白いTシャツにネイビーのジャケットを羽織った姿がちらっと見える。開館前だということを知らず、お客様が来てしまったのだろうか。
「申し訳ありません、まだ──」
言いながらきちんと向き直った瞬間、そこに立つ人物を見て私は目を見開いた。
「え……エツ!?」
毛先が揺れる指通りのよさそうな黒髪に、男性にしては綺麗すぎる顔。服装はスーツではないけれど、シンプルなファッションでもなぜか様になっている彼は間違いなくエツだ。
び、びっくりした! 日本に戻ってきたの? まだフランスにいると思っていたのに……しかも、ここに来てくれるなんて。
嬉しさと感動で胸がいっぱいになって、言葉が出てこない。凛とした表情の彼が一歩一歩近づくにつれ、心臓の音も大きくなる。
「花詠」
久しぶりに名前を呼ばれ、胸がきゅーっと締めつけられた。その口から紡がれる次の言葉に意識を集中させる。
「エントランスが桜の花びらで汚れていたぞ。掃除したのか?」
…………はい? 掃除、ですと?
勝手にロマンチックな再会を期待してしまっていた私は、あまりにもかけ離れた言葉に愕然とした。ぱちぱちと瞬きをした後、一気に仏頂面に変わる。



