も真似してイマジナリーで体を操ってみた。ただ、前に進むのは簡単でも、サラのように自由自在に泳ぎ回るのはちょっと難しい。一生懸命彼らを追いかけるのだが、全然ついていけない。
 すると、彼らは急に水面に向かって猛ダッシュし始めた。どうするのかと思ったら、空中へ飛んで行った。さざめく水面の向こうでクルクルと回り、バシュッとまた戻ってきた。
 なるほど、これは楽しそうだ。
 俺も真似してみる。
 煌めく太陽に向かって思い切り加速した。
 ダイビングではこういうジャンプは禁止されている。やったら滅茶苦茶怒られる。なぜなら潜水病で死んでしまうからだ。
 でも、今はボンベ背負ってる訳じゃないので自由に飛べる。
 グングン迫る水面、さらに加速する俺……。
 Plash(バシュ)
 いきなり広がる青空と白い雲……真っ白なビーチにヤシの木と眩しい太陽……
「ヒャッハー!!」
 限りない開放感に突き動かされた俺は、思わず絶叫する。
 天国に舞う俺、その瞬間、心の扉が全部開いた気がした。
 ブワっと吹き付ける潮風を浴びながら、俺はこの数奇な運命に深く感謝した。
 しかし……着水の事を考えていなかった俺は、そのままお腹から落っこちた。
「おわ――――っ!!」
 Plop(バチーン)
 無様に派手な音を立てて墜落した俺は、激痛の中、泡に包まれる。
 それを見たサラは指をさして笑っている。そして、イルカも馬鹿にしたようにキィキィと言いながら首を振る。
 
 なるほど、海はナメちゃいかんな……。
 俺は海面に戻り、思わず飲んでしまった海水にせき込む。
 海を渡る風がヤシの木の葉をザワザワと揺らしている。
 俺は身体の浮力を強め、大の字に海面に浮かぶと、ぽっかりと浮かぶ南国の雲を眺めながら漂った。
 津波に襲われた江の島の海に比べたらここは天国だ。
 俺はゆっくりと目を閉じて、幸せに包まれながらプカプカと浮いていた。

          ◇

 ひとしきり遊ぶと俺たちは砂浜に戻った。
 いよいよ目的の空飛ぶ城造りに入る。
 俺はまず、城の母体となる島を物色する。サイズは二百メートルくらいは欲しい。
 深層心理に潜って、周囲を衛星写真のような視点で俯瞰(ふかん)していく。
 ちょっと行ったところに、ちょうどいいサイズの島を見つけた。俺は島の地下の構造含め、城としての構造のイメージを固めていく。なるべくカッコよく切り抜きたい。
 イメージが固まると、イマジナリーを使って、島の材質の属性に手を入れていく。俺は材質の項目に『重力適用度』というのがあるのをチェックしていた。そして、島の地下の材質の部分に『-10%』というマイナスの数値を入れてみる。つまり、島は空に向かって落ちるはずだ。
 しかし……何も起こらない。
 『-20%』に下げてみる……、ダメだ。
 
 ここは強気に『-100%』。
 すると……
 ZuZuZuZu(ズズズズ)……
 と、地鳴りがして地面が小刻みに振動し始めた。
 そして、
 GOWN(ゴン)
 という重低音の衝撃波と同時に島が浮き始めた。始めは徐々に、そして段々とその速度は上がっていき、ついに、島は海から引き抜かれた。
 一旦空中に浮くと、島はグングンと加速しながら空へ向かって飛んで行く。
 島を引き抜かれた部分には海水が巨大な滝のように流れ込み、最後にはドッパーンと激しい水柱が上がり、軽い津波を引き起こしている。また、島から剥がれた巨大な岩が次々と落ちてきて、空襲のように海面を襲う。
 俺は自分の体の重力適応度を落とし、空にジャンプし、津波を回避。そして、飛び去って行く島の重力適応度を『5%』に書き換える。すると(はる)か彼方上空にまで飛んで行った島は、その速度を落とし、最後には緩やかに下降し始めた。
 その後、うまくバランスを取りながら、地上百メートル位に安定させる。
 島の形はダイヤモンドの石の形をイメージし、下を(とが)らせてある。やっぱり丸いよりは尖った方がカッコいい。なぜ映画のラピ〇タでは丸にしたんだろうかと思ったら、あれは物語上丸い方が都合が良かったから、という事に気が付いた。やっぱり自分で作ってみると気が付くことが多い。
「おぉ、やるわね!」
 様子を見ていたサラも、楽しんでくれているようだ。
 このままだと風で流されていくので、カーボンナノチューブの繊維で作ったロープを島の四か所に打ち込み、海面上空に係留した。
 これで天空の島の出来上がりだ。南国の真っ青な空に、巨大な島が宙に浮かんでゆっくり揺れている。まるで映画のアバターの様な風景に俺は酔いしれた。何というファンタジーだろうか。ロープで係留する様は、銃夢に出てきたザレムみたいでもある。
 次に島に降り立って、整地をする。使えそうな植木を残し、後は全部平らにならす。ならすのはイマジナリーで一発なのだ。
 これで土木作業はおしまい。
 微かに揺れる島の上は、良い風が吹いていて心地よい。
 俺はビーチチェアとパラソル、そして瓶ビールを二本出し、栓を抜いてサラに勧めた。
 
 軽く乾杯して、キンキンに冷えたビールを(あお)る。
『くーっ、美味い!』
 南国のシチュエーションがビールにピッタリというのもあるが、海中で運動した分だけ美味さがプラスされている。
 いよいよお城の設計だ。俺はビールを空けるとビーチチェアに横たわり、大きく深呼吸しながら海王星(ネプチューン)のデータベースにアクセスする。
 まず、データベースを漁り、ドイツのノイシュヴァンシュタイン城の3Dデータを入手した。やはりお城と言えば、この中世の文化様式を詰め込んだお城が最高である。ディズニーランドのシンデレラ城も参考にしたという、この美しい城の尖塔や屋根の形は取り入れたい。
 それ以外にもめぼしい城の3Dデータを集め、良さげな要素を切り出してはサイズを調整して貼り、テイストを揃えるため形を少し変形していく……。
 俺はビーチチェアに横たわりながら、イメージの中で一生懸命3Dデータを加工する……。
「誠さん、寝てるんじゃないわよね?」
 サラが待ちくたびれて、あくびをしながら酷い事を言う。
「もうちょっとです~」
 俺は最後に構造計算をして安全な構造になっているか確かめる。島が揺れても台風が来ても壊れないようにしておかないと怖い。
 不安な所がいくつかあったので、柱や(はり)を増強して出来上がりだ。
 デザイン……ヨシッ! 安全性……ヨシッ!
 サラがうたたねを始めた頃、ようやく納得いく3Dデータに仕上がった。
 俺は出来上がった3Dデータの柱の位置を島の上に投影し、そこに基礎となるコンクリート(くい)を打ち込んでいく。
 準備が終わったら、いよいよ城の設置である。
 俺はサラを起こす。
「サラさん、お待たせしました~」
 しかし……、サラはむこうに寝返りを打って、
「う~ん、もうちょっと……」
 と、起きようとしない。
 海王星人(ネプチューニアン)は寝なくてもいいはずではなかったのか?
 管理者(アドミニストレーター)がこんなのでいいのだろうか?
 しかし、サラの幸せそうな寝顔を見ていると、起こすのはかわいそうに思えてくる。西洋人系の均整の取れた顔で高い鼻、つるんとした潤いのある白い肌、美しく弧を描く長いまつげ……。ディナとは全然違う、大人の成熟した美人に俺はしばらく見惚(みほ)れていた。
 起きる気配は全然ないので、仕方なく瓶ビールを出して栓を抜いた。
 南国の昼下がり、涼しい風が海を渡って頬をなでる。風に合わせてゆっくりと島は揺れ、係留する綱がギシギシと音を立てた。
 ここは本当に天国だ。俺はビールを(あお)り、心にこびりついていた(あか)の様な汚れが、少しずつ解けていく感覚に身をゆだねる。
 俺もウトウトしだした頃、急に風が強くなり、辺りが暗くなった。
 何だろう? と思っていたら、いきなり土砂降りの雨が襲ってきた。スコールだ。
 パラソルが傾くくらいに叩きつけてくる豪雨に、俺が面食らっていると、サラが起きだしてきた。そして、ラッシュガードをバッと脱ぎすて、ビキニ姿で豪雨のシャワーを浴びながら大きく天を仰いだ。
「あはは! 天然のシャワーだわ!」
 気持ちよさそうに豪雨に身をゆだねるサラ。抜群のプロポーションで張りのある肌を雨水が流れる。
 ひとしきり雨を浴びると、パラソルのポールにしがみついている俺を見つけ、いたずらっ子の笑みを見せた。そしてイマジナリーで水風船サイズの水玉を出すと、笑いながら俺にパシパシぶつけてくる。
「折角の雨なんだから浴びなさいよ~」
「うわ! 何するんですか!」
 あっという間に俺もずぶ濡れである。
 折角パラソルで逃げていたのに……。
 俺は諦めて、スコールの中に出ると、サラの真似をして水玉を出して投げ返した。
 調子に乗ってパシパシとサラに当てていると、
「誠さん、ちょっとやり過ぎじゃないかしら?」
 ムッとした表情で、サラは俺の頭上に直径一メートルくらいの水玉を出した。
「え?」
 俺が驚く間もなく水玉は俺を直撃し、俺は水の重さに押しつぶされそうになる。水もこれくらいのサイズになると凶器なのだ。水の恐ろしさを身をもって感じた。
 水玉の洗礼ですっかり動けなくなってる俺を見て、サラはケタケタと笑う。
 何といういたずらっ子だろうか……。
 俺は大きく息を吐くと両手で髪の毛をしごき、水を払った。
 やがてスコールはあがり、日差しが戻ってくる。そして、白い雲と真っ青な海をバックに大きな虹がかかった。その鮮やかな色彩の競演に俺は息をのむ。
 サラは虹を見てうれしそうに笑い、両手を虹の方へ伸ばした。
 彼女はこの地球の神様、天然の女神なのだ。クリスとはまた違うタイプの管理者(アドミニストレーター)であり、おおらかで素朴で、それでいて魅力の尽きない女神。
 俺はしばらく、虹と戯れる女神に目を奪われていた。
 
         ◇

 いよいよ城の設置である。
 俺は城の設置場所へ行き、3Dモデルに白色大理石のデータを流し込んで、重力適応度0%で島の上で実体化させる。
 BOM(ボン)
 と、派手な音がして、フル大理石の巨大な城が空中に出現した。
「うぉぉぉ!」
 現れた巨大な城に思わず驚きの声を出してしまう。マンションサイズの建物がいきなり現れるのは、頭では分かっていても圧倒される。
「はっはっは! 誠さん、自分で出したのに驚いてちゃダメよ」
 サラはそう言って笑う。
「こんな大きなもの出したの、初めてなんですよ」
「すぐに慣れるわよ。それにしても綺麗なお城ね」
 六階建ての巨大な城は、白い大理石が太陽の光にキラキラと輝いて、ウットリするような質感を醸成している。
「いやぁ、綺麗ですね。自分で作っててビックリですよ!」
 俺は上機嫌で最終工程に入る。
 城を少しずつ動かして基礎の杭の位置に合わせ……
 そしてゆっくりと降ろしてきて、最後は重力適応度を百%に戻す。
 Thud(ズーン)
 城はうまく乗った……が、重心がずれていたようで徐々に島が回転していく。
「ヤバい、重心の計算忘れてたぁ!」
 慌てて大理石の重力適用度を落とすが、動き出した島はすぐには止まらない。
 俺たちの方向に城が倒れてくる。
「ヤバい! 逃げて~!」
 俺はそう叫んで空中に逃げる。
 サラも笑いながら俺についてくる。
 島はどんどん回転していって、ついには城は、島から振り落とされる様に海に叩き込まれた。
 ZABOOON(ザッバーン)!!
 凄い音を立てて大きな水柱が上がり、城はバラバラに壊れた。
「ハッハッハ!」
 サラにはバカ受けである。
「笑わないでくださいよぉ……」
 俺は涙目。
 島の土台全部に、均一のマイナスの重力適用度をつけたのは失敗だった。やじろべえのように下や周辺部はプラスに、中心部分は強いマイナスにしなくてはいけなかった。
 俺は思わず天をあおぐ。何事も失敗しながら学んでいくものだが、あまりに間抜けな失敗にクラクラする。
 俺は壊れた城を消去すると、しょげながら島の組成の調整を行う。
 最後に重しを城の各部に置いて城の傾き具合をチェック。十分に復元力があることを確認し、満を持して再度大理石の城を乗せた。
 Thud(ズーン)
 一応逃げる準備をしながら様子を見る……。
 今度は傾かないようだ。
『大丈夫……かな?』
 今度こそ成功である。
 島がゆっくり沈んでいくので、浮力調整して完成!
「うむ!」
 サラはパチパチと拍手してくれた。
「ファンタスティック! 折角なら住めるようにしようか?」
「え!? ここに住むんですか?」
「下からは見えないような、特殊なフィールドを展開すれば、街の上飛んでても大丈夫よ。この地球に飛行機はないもん」
「なるほど! やりましょう!」
 二人で手分けをして、城を本格的に住める場所にする施工を行った。
 しかし、城は六階建て、部屋も何十部屋もある。そう簡単ではない。
 窓ガラスを三百か所はめ込み、ドアを八十か所設置し、各部屋の内部にはカーペットを貼り、また、テーブル、椅子、ソファーにベッドを整備した。電気、上下水道の配管を通し、蛇口やシンクを取り付け、トイレには便器を設置した。
 配管の先には、電気を生むモジュールと水を生むモジュール、排水を消去するモジュールを設置する。
 厳密にいえば我々にはもう水道も電気も要らないのだが、地球人的基準で考えると、無いと不安に感じてしまう。まだ地球人根性が抜けてないのだ。
 各部屋には、お城に似合うゴージャスなシャンデリアを取り付け、光を放つライトボールをはめる。
 ライトボールは燃料不要で延々と輝き続ける便利な球。仮想現実空間の地球ではエネルギーの保存則などは意味がないので、何でもアリなのだ。ただ、地球人に見つかるような場所で使うのは禁止されている。こんなチートな道具、見つかったら大事件になってしまう。
 お風呂も重要なので、大理石風呂を作り、ライオンの石像からお湯が出るようにした。水道に温度調整モジュールと、二酸化炭素添加モジュールを追加しただけだが、立派な炭酸泉が出来上がった。
 一番大変だったのは内装。チープな内装では折角の城が映えない。いろいろな城の内装データを見ながら、サラと激論を交わし、結局金と赤のテイストで行く事にした。大理石の壁面に布を張り、また金細工をはめ、塗装インクでプリントしていく。
 外構工事も重要である。庭園にはいろいろな花を植え、石畳を貼り、真っ白な東屋も用意した。
 昼夜休まず作業し続け、三日かけてようやく完成にこぎつけた。大変だったが、リアルなマインクラフトをやってる感じで、とても楽しかった。物を作っていくというのは、本当に最高のエンターテインメントだと感じる。
 最後に城の最上階、ダイニングルームの冷蔵庫に、ワインとチーズとビールを入れて完成だ。
「これで出来上がりですかね?」
 俺が聞くと、サラは、
「そうね、これなら十分に暮らせるんじゃないかしら?」
 そう言って微笑んでくれた。
「さて! 竣工式を行いましょう!」
 俺は酒が飲みたくて仕方なくなってたので、サラに提案する。
「そうね、じゃぁ乾杯しますか?」
「あ、ちょっと待って!」
 折角なら風光明媚(ふうこうめいび)なところがいい。俺は係留のケーブルを外し、城を駿河湾(するがわん)上空に転送させた。
 富士山がバーン! と目の前に現れる。
 冠雪(かんせつ)した富士山の威風堂々(いふうどうどう)とした美しい姿に俺は思わずため息をついた。
『あー、やっぱり日本人は富士山だよな……』
「あら、素敵な景色ね!」
 サラも気に入ってくれたようだ。
「じゃぁシールド張るわよ!」
 そう言ってサラは城全体にシールドを展開し、同時に城の位置座標を固定した。これで風に流されないし、台風来ても平気だし、下から見ても見つからない。完璧だ。
 俺は城が周りからどう見えるか気になって、周りを飛んでみる。
 富士山をバックに浮かんでいる島、そしてそこに(そび)える中世のお城……
 庭園の花壇の植栽から立ち上がる白亜の宮殿、天を(つらぬ)く鋭い尖塔(せんとう)が富士山をバックにすごく映える。
『うぉぉぉ、美しい!』
 サラも飛んできた。
「うわぁ、凄いわねぇ! まさに空飛ぶお城だわ! 綺麗……」
 俺たちはしばらく、優雅に浮かぶ美しいお城に見惚れていた。
 初め、この世界が仮想現実空間だと聞いた時、絶望しか感じられなかったが、今思うと仮想現実で良かったかも知れない。こんな楽しいこと、リアルだったら味わえない……。
 天空の城はまさにファンタジーの象徴であり、地球の本当の姿をありのままに表現する芸術品。この城の美しさこそ世界の(ことわり)そのものなのだ。
 ただ……。俺は少し違和感を感じていた。確かに地球は海王星人(ネプチューニアン)の創った仮想現実なのだろう。それは納得した。
 だが、広大な宇宙とその長大な歴史の中において、地球がこんな事になっているのはあまりしっくりこないのだ。いきなり海王星人(ネプチューニアン)が全力で地球を作りまくる? そんな事あるのだろうか? 何かを見落としている気がする……。
 俺が考え込んでいると、
「じゃぁここで乾杯!」
 サラはうれしそうにシャンパンを出して俺に差し出す。
 細長く上品なシャンパングラスの中で泡がはじけている。
 俺は、大きく深呼吸すると、笑顔でグラスを受け取った。
「いいですね! お疲れ様!」
「天空の城、竣工(しゅんこう)に乾杯!」「カンパーイ!」
 俺たちは三日間の苦労を思い出しながら、悠然とたたずむ白亜のお城を眺め、ゆっくりシャンパンの爽やかな味を楽しんだ。
『どうだシアン、俺のお城の方が美しいぞ! お前に見せてやりたいよ』

         ◇

 寒くなってきたのでダイニングに戻り、今度は赤ワインを開ける。
 サラはチーズをつまみながら、窓の向こうにデーンとそびえる富士山に見入っていた。
「誠さんはやっぱりすごいね、才能を感じるよ」
「あはは、お世辞上手いですね、何も出ないですよ」
海王星人(ネプチューニアン)はサーバントだから主人の命令を淡々と聞くだけしか、やろうと思わないのよ。こういう楽しいこと、やろうという発想がもともとないの」
 そう言いながら、ワインを(あお)った。
「その主人の命令って何なんですか?」
「地球の文明・文化をどんどん育てろって命令よ」
「地球人を手伝っちゃダメなんですよね?」
「そう、あくまでも地球人が試行錯誤しないとダメね」
「それはなぜなんですか? 手伝ったらすぐにどんどん発展しそうですが」
 俺は青カビのついたロックフォールチーズをかじりながら聞いた。
 カビ臭さが赤ワインと絶妙のマリアージュを醸し出し、とても美味い。
「多様性ね。今までになかったような文明、文化が欲しいので、私たちの価値観は極力排除して接さないといけないの」
「多様性……ですか。でも、それを評価するご主人たちは、もう誰も残ってないんですよね?」
「いや、単に寝てるだけよ。条件がそろったら起こす手はずになってるわ」
「え? その条件って何なんですか?」
「ふふふ、それは秘密ね。でも誠さんならすぐに気が付くと思うけど」
 サラは笑って赤ワインを飲みほした。
 クリスも似たようなこと言ってたな……何なのだろう……。
「そうだ、お風呂行きましょうよ」
 サラはうれしそうに言う。
 確かにお酒がいい感じに回ってきて、今風呂入ったら気持ちいいだろうなと思う。でも……浴槽は一つしかない。混浴はマズい。
「お風呂一つしかないんですけど……」
「あはは、私の身体に欲情しちゃう?」
 サラは髪をかきあげ、胸を強調し、困惑する俺をからかってうれしそうに笑う。
 確かにサラは理想的なプロポーションで、胸もいい形をしている。混浴はヤバい。
「か、からかわないで下さいよ!」
 俺はつい赤くなりながら答えた。
 そんな俺をジッと見つめ、ニヤッと笑って答えるサラ。
「男の体になってあげるわよ。それとも、誠さんが女になる?」
 予想外の提案にビックリする俺。
「にょ、女体化ですか!? いやちょっとそれは……」
「ははは、冗談よ! 心配しないで。行きましょ!」
「……。わかりました」
 そう言いながらも、俺は自分が豊満なナイスバディの美女になったらどうなるのか、ちょっと考えてしまった。
 ……。もしかしてアリ……なのではないのだろうか?
 理想的なプロポーションで、柔らかく張りのある肌に包まれる自分、きっと鏡の中で最高の美しさを放つに違いない。それも別にサラにやってもらわなくても、自分でもできてしまう……はず?
 え? どうしよう……?
 Thwack(バシッ)
 サラが背中をはたいた。
「そういうのは一人の時にやって! 行くわよ!」
 俺の考えを見透かすように、ニヤッと笑って先に行ってしまった。
「ま、待って~」
 俺は間抜けな顔で追いかけた。

        ◇

 俺は着物を脱いで湯船にザブーン!
「うひゃ――――!! 気持ちい――――!!」
 俺が上機嫌ではしゃいでいると、男姿に変身してきたサラが思いっきりジャンプして飛び込んでくる。
「それ――――!!」
 Swash(バシャーン)!!
 思いっきり余波を被る俺。
「うわっ! 頼みますよサラさん!」
「あはは、ゴメンゴメン! 一度やってみたかったのよコレ!!」
 まぁ確かに気持ちはよくわかる。
 俺たちしかいない広々とした大浴場、満喫したいよね。
 二人は並んで湯船に浸かりながら、そびえる富士山を静かに眺めた。
 炭酸がシュワシュワと肌で泡がはじけて、身体がすごい温まる。
 夕暮れが近づく。冠雪した霊峰富士には微妙な陰影が付き、ごつごつとした岩肌の筋が浮き上がって精緻な造形が美しさを際立たせた。
「あー、幸せだなぁ……」
 自然と口に出てしまう。
 由香ちゃんにも見せてあげたいなぁ……このお城とこの風景……。
 クリスの地球に持っていけないかなぁ……。
 俺は迫りくる悲劇に気が付きもせず、のんきなことを考えていた。