ひぐれ屋では宿泊するだけでなく、夜なら食事だけすることも可能。十二月は忘年会シーズンだが、まだ余裕のある時期だったので快く予約を取る約束をした。
問題は私の両親だが、団体での予約だしエツの名前さえ出さなければ気づかれないだろう。十数年ぶりにエツがひぐれ屋に来る。それだけで私は嬉しかった。
忘年会当日、土曜日で休みだった私はいつものように旅館の手伝いをしていた。休日はきちんと品のある薄桜色の着物を着て、若女将として仕事をこなす。
エツたちが来た時も、ちょうど時間が空いたのでロビーでお出迎えした。案内されて広間へ向かっていく皆さんに挨拶をして、最後にエツに向き直る。
「お待ちしておりました。またお越しいただけて嬉しいです」
丁寧にお辞儀をして、ふんわりと笑みを向けた。若女将として接してはいても、今の言葉は社交辞令ではない。
彼は魅惑的な瞳でじっと私を見下ろし、ボソッと呟く。
「……馬子にも衣裳」
「なにぃ⁉」
「って言おうかと思ったけどやめとく。綺麗だよ」
さらりと告げられたひと言に、私の頬は一瞬で熱くなり、しおしおと俯いた。『綺麗』だなんて、エツに言われる日が来るとは……。
しかし数秒後、バッと顔を上げて「いや、結局『馬子にも衣裳』って言ってるじゃん!」とツッコむと、彼はおかしそうに笑った。



