彼がじっとこちらを見下ろしているので、慌てて話を逸らす。
「そ、それより、話ってなに?」
「ああ、それは口実」
「へ?」
まぬけな声を漏らすと、エツは柔らかく口角を上げる。
「とりあえず真っ先に来ただけ。クレベール広場で花詠に言われたから」
クレベール広場で? というと、私が麻薬の運び人にされそうになった時だ。
エツとの会話の記憶を辿り、思い出したのはなにげないひと言。
私の若女将の姿を忘れていそうだった彼に、『日本に帰ってきたら真っ先にひぐれ屋に来てよね』と言ったんだっけ。まさか、それを覚えていた上に本当に実行するなんて。
じわじわと喜びが広がって、だらしなく緩む口元を着物の袖でさりげなく隠した。
「あんなの、覚えてたんだ……。ていうか、それだけのために?」
「俺にとっては結構重要なことだけど。久しぶりに若女将の姿を見るのも」
さらりと嬉しいことを言うエツは、ふいに一歩近づき私の頭に手を伸ばす。驚いて肩をすくめると、彼の指がそっと髪に触れた。
すぐに離された指には桜の花びらが摘ままれていた。ついていたそれを取ってくれただけなのに、髪に神経が通っているんじゃないかと思うほどドキドキしている。



