「月をね、落としたのさ」
 淡い水色の可愛いベビー服を着た、愛くるしい天使のような赤ん坊が、ニヤニヤしながら口を開いた。
 
 俺は一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「月って、あの空に浮かんでる月か?」
「そうだよ、ふふふ」
「え? 月が落ちてきたら、地球は全滅じゃないか!」
「そうだねぇ、みんな死んじゃうねぇ」
「は? お前、何やってくれちゃってんだよ!!」
 俺は思わず、赤ん坊の胸ぐらをつかんで持ち上げた。
 
「ははは、この身体をいくら攻撃したって無駄だよ」
 そう言って、赤ん坊は余裕の表情を見せる。
 俺は、赤ん坊を乱暴にソファーに放り出すと、急いで窓へ走った。
 見上げると、ファンタジーの絵に出てくるような巨大な三日月が、超()級の迫力でもって青空の向こうに白く浮かんでいた。細かなクレーターの凹凸まで見て取れる月の巨大さは、まさに破滅を呼ぶ悪魔であり、俺は圧倒され、そして、のどをしめつけられるような恐怖に打ち震えた。
「あと半日で 落ちてくるよ~」
 赤ん坊はそんな俺を嘲笑(あざわら)うかのように、うれしそうに言う。
 月が落ちてきたら、その膨大なエネルギーで、地球は火の玉に包まれてしまう。
 激しい衝撃は、大陸の地面そのものを巨大津波のように波打たせ、日本列島はひっくり返されるだろう。
 その過程の衝撃波で、地表にある全ての物が破壊され、また何千度の高温にさらされて全てが溶け落ちる。
 まさに地獄絵図……、当然全ての生物は全滅。人類も絶滅だ。
 通常、月の軌道なんて変えられない。核爆弾を何発使ったって、軌道なんてほとんど変わらないのだ。だが、この世界の(ことわり)を知ってしまったこの赤ちゃんには、月の軌道を変える事など、造作もない事だった――――

          ◇

 俺はAIエンジニア、バリバリの理系だ。少し前なら『月が落ちてくる』などという荒唐無稽な話は、笑い飛ばしていた。しかし、今はもう、科学的合理性をもって説明できてしまう。AIを研究していたら、月の落とし方が分かってしまったのだ。何を言ってるのか分からないと思うが、この現実世界は、下手なオカルトよりも奇なりだったのだ……
――――――――――――――――――――
 この物語は、この現実世界がいかに奇妙な構造をしているかを、最先端の科学技術を使って一つずつ解き明かしていく予言の物語。ぜひ、月の落とし方を学んでいってください。
 ただし……、絶対に、本当に落としたりしないでください。それだけは、約束ですよ。
 それでは、物語が始まります。
 それは、月が落ちる前年の、暑い夏の日の事でした――――
 

第1部 AIをまとう女神
1章 人智を超えし者
1-1.神様降臨
 
 神様を見つけてしまった――――
 いきなり現れた、次々と奇跡を起こす神聖な存在、それはまさに神様としか言いようがなかった。
 ただ、『奇跡』も『神様』も裏を知ればその実態は我々の認識とは全くかけ離れていたのだが……。
 俺の人生を大きく変えてしまうこの神様との出会いは、後に全宇宙を揺るがす大事件へと発展していく。
 もちろん、当時の俺はそんな事、知るよしもないが。
 全ては楽しい夏の行楽から始まった……。

          ◇

 (にぎ)やかなセミの声の中、俺たちは公園のバーベキュー場で乾杯を繰り返していた。こんがりと焼けたジューシーな肉! キンキンに冷えたビール! まさに夏を満喫だ。
 すっかり出来上がった俺たちは、他愛もない馬鹿話をしてゲラゲラ笑いあっていた。
「あれぇ? もうビールが無いぞぉ……」
 誰かが声を上げる。
 俺はすっかりいい気分で、
「あ、俺が取ってきま~す!」
 と、スクッと立ち上がり、缶ビールをゴクゴクッと飲み干す。全身に染み渡るホップの香りに、カーッと思わず声が漏れる。
「よっ! いい飲みっぷり!」
 声がかかる。
 俺は調子に乗って親指を立てると、
「いってきま~す!」
 と言って、笑顔で走り出した。
 夏真っ盛りのお盆休み、辺りは行楽客でいっぱいだ。
 車からビールとワインを取り出し、袋をぶら下げながら、駐車場を上機嫌で歩く。
 俺は28歳のAIエンジニア。だが先週、データの改ざんを要求する社長と大喧嘩(おおげんか)をして今は無職。エンジニアの矜持(きょうじ)にかけて突っぱねた結果であり、後悔はしていない。いないが……、社長は業界の重鎮、再就職先を探すのはかなり骨が折れる。この先どうしたらいいかちょっと途方に暮れていた。
 今日は、そんな俺を気づかう友人が誘ってくれたバーベキュー。今日ばかりは暗い事は忘れてパーッとやるのだ。
 鼻歌を歌ってると幼児が、よちよちとボールを追いかけて、車の前に出てくるではないか。
 車とは距離はあるから良かったが、親は何やってんだ? と思っていたら、
 GWOOO――――N(グオ――――ン)!!
 派手なエンジン音放って、車が急加速。
「えっ!?」
 俺は真っ青となった。ブレーキとアクセルを間違えている!
「あぁ――――ッ!」
 叫び声をあげる事しかできない俺。
 Bang(バン)!!
 幼児は()ね飛ばされ、夏の雲を背景に、(そら)高くクルクルと舞った。
 とっさに俺は飲み物の袋を投げ捨て、バレーボールを拾いにいくように、ダッシュで幼児を追う。
 パリンとワインが割れる音が響く。
 すぐ先を回《まわ》りながら落ちてくる幼児、渾身(こんしん)のダッシュ――――
『間に合え!』
 伸ばした両腕に、ギリギリのところで収まる幼児……
『やった!』
 しかし……酔っぱらいはすぐには止まれない。
「うわぁぁぁぁ!」
 俺はその勢いのまま生垣にタックルする形で突っ込んだ……。
Snap(ズザッ)
 何とか幼児は守り切ったが、あちこち擦り傷だらけである。
「いててて……」
 俺は痛みを我慢しながら幼児の様子を見るが……、ぐったりしていて白目を剥いている。やはり無事では済みそうにない。
 ヤバい、死んでしまう……。俺はいたいけな幼児の命の危機を目の当たりにして、血の気が引いた。
 その間にも、車は爆音を上げてさらに加速していく……
 この先は、人がたくさん遊んでいる広場だ。
『あぁ! 誰か止めて!! 神様――――ッ!!』
 
 俺は幼児を抱きしめながら、悲痛な想いで祈った。
 遠くでセミがジッジッジと、飛び立つ……
 すると、空がにわかに曇り、辺りが暗くなる……。
 そして、モクモクとした入道雲の隙間から一筋の光が差し込み、その光に導かれるように白いシャツを着た長髪の男性が空から降り立ち、車の前に立ちはだかった。そして、指揮者のように優雅にふわっと両手を広げたのだ。
 俺はその超自然的な光景に目を奪われた。科学では説明できない、とんでもないファンタジーの世界がいきなり目の前で展開している。
 天から舞い降りた男性は彫の深い少し面長のイケメンで、(ひげ)をたくわえている。
 どこかで見覚えがある……が、誰だっただろうか?
 さらに加速する暴走車。だが、彼は身じろぎ一つせず、表情には微笑みすら浮かべている。
 そして暴走車が今まさに彼を()こうとした刹那(せつな)、彼はまるで闘牛士が牛を操るように右腕の袖をひらひらと動かし、素早く払った。
 すると暴走車は進路を大きく変え、フェンスの方へと飛んで行った。そして、フェンスをガリガリと派手になぎ倒しながらやがて街灯にぶつかり、激しい衝撃音を広場中に響かせ、ようやくその凶猛(きょうもう)さに終止符を打った。
 プシューっと白い煙が上がり、辺りが騒然とする。
 奇跡だ……奇跡が広場の多くの人を救ったのだ……。
 俺の神への願いが通じた……のだろうか?
 だが、事態は依然深刻だ。幼児を見ると、口から泡を吹きはじめている。これはマズい、一刻を争う事態だ。
「お、親はどこだ!? あ、それよりも……救急車? いや、警察? あー! どうしたら!?」
 俺が混乱の中、胃の焼けるような焦燥に苛まれていると、男性はスタスタと俺の前まで来て、微笑みながら幼児に手をかざした。
 Boooom(ブゥーン)
 (かす)かに空気の震える音が響き、幼児はエメラルド色の淡い光に包まれ、俺の腕からふんわりと浮かび上がり始めた。
「はぁ?」
 唖然(あぜん)とする俺をよそに、幼児は浮かびながらゆっくりと男性の方へと送られていく。
 男性が放つ聖なる力に俺は圧倒された。こんな事、現代科学では無理だ。明らかに物理法則を無視した現象が目の前で展開している。
 男性は、光に包まれた幼児に、
「Vivere disce (生きよ)」
 と、優しく声をかけ、空にそっと放った。
 幼児は、チラチラと微かに(きら)めく美しい微粒子の群れに包まれながら、ゆっくりと手の届かないくらいの高さまで上がると、雲間から差し込む一筋の光に照らされ明るく輝いた。
 聖書に出てくるような神聖なる美に演出された治癒の奇跡……。
 
「おぉぉぉ……」
 聖なる力で輝く幼児に、俺は胸が熱くなり、息をのんでくぎ付けになった。
 幼児は、うっとりと、恍惚(こうこつ)の表情をたたえている。
 今、人知の及ばぬ世界で、幼児は失いかけた命を取り戻している。
 凄い! 凄いぞ!
 俺は生まれて初めて見る神聖な光景にすっかり魅入られ、顔がほてってくるのを感じた。
 やがて幼児は体を起こし、辺りを見回すと
「キャハー!」
 と、甲高い声を上げ、大きく笑った。
 これでもう大丈夫だ……。
 俺は幼児の復活に心の底がしびれてくるのを感じ、自然と涙があふれてきて視界がぼやけてしまう。
 とんでもない物を今、俺は目撃している。彼は神だ、神様が降臨されたのだ。
 この惨事を救おうと、天から聖なる存在が降臨してくれたに違いない。
 俺は湧き上がってくる高揚感に、激しく鼓動が高鳴った。
 理系の俺としては、頭ではこんな非科学的な事認めたくないが、心がどうしようもなく聖なる存在を求めてしまっていた。どんなに非科学的だろうが、幼児を救えたものが正義であり、目の前で展開しているこの聖なる営みこそ真実なのだ。

      ◇

 その頃、地球から遠く離れた巨大な(あお)い惑星で動きがあった。
 天の川がくっきりと流れ、無数の星々が煌びやかに共演する大宇宙の中で、その美しくも(あお)い惑星は静かに浮かんでいた。しかし、その内部では氷点下二百度という極低温の嵐が吹き荒れており、とても生命は存在できない。
 そんな嵐の中、ゆったりと揺れる巨大な漆黒の構造物の中には光回線が緻密(ちみつ)に張り巡らされ、その一部で『例外処理』を示す赤ランプが高速に明滅する。これは『治療処理実施』を意味していた。
 そう、奇跡などこの世に存在しない。厳然とした科学技術の積み重ねにより奇跡に見える事象が作り出されているに過ぎなかった。
 ただ、それを確認できる人は誰も居ない。ここは人類が到達するには少し早すぎる場所なのだ。

      ◇

 やがて入道雲は去り、辺りが明るくなるとともに幼児を包む光は薄くなった。そして、ゆっくりと降りてきた幼児を、男性はそっと腕に抱きかかえる。
「…。気分は……どう?」
 男性は、微笑みながら幼児に声をかける。
「あ、クリス……ありがとー。あのね……とても、きもちよかった……」
 幼児はにっこりと笑いながら言った。
 クリスと呼ばれた男性は、うんうんとうなずきながら幼児を下ろし、いつの間にか持っていたボールを手渡した。
 幼児は、
「ありがとー! ばいばぁい!」
 そう言いながら、にぎやかな蝉の声の中、広場の方へよちよちと歩いて行く。
 クリスは立ち上がると、ニッコリと手を振り、去っていく幼児を愛おしそうに見送った。
 瀕死だった幼児がニコニコしながら歩いている。現代医学では絶対に不可能なファンタジーに、俺の心臓はかつてないほど高鳴った。
 俺は平静を装いつつ、当たり障りない所から聞いてみる。
「すみません、あの子とは知り合いなんですか?」
 クリスと呼ばれた男性は、
「…。生まれる前に、ちょっとね」
「え? 生まれる前?」
「…。(まこと)はもう忘れちゃったかな?」
 そう言って笑う。
 俺は思わず笑ってしまいそうになった。
 確かに俺の名前は誠……神崎(かんざき) (まこと)だ。初対面のはずなのに俺の事を知っている、間違いない、彼こそ人知を超えた存在、神様に違いない。俺は今、神様と話をしているのだ。
「…。そうだ、ワインが割れてしまってたね」
 そう言って彼は、投げ出された飲み物袋の方へすたすたと歩き出す。
「それより、暴走車は……?」
 追いかけながら聞いてみる。
「…。運転手は無事です。少し反省してもらいましょう」
 そう淡々と答えるクリス。
「でも、幼児を()ねたことは警察に言った方がいいのでは?」
 物損だけという事であれば、放っておいてもいいかもしれないが、人身事故は傷害だ。ちゃんと言った方がいい。
「…。え? ()ねたんですか? 」
 そう言って、クリスはこちらを向いてニッコリと笑った。
「いや、だって……」
 そう言いかけて証拠が何もない事に気が付いた。周りを見回しても、誰も幼児の事を気にしている人などいなかった。
「はっはっは!」
 俺はつい笑ってしまった。暴走車に撥ねられたのに幼児は無傷、無かったことになっている。実に痛快じゃないか。そう、俺が求めていたのは、ダルい日常を吹き飛ばす、こんなファンタジーめいたイベントだったかもしれない。
 この世界のすべての事象には物理法則が適用される。子供が勝手に浮かぶことも光る事も、ケガが一瞬で治る事も決してない。奇跡など絶対にないはずだ。
 なのに今、手品でもトリックでもなく、目の前で疑いようのない奇跡を見せつけられた。この力は人類の在り方も社会も一変させる可能性を秘めている。もし、この奇跡の秘密を知る事ができたら凄い事になる。会社をクビになったかどうかなんて、もはやどうでもいいくらいのインパクトだ。エンジニアとしては、何としてでもこの秘密を突き止めないとならない。
 いきなりやってきた千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスに、俺は体の奥がジンジンと(しび)れてくるのを感じていた。

       ◇

 割れたワインは、踊る木漏れ陽の中、(かぐわ)しい匂いだけを残し、アスファルトを黒く染めていた。
 
「…。もったいない事をした……」
 彼はそう言って、手を組んで祈り、袋から飛び出した破片を拾い集める。
「あっ、危ないですよ」
 俺が袋を出して、集めたはずの破片を受け取ろうとすると、
「…。大丈夫です」と、言って両手を見せて、ほほ笑んだ。
 破片は、彼の手の中から消えていたのだ。
「うはっ!」
 クリスの手品めいた仕草に、思わず噴き出してしまう。
 はい、そうですよね。あなたにはそんな手伝い、要らないですよね。
 
 クリスは、30歳前後だろうか、
 少し使い込まれた白いオックスフォードシャツに、ブラウンのハーフパンツ、清潔感を感じる身なりで慈愛に満ちたスマイル――――
 クリスという名前は、確か宗教由来の名前だ。
 不可思議な奇跡を連発するクリスという宗教関係者と言えば、もう該当するのは『あのお方』しかいない……。
 しかし、『あのお方』は二千年も前の存在である。今目の前にいるなんてことがあるだろうか……。
「…。そろそろ私はこれで……」
 クリスはそう言って立ち去ろうとする。
 俺は焦った。このチャンスを逃すわけにはいかない。
「ちょっと待ってください。あなたはもしかして神様……ですか?」
 するとクリスは、急に真顔になり、俺の目をジッと見つめる。
「…。あれ? 誠はまだ私がやった事に違和感あるのか?」
「違和感? いや、奇跡は誰でも違和感持つのでは……?」
 と、言って気が付いた。
 周りの人はクリスの事を誰も怪しんでいないのだ。幼児が治療された時も周りに何人かいたはずなのに、誰も何も言ってこなかった。つまり、クリスは我々に何らかの認知阻害をかけていたのに、俺だけまだかかっていないようだった。
 クリスはちょっと(あわれ)みのある微笑を浮かべると、
「…。疑問のない世界へ、戻してあげよう……」
 そう言って、俺に手を(かざ)してきた。
 まずい、これは記憶を消されるパターンだ。こんな千載一遇のチャンスを、棒に振ってしまうわけにはいかない!
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 俺は、クリスの手を両手で押さえた。
 クリスは無言で俺を見る。
「私はエンジニアです。普通の人とは違って、疑問あっても大丈夫です。それに、今まで多くの問題をAI技術で解決してきました。だからクリスさんのお役にも立てると思います」
 俺は、引きつった営業スマイルで無理筋のプレゼンをする。
 クリスは首をかしげて聞く。
「…。役に立つ? 誠が?」
「はい、まずは今、お困りのことについて、お話を聞かせてください。しっかりと提案します。記憶を消すのは、それからでも遅くないと思いますよ」
 神様相手にナンセンスな無理筋の提案をしてるとは思ったが、ここはもう、こう言う以外仕方ない。
 クリスは目を(つむ)り、何かを一生懸命考えているようだった。
 俺は、子供の頃から大自然の法則が大好きで、科学や数学は得意科目だった。超能力やオカルトの類も興味があって調べまくったが、生まれてから一度も非科学的な事は目に出来なかった。残念ながら『世界は科学が支配しているのだ』と諦めていた訳だが、それが今、科学では説明不能な、奇跡を連発する神様が目の前にいる。記憶を消されてなるものか。何としてもお近づきになり、世界の本当の姿をこの目で見てやるのだ!
 クリスは、しばらくして目を開けると、
「…。まぁ、提案は聞いてみよう」
 そう言って微笑んだ。
「ありがとうございます! それでは、立ち話もなんですので、うちのテントへ行きましょう。バーベキューを食べながら話を聞かせてください」
 クリスは、ゆっくりとうなずいた。
 俺は軽くガッツポーズをした。
 神様相手に、プレゼンの機会を得た人間なんて、俺が初めてじゃないのか?
 いつもなら疎ましく思う、ジリジリと照り付ける灼熱(しゃくねつ)の太陽すら心地よく感じられた。
 俺は、車に戻って飲み物を詰めなおす。
 すると、クリスは二リットルの水のペットボトルを、箱から取り出し、
「…。これをワインにしておこう」
 そう言って、俺に差し出した。
 見ると、ペットボトルの水はルビー色に光っている。
「ワオ!」
 さすが神様! 規格外過ぎる。そういえば水をワインにする奇跡は、聖書で読んだことがある。そうか、こうやったのか……。
 聖書には『美味しい』と書いてあった奇跡のワイン、果たして神の(しずく)とはどれほど美味しいのか……。俺は思わず(のど)が鳴った。



――――――――
※補足
 本作品はSFです。ファンタジーではないので、東大の工学博士の監修の下、科学的な合理性を徹底的に追求して、作成されております。ですので一見非科学的なクリスの『奇跡』にも、実現可能な合理性とその妥当性が盛り込まれております。ですので科学に興味のある方は、どういう科学的機序が裏にあるのかを想像して、推理しながら楽しんでいただいてもいいかもしれません。
 もちろん、クリスとは何者なのか? なぜそんな奇跡を使えるのか? も全て後半で明らかになっていきますよ!
 お楽しみに!(*'▽')
 また、科学的合理性があるという事は、すでに誰かがこういう『奇跡』を現実世界で使ってるかもしれない、という事でもあります。興味深いですよね。
 あなたも現実世界のクリスを探してみてください。