オフィスで珈琲を飲みながらパソコンを叩いていると、修一郎がやってきた。
「誠さん、ちょっと、会って欲しい人が居るんだけど、いいかな? すごい良い話」
『修一郎に人脈なんてあったかな?』
 と、怪訝(けげん)に思いつつ答えた。
「ん? いいよ」
「急だけど、今晩銀座のバーでどう?」
 修一郎ははニコニコとうれしそうに言う。
「あー、いいけどどんな人?」
「それは会ってのお楽しみ!」
 うさん臭さ全開である。
 まぁ修一郎の話なんて、どうせロクなもんじゃない。適当に酒飲んで帰ってこよう。
 
 小さな会社でも、やらなきゃいけない事は山積みだ。
 税務に会計にオフィス周りに、太陽興産との契約周りやレポート周り、できるだけ専門家に依頼してはいるが、それでも把握して判断して、指示は出さないとならない。
 社長は究極の雑用である。
 
 仕事終わり、疲れた足でげんなりしながら、新橋駅から歩く。夜の銀座は華やかだ。
 俺はふと立ち止まり、ゆっくりと夜の街の空気を吸った。
 楽しそうに歩く同伴のカップル、足早に急ぐ着飾ったクラブの女性、ゆっくりと止まる黒塗りの高級車……。きっと今晩も多くのドラマがこの街では展開されるのだろう。
 さて……、俺の身にはどんなドラマが降りかかるのだろうか? 俺は少しの間、目を瞑ってこの独特の繁華街の文化の香りを嗅いでいた。

        ◇

 バーに着くと、すでに修一郎と、女の子と、スーツ姿の中年の男が待っていた。
 
「誠さーん!」
 修一郎が大声出して手を振ってる……。恥ずかしいからそういうの止めて欲しい。
 
 男は立ち上がると、会釈をし、名刺を差し出してきた。
 名刺には
 『CPコンサルティング 代表 山崎 豊』
 と、ある。
 挨拶して座ると、女の子が豊島冴子(としまさえこ)と名乗り、飲み物を聞いてくる。修一郎の友達のようだ。
「あ、じゃぁビールで」
「マスター! ビールお願いしまーす!」
 冴子が澄んだかわいらしい声をあげる。
 
 さて、こんな銀座のバーで、何のお話しでしょうか。
 
 山崎が背筋をビッと伸ばし、話し始めた。
「お忙しい所、いきなりすみません、修一郎さんの方から御社の事業の話を聞きまして、当社もお手伝いできるのではないかと思い、お時間を取っていただきました」
 怪しいコンサルに、一体何が手伝えるのか。
「営業ですか? うちは今の所なにも困ってないですよ」
 俺は無表情のまま、ぶっきらぼうにそうぶつけてみる。
「いやいや、手厳しいですね。いいでしょう、単刀直入に申します。神崎さんのお持ちの株式を、二百億で買い取らせていただきたい」
 山崎はにこやかにそう言い放った。
「は?」
 俺は何を言われたのか、良く分からなかった。
「二百億……ですか? 日本円で? ジンバブエドルとかでなく?」
 怪訝(けげん)そうに答える俺に、山崎はにこやかにハキハキと言う。
(わたくし)、冗談は一切申しません。ご了解いただければ、今すぐにでも日本円で二百億円をお振込みいたします!」
 これは一体どういう事だろうか……?
 俺は先月六百万円出資して、株式会社Deep Childの株を60%持っている。それを二百億円で買いたい、と言ってきているのだ。
 六百万円がどうして、一か月で二百億円になるのか?
 この男が何をやりたいのか、皆目見当がつかない。
 
「お待たせしました、ビールです」
 バーテンダーが持ってきたビールを、俺はゴクゴク飲んだ。
 しかし、味が良く分からない……。
「ちょっと整理させてください。私が持ってるDeep Childの株を『二百億円で買いたい』とおっしゃってるんですか?」
 俺は困惑したままそう聞いた。
「その通りです」
 山崎はにっこりと笑って言う。
「先月六百万で得た株を『二百億で買いたい』って、随分バリュエーション上がり過ぎじゃないですか?」
 すると山崎は、身振り手振りを交えながら熱く語り始めた。
「神崎さん、私はあなたの偉業を、高く評価しているのです。太陽興産との百億の増資契約、世界トップのAIエンジニアの獲得、とても普通の人にはできない偉業です。二百億円は妥当な評価ですよ」
 うん、まぁ、何しろ神様の力だからね。
 外部から見たら俺の手柄に見えるだろう。
「で、俺の株を買ったら、お宅はどうするの?」
 俺は山崎を一瞥して言った。
「別に何もしません。神崎さんは今まで通り社長を続けてください。必要であれば我々の金主のグループが、技術面、資金面でバックアップします」
 そう言って、百%完璧な営業スマイルで俺を見る。
「誠さん、いい話だろ? 今まで通りでいいのに二百億円もくれるんだぜ!」
 能天気に、修一郎が割り込んでくる。
「そうですよ、神崎さん。いいことだらけじゃないですか!」
 冴子がプッシュしてくる。
 俺はビールをグッと空け、ガンと机に叩きつけて言った。
「お断りします!」
「え~、誠さん、なんでだよ!?」
 修一郎が俺の腕を引っ張って言う。
「株ももたない社長なんて飾りだ。何らかのタイミングでクビだ。俺にはDeep Childの事業を、最後まで完遂する使命がある。クビになる可能性など、受け入れられない!」
 一分のぶれもなくそう言い切った。そもそも会社はただの隠れ蓑、人類の守護者を作るのが俺達の目的であって、事業活動は二の次だ。隠れ蓑の権利を明け渡してしまったら、目的を達せられなくなる。
 
「分かりました、こうしましょう。『神崎さんを社長から降ろさない』と一筆金主に書いてもらいましょう」
「いやいや、そんな誓約書に実効力なんて期待できない。それに、俺には二百億円の使い道なんて無いからな」
「え~、誠さん頼むよ~」
 修一郎は俺の腕を振り動かして言う。
「お前、もしかして、自分の株を売るつもりなのか?」
 俺は修一郎を(にら)んで言った。
「だって、70億円出してくれる、って言うんだもん。70億あったら一生遊んで暮らせるじゃん」
 驚いた。ここに裏切り者がいたのだ。
「もしかして美奈ちゃんもか?」
 俺は焦って聞く。
「美奈ちゃんは『誠さん次第』って言ってた」
 なんと、株式会社Deep Childは設立早々、乗っ取りの危機だ。
『お前らほんと頼むよ……』
 俺は深くため息をついて頭を抱えた。
 俺は山崎に言った。
「うちの会社の根源的な価値は、俺とクリスに(ひも)づいている。強引に買い取っても、俺とクリスが抜けたらもぬけの殻だぞ、わかってるのか?」
「私の仕事は御社の株を買う事です。買った後どうなるかは金主さんの問題です。我々は関係ない」
 そう言って爽やかに笑う。
「何にせよ俺は売らない、修一郎の株の売買も取締役会で否決する。お宅の乗っ取りは通らない」
 俺はそう言って席を立った。
 帰ろうとすると、山崎が笑顔で言い放った。
「神崎さん、私を軽く見ない方がいい。私は今まで全ての買収案件を成立させてきた。あなたも必ず私に『買ってください』と頭下げに来る。必ずだ!」
 俺は山崎を一瞥(いちべつ)すると、ドアを開け店を後にした――――
 買収なんてされたら、スマホのCyanがハリボテだった事もバレてしまうし、最悪詐欺で捕まってしまう。何としても阻止しないとならない。
「修一郎め! 疫病神かよ!」
 怒りが止まらなかった。
 
 夜の銀座を歩きながら、急いで美奈ちゃんに電話、
「美奈ちゃん、夜遅くごめん、今いいかな?」
「あら、誠さん……ふわぁ……どうしたの?」
 美奈ちゃんは、あくびをしながら気の抜けた声を出す。
「株の買収の話、聞いた?」
「シュウちゃんの話ね、聞いたわよ。70億円だって、思わず笑っちゃったわ」
「美奈ちゃんは……売る気なの?」
 俺は恐る恐る聞いてみる。
「正直私、株とか良く分からないのよね。70億はそりゃ欲しいけど、何があるか分からなくて怖いわ」
「そうか、とりあえず売るのは止めて欲しい。売ったりしたら、クリスとの約束も守れなくなるし、クリス怒らせるのはお互いためにならない」
「そうよね~。クリス敵に回して生きていけないわ。シュウちゃんも、相当きついお(きゅう)()えられるはずだわ」
 美奈ちゃんは、なんとか押さえられそうだ。
「ありがとう。奴らが何か言って来たら『神崎に一任してます』って答えておいて。それ以上何も言わなくていいから」
「オッケー!」
 美奈ちゃんは陽気な声で快諾してくれた。
『美奈ちゃんはいい娘だな……』
 修一郎と美奈ちゃんの株を両方取られると、40%押さえられてしまう。そうすると特別決議が通らなくなるので、経営上極めて面倒くさい事になってしまう。何とかそれは回避できそうだが……。
 
             ◇

 次はクリスと相談。
 クリスと俺は、オフィスのマンションの別の階に部屋を借り、ルームシェアしている。
 神様とルームシェアなんて、実に光栄な事である。
 とは言え、クリスの部屋には家具もなければベッドもない。夜中はどこかへ行ってしまうし、生活の拠点と言うよりは、オフィスの休憩室的な位置づけみたいだ。
 コンビニでビールとつまみを仕入れて帰宅――――
 リビングのドアを開けると、クリスはテーブルで本を読んでいた。
「…。おかえり」
 クリスはチラッとこちらを見て言った。
「ただいま……。ちょっと相談いいかな?」
 クリスはこちらを見て何かを察し、本を置いた。
「…。どうぞ」
 俺はビールとつまみを出してクリスに勧めると、買収の事を一通り説明した。
 クリスは上を向いて目を瞑り、しばらく思索にふけっていた。
 俺は、ポテチをポリポリ(かじ)りながらビールを飲む。
「…。天安グループだな」
「天安グループ?」
「…。中国の新興のIT企業グループだ。兆円単位でお金が余っている」
 クリスは手のひらを軽く上に向けて、(わずら)わしそうに軽く首を振った。
「それでAIの会社を買いたいって事かな? うちは営利目的じゃないんで、標的にされるのは困るな」
「…。買収も純粋な経済行為だから悪い事ではない。ただ、Deep Childを買われるのは困る」
 俺は腕を組んでしばらく解決策を考えてみた。外資の規制とかを使えないかとも思ったが、中国のメガベンチャー相手に決定打にはなりそうにない。
 クリスに聞いてみる。
「何か手はあるかな?」
「…。相手のアクション待ちだな。こちらから仕掛けるには、手掛かりが無い」
 確かに、まだ打診しかされていない状況では動きようがない。
「了解、とりあえず修一郎には、くぎを刺しておくね」
 修一郎はただの小僧だから別に怖くないが、山崎の自信満々な態度は気になる。できる限り、修一郎が余計な事をしない様に、言い含めておかねばならない。
「面倒な話はここまで。ネットで評判のワインを買ったんだ、一口飲まない?」
 俺はニヤッと笑って聞いた。
「…。いただこう」
 クリスは爽やかに笑った。
 買収工作はウザいが、自社に数百億円の値が付くのは実にうれしい話である。俺は二百億円の男になったのだ。雲の上だと思っていたプロ野球選手の契約金など、比較にならないレベルの高みに達したのだ。
 俺はつい浮かれ、ブルゴーニュのワインをカパカパ飲んだ。
 頭では実効性のない二百億円だと分かっているが、それでもジーンと湧き上がってくるうれしさに逆らわず、目を瞑ってピノノワールの芳醇(ほうじゅん)な香りに酔っていた。
 『深層守護者計画』は多くの人を巻き込み、多くの思惑を生みながら、まだ見ぬ人類の未来へと手を伸ばしていく。







 
 
2-7.愛が人類を作った
 
 日々、シアンは着実に成長していく。
 チームを組んで狩りができるようになり、簡単な言葉を話すようになった。人類が何十万年もかけて学習してきた事を、AIチップをガンガン回す事で数週間で実現してきたのだ。
 ただ、うまく行くことばかりではない――――

 マーカスがプロジェクターで、仮想現実空間を映し出し、進捗報告を始めたが……いつもと違って、神妙な顔をしている。
 画面をみると、シアン達はどうやらケンカをしているようだ。
 何か叫びながら、ボカボカ殴り合っている。
「What's happen?(どうしたの?)」
「ミンナ ラク シタイネ」
 どうやら、リンゴをたくさん楽してもらえる、上位の序列を巡って争っているらしい。
 ニホンザルとか、動物の群れにはよくあるシーンではある。
 ケンカにまでなるのは、健全なAIの成長であるともいえるが……人類の守護者として、そんな暴力的要素を盛り込んでしまっていいのだろうか?
「クリスはどう思う?」
 困ったらクリスに振るに限る。
「…。競争と悪意は違う。悪意はダメだ。それでは悪魔になる」
「そうなんだけど、悪意の定義が難しいね。相手の損を狙うのは健全な競争なので、何をもって悪意とするのかが難しい」
 クリスは目を瞑り、上を向いて何か考え込んでいる……。
 しばらく色々と考えていたようだったが、目を開けて言った。
「…。フェアかどうか見る、というのはどうか?」
「なるほど、ルールを決めて、その範囲で公明正大ならOKという風にしようか?」
 スポーツが分かりやすいが、相手に不利な事をするのは当たり前の戦略だ。
 だが、相手のけがを狙い始めたら、それはスポーツにならない。
 やってはいけない事を定義し、ルールとして掲げれば、競争と悪意は分離できそうだ。
「…。ルールの運用の問題はあるが、いいんじゃないか」
「Marcus! Could you imprement such rules? (ルールを持たせられる?)」
「Ummmm…… ルール イレルノ カンタン。デモ シアンニ ツクラセル ムズカシ」
 そう言って肩をすくめる。
「ですよね~」
 狩りをするより、奪った方が楽、という基本的な力学がある以上、争いは無くす事ができない。
 みんなが考え込んでいると……
「君たちは分かってないな~」
 美奈ちゃんが、会議テーブルに頬杖(ほおづえ)をつき、人差し指を揺らしながら言う
「愛よ、愛! 愛が無いからケンカばかりするの」
 
「え? 愛?」
 また、嫌な言葉が出てきた。俺が怪訝(けげん)そうな顔をすると
「シアンは自分の事しか考えないから、こんな事になってるのよ。人間が社会で、みんなと上手くやってるのは、愛があるからなの。他の人が喜ぶとうれしい、という感情が大切なのよ。」
 なるほど……、一理ある。
 つまり、全員が百%身勝手だと、延々と潰しあってしまうが『他人に利益を渡すとうれしい』という力学があれば、柔軟で生産的な社会ができるって事だな。そしてこれは一般に『愛』と言われている。
「美奈ちゃん凄いな、まさに核心じゃないか!」
「ふふっ、愛のことなら私に聞きなさい」
 そう言って胸を張る。
「AIの成長にとって、大切なのが愛だなんて、なんだか凄いファンタジーだね!」
 俺がそう言って笑うと、美奈ちゃんは急に近寄ってきて、俺の耳元で……
「誠さんの成長にとっても……愛は大切なのよ」
 小声でそう言ってウインクした。 
 フワッとブルガリアンローズの香りに包まれて、俺は心臓が高鳴り、息が乱れた。
「な、なんだよ! 俺の愛は関係ないの!」
 俺が赤くなって、投げつけるように言い放つと、美奈ちゃんはケラケラと笑った。
 年下の女の子にからかわれて情けない、とは思うものの、彼女は的確に俺の足りない所を突いている。親に捨てられたトラウマで、人と深く付き合う事から避けてきた俺にとって『愛』はいまだにうまく捉えきれていない腫れ物なのだ。
『分かってるんだよその事は!』
 俺はうなだれながら目を瞑り、内心毒づき、大きく息を吸った。
 そして、大きく息を吐くと、気を取り直して――――
「とりあえず、愛の管理システムを追加してみようか?」
 マーカスに言った。
「OK! ヤッテミルネ!」
 マーカスがサムアップしてニッコリして言う。
「…。『マインド・カーネル』だな」
 クリスがボソッと言う。
「え? 『マインド・カーネル』?」
「…。あ、いや、こういうシステムの事を、そう言う人がいたんだ」
 なぜ神様が、AIのシステムなんかに関わっていたのか不思議だが…… 『マインド・カーネル』という名前は確かに言い得てて、いいかも知れない。
「マーカス! じゃ、システム名は『マインド・カーネル』で!」
 マーカスは、ニヤッと含みのある笑いをしてサムアップ。
 なんだろう……、この名前、何かあるのだろうか……
 俺はすかさず検索したが……ヒットしない。キツネにつままれた気分だ。
 それにしても、美奈ちゃんの仮説が正しいとしたら、人類がこんなに発展できたのも、愛のおかげという事になる。
 愛があるからこそ文明、文化が発達した……
 もし、愛が無かったら、いつまでも争い続けて集団行動に繋がらず、ずっと猿のままだったという事になる。
 俺は胸にグッとくるものを感じた……。愛が人類を作ったのだ。
 AIを研究すると、人類とは何かが少しずつ見えてくる。
 俺はまた一つ真実に近づいた気がしてついニヤッと笑ってしまった。
 ただ……。
『愛……愛かぁ……』
 俺は深いため息を一つ吐いた。
 俺は愛が苦手だ。愛が一番欲しい子供時代に、親に捨てられてしまったトラウマは、そう簡単には消えてくれない。
 あんなに大好きで、俺の全てだったママが、ある日いきなり俺を捨てたのだ。俺を要らないと捨てたのだ。
 俺の心にぽっかりと空いた穴は深刻で、いまだに尾を引いている。
 愛は素晴らしい。その素晴らしさは良く分かる。
 しかし、愛するという事は、心の一番柔らかな部分を相手に晒す事。もしまた裏切られたら……俺は考えるだけで背筋が寒くなり、心の奥底の(おり)が湧き上がって行くのを感じる。
 俺はブルブルっと震えると、目を瞑り、大きく深呼吸してゆっくりと心を落ち着けた。
 守らないといけない、この穴の開いた心を……。
 二度と壊されるわけにはいかないのだ。
 28歳にまでなって、いつまでもこんなではダメだという事は分かっているが、心の問題はそう簡単ではない。

       ◇

 地球から遠く離れた美しい星で、誠たちを見ている人がいた――――
 青いガラスで作られた、巨大コンベンションセンターの様なホールに、一人の高貴な女性が座っていた。透き通った白い肌に整った目鼻立ち、その瞳には美しさの中に(りん)とした強さを秘めていた。
 彼女は不思議な透明感のある金色のドレスを(まと)い、足を組み替えるたびにドレスはキラキラと煌めきを放った。
 ホールの上の方では、巨大なクジラが悠然と空中を泳ぎ、それを色とりどりの魚が追いかけている。フロアの周辺部には多彩な現代アートや、物珍しい蒐集(しゅうしゅう)物が並べられ、まるで美術館のようだ。
 ガラスの壁面の向こうに目を移すと、雪をかぶった美しい山の連なりが緩やかに動いて見える。どうやらこのホールは、空中を移動しているらしい。
 女性の周りには、いくつかの3Dモニタがホログラムのように浮かび、綺麗にデザインされたグラフや、地球の各地の姿を浮かび上がらせている。
 女性は、閉じた扇子を頻繁に、クルクルと動かしながら3Dモニタを操作し、グラフを眺め、そして誠たちのオフィスを表示させ、ジッと見入った。
 しばらくすると、
「ただいま~」
 という声とともに、空間にいきなり裂け目が走り、現れたドアから若い女性が入ってきた。白のコットンブラウスにグレーのフレアースカート。シックな装いの彼女は、金ドレスの女性とうり二つだが……肌の色だけがやや濃く見える。
 
「すごく楽しんでるわね」
 金ドレスの彼女が声をかけると、
「まぁね、でも結構苦労してるんだから」
 そう言いながら、指先でクルリと宙に輪を描く。すると空中にポップな赤い椅子が現れ、それに座った。
「珈琲でも飲んで」 
 金ドレスの彼女は扇子をくるりと回し、珈琲を二杯出すと、一つを彼女に渡した。
「ありがと!」
「久しぶりにお祭り(・・)かしらね」
 熱い珈琲を(すす)りながら、金ドレスの彼女が声をかける。
「だといいんだけどね……」
「ダメそうなら星ごと消してね。うちには、ダメな星を回しておくエネルギーは無いんだから」
 金ドレスの女性は、人差し指を振りながら鋭い目線で言い含める。
「分かってるって、コンテンツ・エネルギー比を落とすなって事でしょ」
「そうそう、ダメな星ばかりになったら、うちごと消されちゃうわ」
「世知辛い世の中だわ……」
 二人はちょっとウンザリしながら、無言で珈琲を(すす)った。
「でも……本当のエネルギーの実態がどうなってるかなんて、私たちには分かりっこないのにね……」
「エネルギーの話をしだすと頭痛いわ……ワインでも飲む?」
「あら、いいわね」
 金ドレスの彼女はニコッと笑った。
「うちの星のワインは、結構良いのよ」
 そう言って、空中にワインを出し、サーブする。
「そうね、ワインのためだけにでも、残しておこうかしら」
「ふふっ、『葡萄球(ワイナース)』って名前に変えようかしら」
 白ブラウスの彼女はそう言いながらワイングラスをクルクルと回し、香りを嗅いで……幸せそうに満面の笑みを浮かべた。
「そしたら、葡萄球(ワイナース)に乾杯!」
「乾杯!」
 チン! というグラスの音に()かれて、クジラがゆっくりと降りて来る……。
 そして、二人のすぐ上で巨大な尾びれを振った。
「キャ――――!!」「キャ――――!!」
 二人はそんなクジラをギリギリでかわしながら、歓声を上げた。