夕陽の差し込む、おしゃれなマンションの一室でスマートホンが鳴った……。
「はい、俺だ……、どうした?」
 ソファーで寝転がっていた男は、けだるそうに応える。
「殿下、お休みのところ申し訳ありません。誠と由香が殺害されました」
 執事の生真面目そうな声が、悲劇を淡々と伝える。
 男は額にしわを寄せ、急いで起き上がりながら言う。
「一体誰に? 詳細を教えろ」
「犯人は殿下もご存じのあの男です。クリスを探しに行く途中にやられました」
 男は大きく息を吐き、頭をわしゃわしゃと()(むし)りながら顔をゆがめた。
 執事は続ける。
「詳細はお送りしてあります」
 
 男は指先をクルっと回して3Dモニタを展開し、送られてきた殺害現場を映し出した。そこには無残に散らばる二体の血まみれの遺体が浮かんでいる。
 男は目を瞑ると、首を軽く振って言った。
「オプションを出せ」
「はっ、積極的介入か、傍観のどちらかです。削除はまだ尚早かと」
「お前のお勧めは?」
「傍観です。Vが介入する可能性が高いので、Vに任せてはいかがでしょうか? Vが動かなければ、その時に介入か削除かを選ぶと良いかと」
 男は再度チラッと遺体を見て目を瞑り、もう一度大きく息を吐いて言った。
「分かった。その案で行こう」
「ハッ!」
 男は電話を切ると、またソファーに横たわった。
 予想もしなかった展開に色々な思いが頭を渦巻く。
『Vなら何とかしてくれるはず……』
 そうは思うものの、Vが動かなかったとしたらややこしい事になってしまう。
 介入するといっても、Vが動かないのに介入する事には異論が出るだろう。
 とは言え、こんな中途半端な終わり方なら祭りは中止だ。この地球も消す以外しょうがない。
 男が残そうと意見しても通らないだろう。腐った果実は切り捨てるしかないのだ。
 男は今までの地球での日々を想い、大きくため息をついた。

       ◇
 
 ポカポカする……
 懐かしい柔らかさ……
『ママぁ……』
 黄金の光の中、俺は限りない優しさに包まれていた……
 そう、これは生まれる前感じていた光……
 俺は満ち足りた幸せの中、心地よいゆるやかな時間に流されていた。
 すると、どこからか声が聞こえる……。
 何だろう?
 そう言えば、何かやらなければならない事があったような……。俺は回らない頭を必死に動かしてみるが、ボーっとなって全然うまく回らない。
 徐々に声が大きくなってくる。これは……?
 ふと目を開けると……ここは教室?
 声は、にぎやかな学生たちの、はしゃぐ声だった。
 俺は懐かしい、古ぼけた木製の机の席に座っている。
 見回すと……モスグリーンの古ぼけた窓枠に、異常に大きな黒板……ここは確かに見覚えのある教室だ。
 休み時間ではしゃぐ学友たち……あれ? 俺は高校生なんだっけ?
 考えが定まらず、ボーっとしてると一人の綺麗な女子が近づいてきて、俺の目をじっと見る。見覚えのある琥珀(こはく)色の奇麗な瞳だ。
 俺はちょっとドキドキして、
「ど、どうしたの?」と、声をかける。
 すると、彼女はニコッと笑い、安心したように去っていった。何だろう? 俺、何か変かな?
 彼女と入れ替わりに教室に入ってきた女子が、入り口で何か叫んでいる。どうも俺に何かを叫んでいる。なんて叫んでいるんだろう……良く聞こえない……。
 目を凝らすと、それはブラウンの瞳に黒髪……俺が大好きな娘、愛しい、大切な人じゃないか!
 高鳴る気持ちで、俺は彼女に声をかけようとした……が、名前が思い出せない。
 え? あれ?
 喉まで出かかっているのだが……出てこない……。
 なぜ大切な人の名前が出てこないんだ? え? なんで?
 焦って流れる冷や汗……
 落ち着け! 落ち着け!、俺は必死に気持ちを落ち着かせ、記憶を手繰る……
「ゆ? ゆ、ゆ?」
 そうだ!
「由香ちゃん!」
 俺は大声で叫び、その声で目を覚ました。
 目を開けると、ヘッドライトが照らす、黒っぽい岩の壁が見えた。
 心臓がドクドクと激しく鼓動を打つ。
 あ……夢……だったか。
 ……。
 あれ? 生きてる……。
 確か、俺はタンムズのライトニングをまともに食らい、吹き飛ばされて即死だったはず……。
「そうだ! 由香ちゃん! 由香ちゃんはどうなった?」
 俺は必死に洞窟内を探してみる。
 しかし……何もない。
 由香ちゃんが多量に血を流していたはずの場所に行ってみても……、何もない。血痕一つない。ふき取ったとかそういうレベルじゃない。そこは長い間誰も触っていない質感をたたえたまま存在していた。つまり、由香ちゃんは殺されていない。
「夢……だったのか?」
 いや、あんなリアルな夢があるわけがない。俺はパンパンと両手で自分の頬を叩いてみる。これは現実、しかし、殺されたのも現実、俺はキツネにつままれたような不思議な感覚でしばらく呆然(ぼうぜん)としていた。
 真っ暗な洞窟には静寂だけが広がっている。
 由香ちゃんやタンムズがまた出てくるのではないかと、しばらく待ってみたが、静寂は一向に途切れる事が無かった。
 殺された俺に、生きてる俺、殺されたはずだけど消えた由香ちゃん。そして禍々しいタンムズ。俺は何が何だか分からなくなり、途方に暮れる。
 思えばタンムズは、昔、クリスに滅ぼされた悪魔の残渣(ざんさ)ではないだろうか? 悪魔というと語弊があるが、クリスと反目した管理者(アドミニストレーター)権限を持った、丁度シアンの様な存在が以前にいたのではないだろうか。そして、見つからないような所に身を潜め、クリスが倒れたのを見て出てきたのだ。クリスのいない地球は奴にとっては好都合。だから俺に管理者(アドミニストレーター)をやらせてこの状況を維持しようと企んだのだろう。
 同様に、きっとシアンを倒しても、どこかに潜んでいる分身が復活する可能性を0には出来ないだろう。クリスが目を光らせているうちは静かかもしれないが、倒れたらどこかから出てくるに違いない。地球くらい巨大なシステムになると、パーフェクトな運用は難しいという事だろう。

        ◇

 しばらく由香ちゃんの事を想っていた。優しい笑顔に、俺を呼ぶ可愛い声、愛しい瞳……そして無残に転がった白い腕に、噴き出す温かい血液……。
 ブルブルっと俺の身体が震える。愛しい人の死なんてトラウマになるには十分だ。俺はゆっくりと深呼吸をして何とか心を落ち着ける。俺が無事だという事は彼女も無事だろう、と一生懸命自分に言い聞かす……が、どうしても落ち着かない。
 早くクリスに会って由香ちゃんの無事を確かめないと。
 俺の思考は海王星(ネプチューン)にあるコンピューターが制御している。そしてそこにはクリスが居る。
 きっとクリスは、ヒントを俺の思考に送っているはずだ。
 俺は目を瞑り、大きく深呼吸をしながら解決策を探した。
 意識の、低いレイヤーである所の深層心理に集中すれば、何か手掛かりが得られるかもしれない。
 
 深層心理にアクセスするなら瞑想だが……俺はやった事がない。今思えばやっておけば良かった。
 でも、ネットで何度か見たから、一応やり方だけは覚えている。
 俺は手近な岩の、平らになっている所に座り、目を瞑った。
 そしてゆっくりと深呼吸をしてみる。
 瞑想には深呼吸が基本らしい。
 
 深呼吸を繰り返していると、色々な事が思い起こされてくる。
 倒れたクリスにラピ〇タの爆撃、由香ちゃんとのキス、破れた衣服からのぞいたしなやかな裸体、そして光を失った由香ちゃんの瞳……。
 ダメだ!
 俺は大きく深呼吸を繰り返し、トラウマに陥りかける俺の心を必死に立て直した。
『大丈夫! 由香ちゃんは生きている。その証拠に血痕も何もなかったよね?』
 俺はゆっくり自分に言い聞かせる。
 さっき体験したばかりの、心を引き裂いた(おぞ)ましい悲劇、それを忘れろと言うのはさすがに無理がある。でも、ここは仮想現実空間、何があってもおかしくない世界。俺がしっかりとさえしていれば、きっとまた愛しい由香ちゃんの笑顔に出会えるはずだ。今はただ、信じる力で乗り切っていくしかない。
『由香ちゃん、待っててね』
 俺はそうつぶやくと、再度瞑想に入った。
 しかし、雑念は次から次へを湧いてくる。
 自分がいかに雑念の中で暮らしているかが明らかになって、少し呆れてしまった。
 でも、こういうのは抗わない方がいいと、どこかで読んだのを思い出した。
 達観し、そう言う雑念もあるよね、と、思考を横に流していくと良いらしい。
 
 俺は再度深呼吸を繰り返す。
 雑念が浮かんでは流し、浮かんでは流しを繰り返していくうちに、自分自身が深い所へ落ちていく感覚を覚えた。
 身体がふわふわしてきた。そして下に落ちて行く感じがする。
 どんどん、どんどん落ちていく……
 緩やかなフリーフォールのようにすーっと落ちて行く……
 すると、自分が大いなる意識に繋がっている事に気が付いた。
 全人類が繋がっている大いなる意識、人々の心のざわめきがさざ波のように漂っている。
 俺はしばらくざわめきを感じていた……。
 なるほど、これが瞑想なのか……心地よい。
 あれ? ここはさっき死んだときに来たような気がする……
 死後の世界と瞑想の先は同じ……なのか?
 だが、頭がうまく働かない。
 大いなる意識に抱かれ、俺は時間を忘れてそのさざ波の中を漂っていた。
 温かい、胎児の頃に羊水に浮かんでいた時のような、圧倒的な安心感、心地よさ……。
 人間とはこういう生き物だったか。人間の究極の在り方がここにあったのだ。
 と、すると、急に俺の意識の中に何かが流れ込んできた。
「まこちゃん、久しぶりだねぇ」
 この声は……ばぁちゃん!
 三年ほど前に亡くなった、俺のおばぁちゃんだ!
「ば、ばぁちゃん……だよね?」
「ふふ、思い出したかい? 立派になったねぇ」
「立派だなんて……今回凄いポカやっちゃって、みんなに迷惑かけちゃった……ばぁちゃんとの約束もまだ果たせてないんだ……」
「約束なんていいんだよ、それにここまで来たらもう大丈夫だよ……」
 大丈夫? ばぁちゃんはそう言うけど、俺にはさっぱりだ。
「ここはどこなの?」
「おや、まだ分からないのかい? ここは魂の故郷だよ。生きとし生けるもの、すべての魂がここにあるんだよ」
「魂の故郷……」
「まこちゃんの魂もここで生まれ、今もここにつながり、死んだらここで漂うんだよ」
「え? この洞窟で!?」
「ははは、この洞窟のちょっと行ったところだよ、すぐに思い出すわよ」
 やはりここは死んだときに来たところだったのだ。しかも生まれる前も、生きてる時もずっと繋がっているらしい。
 魂の故郷……。そうであるならば人間の本質はここにあるのではないだろうか?
 すると、心の奥底から懐かしいような想いが、湧き上がってきた。
「あ、あ、何となく……思い出しかけてきた……」
「そうそう、よく思い出すんだよ」
 頑張って思い出そうとしていると、嫌なことを思い出してしまった。
「ばぁちゃん、実は……一つ謝りたいことがあって……」
「なんだい?」
「俺が高校のころなんだけど……」
「財布の千円を盗ったことかい?」
「え!? 知ってたの?」
「ははは、まこちゃんの事ならなんだって知ってるわよ」
「ごめんなさい、どうしても欲しいソフトがあって……」
「もういいよ、こうやって謝ってくれたらそれで十分」
「ばぁちゃん……」
 俺はつい、涙をこぼしてしまった。
「こんなことで泣くんじゃないよ、ようやく彼女もできたんだし、しっかりおし!」
「え!? 見てたの!?」
「ふふふ、まこちゃんの事は何でもお見通しよ」
「え? そしたら由香ちゃん、今元気かどうかわかる?」
「ん? 元気よ」
「死んだりしてないよね?」
「何言ってんの、無事江の島から帰ってきてるわよ」
「良かったぁ……」
 俺は心から安堵(あんど)した。
 理屈は分からないが、俺たちが死んだことはキャンセルされているみたいだ。クリスも死者を(よみがえ)らせることは技術的に可能って言ってたし、誰かが救ってくれたようだ。
 俺は心がスーッと軽くなっていくのを感じていた。
「マコちゃんもようやく愛の秘密に気づく年頃になったんだねぇ……」
「え? 愛の秘密?」
「なんだい、分かってないのかい、鈍い子だねぇ……まぁええわ。ばぁちゃんはそろそろ行くよ……」
「え、ちょっと待って! もうちょっと教えて!」
 美奈ちゃんに言われて分からなかった答えが、まさか、ばぁあちゃんにあったとは!
「……。口づけの前に由香さんと目が合ったろう、その時何か感じなかったかい?」
「なんか、ふわぁっと引き込まれる感じだった……」
「なんだ、分かってるじゃないか……、それじゃぁまたね……」
「ちょっと待って! ばぁちゃん!」
 洞窟に響く俺の声……
「あ、あれ?」
 叫んで瞑想状態が解けてしまったらしい。
 ばぁちゃんの気配は消えてしまった。
 引き込まれる感じが『愛の秘密』だって? 一体どういうことだろう?
 俺は『愛の秘密』を解いた事になっているが、何が秘密で、何を解いたのだろうか、むしろ謎は深まってしまった。
 




6-3.煌めきあう存在、人間
 おっと、そんなことで悩んでる場合じゃない! クリスに会わなくては!
 ばぁちゃんは『思い出せ』って言ってた。ここは俺も知ってるところのはずなのだ……。
 今度は座禅のポーズをしっかりとり、再度、深層心理にアプローチする。
 雑念を流し、雑念を流し……
 ゆっくりと深く深く潜っていく……
Plash(ポタン)Plash(ポタン)
 どこか遠くで、微かに水滴が落ちている音がする……
 さらに深く、深く、潜っていく……
 大いなる意識が徐々に感じられるようになってきた。 
 俺は魂のさざめきに包まれていく……
  前回はここまでだったが、もっと強く感じてみたかった俺は、思い切って大いなる意識の奥へと進んでみた。
 
 大きく息を吸い、ゆーっくりと息を吐いていく……
 深く……深ーく……
 俺はさらに潜っていく。
 すると軽い衝撃を感じ、俺は大いなる意識の奥へと吸い込まれていった。
 キラキラとスパークするイメージが、どんどんと流れ込んでくる。
 俺の脳髄を(えぐ)る様に、強烈な量の情報が、さらに加速的に流入してくる。
 ヤバいと本能的に感じて戻ろうと思ったが、もはや手おくれであった。
 俺の意識は情報の奔流に流されて、どんどんと奥へと追いやられた。
 意識がどんどん分解されていく……
『うぉぉぉぉ!』
 俺の意識の断片は次々と大いなる意識に溶けていき、もはや俺は俺ではなくなった。
 俺の意識は全人類の意識つまり地球の意識と同一となった。
 数百億の魂のスープ、俺はそれと同一となったのだ。
『お、おぉぉぉ……』
 全身を貫く数千年にわたる人類の歴史、数百億もの人々の想い、それらを俺は一身に浴びた。
 無限とも言える情報の濁流が俺の全身を貫く……
 黄金色に煌めくスパークが次々と俺を撃ちぬいているようだが、もはや何が何だか分からなくなっていた。

『ぐぉぉぉ!』
Thud(ドサッ)
 俺の体は洞窟の中で倒れて転がった。
 もうダメだと思った瞬間、なぜか急にはじき出されてしまったのだ。
 あのままだったら、もう二度とこの体に戻れなかっただろう。九死に一生を得たと言えるのかもしれない。
 ただ、俺はショックで考えることも動くこともできなくなっていた。
 心と身体がバラバラだった。
「おぉぉぉぉ……」
 痙攣(けいれん)しながら漏れるうめき声が、洞窟に微かに響く。
 まるで泥酔して転がった時のように、何もできないし何も考えられない。
「うぅぅぅぅ……」
 カビ臭い湿った洞窟の床は冷たく硬い。
 どれくらい時間がたっただろうか、混乱する意識の中で、誰かが俺を抱き起こしてくれたのを感じた。
『世話が焼けるわねぇ』
 そんな声が聞こえたような気がした。
 しばらくして、すぅーっと意識が整ってきて、目が覚めた。
 はぁ……はぁ……
 心臓がバクバクしている。
 もっと慎重に行くべきだった……危なかった……
 誰かに助けられたはずだが、周りに人の気配はない。幻覚かもしれないが確かめようもない。飲み過ぎた時のように目の前がグルグルする。
 でも、無理したおかげで、ここの構造は全部分かってしまった。
 分かる…… 分かるぞぉ…… そうだよ、そう。
 
 目の前に広がるのは真っ暗な洞窟、でも俺に迷いはもうなかった。
 
 俺は全身に鳥肌が立った。
 
 目を瞑り、大きく深呼吸をし、
 フンッ! と全身に気合を入れた。
 
 こっちだ!
 俺はまだ半分眩暈(めまい)を残したまま、緩やかな上り坂を上り始めた。真っ暗闇の洞窟をヘッドライトで照らしながら、ゆっくりとそれでも確実に一歩一歩上っていく。
 しばらく上っていくと分かれ道があるが、それは左である。
 そして次は右下、その次は左上。俺は分岐を迷う事なく前進した。
 
 だんだん、気分が高揚してきた。この先にアレがある。
 どんどん足が速くなる。
 そして、洞窟の先に明かりを見つけた。
 あそこだ、近いぞ!
 ジャスミンの様な甘い爽やかな香りに触発されて、気づくと俺は全力で駆けていた。
 
 最後の角を曲がると……そこには巨大な鍾乳洞(しょうにゅうどう)の様な地下空間が広がっていた。
 大きな体育館サイズの地下空間の上部に出たのだ。
 あった!
 
 はぁはぁと息を切らしながら空洞を見下ろすと、(まばゆ)い光の洪水が渦巻いていた。
「うわっ!」
 俺は(まぶ)しくて目が(くら)んだ。暗闇に慣れた目には厳しい。
 改めて薄目で少しずつ(のぞ)いていく――――
 徐々に目が慣れてくると、そこには幽玄な光を放つ、神々しい巨大な花が浮かび上がってきた。
 
「おぉぉぉ……」
 俺は、その圧倒的な存在感に激しく鳥肌が立った。
 それは空洞の床いっぱいに広がる、巨大なトケイソウの花のような構造物だった。
 花の中心は数十本の柱が絡み合いながら上部に伸び、その中には(まぶ)しく光を放つ珠が一つある。
 花びらはチラチラとした無数の光を(まと)い、鼓動に合わせてそれぞれゆっくりと(うごめ)いていた。珠からの光は、ゆったりと揺れ動く柱に合わせて表情を変えながら、空洞全体を幻惑的に演出している。
 また、無数の金色の光の粒子が花吹雪のように空洞を舞い、神聖な力を周りに放っていた。
 花のあちこちからは歓声のような声がこぼれ、空洞全体にこだましている。
「そう……これ……これだったよ……ばぁちゃん……」
 俺の頬をツーっと涙が伝った――――
 心の奥底がこの花と共鳴し、温かい懐かしさと、聖なるものへの畏怖でいっぱいとなり、とめどなく涙があふれてきた。 
 これこそが全ての生き物の魂が集う所、マインド・カーネル。今、俺は百億を超える全人類の魂に対峙(たいじ)しているのだ。
 俺は涙でにじむ視界越しの煌めきに、いつまでも魅せられていた。
 蛍のように舞う光の粒子が、じゃれつくように俺の周りにも集まってくる。懐かしい、温かい明かりだ。
 そう、俺の魂もここで生まれ、ずっとここで息づいていたのだ。
 もちろん、俺の失踪した母親も、顔も知らない父親も、友達もみんなここにいる。
 さらに言うならすでに死んでしまったばぁちゃんも、猫のミィもみんなここにいる。
 そう、みんなここにいるんだ!
 
 花びら全体にチラチラと輝く、細かな光の粒子一つ一つが人々の想いの煌めきであり、命の輝きなのだ。
 それは愛であり、喜びでありまた、憎しみであり、悲しみなのだろう。
 それぞれの複雑な輝きがハーモニーとして花全体を彩り、人類の意味や価値を形作っている。
 身体なんて仮想現実のハリボテで構わなかったのだ、この煌めきさえあれば後はなんだっていい。
 人間は『煌めきあう存在』……
 
 俺は初めて人間とは何かを理解できた。