S系外交官は元許嫁を甘くじっくり娶り落とす


「今は一般の人たちの身近に寄り添える場所にいたいんです。そうすれば、もっと日本を愛せるかなと。大使館にいたら外遊でやってくる総理や大臣に、無駄に豪勢なおもてなしをしなきゃいけないですしね」
「外遊のくだりはここだけの話にしとくわ」


 表情を変えずに答えた俺に、槙木さんは口元を歪ませてそう言った。


「でも、そういう考えも好きよ。大事なことね」


 彼女はすぐに微笑んで肯定し、俺も先ほどより穏やかな気持ちでビールを味わった。



 翌年、希望通りに在ストラスブール日本国総領事館に配属され、転勤もなく四年経った今は副領事として働いている。花詠も元気でやっているだろうか。

 彼女が好きなアイスクリームや、パリの一角にある店の雅やかな着物、昔土産に買っていった奇跡のメダイ。

 それらを見てあいつを思い出すたび、針を刺したようにかすかに胸が痛んで、優しい気持ちになった。

 俺は今も邦人や日本のためにできる限りのことを日々行っている。

 最近は、ストラスブールで麻薬を邦人に運ばせる事件が多発している。被害に遭っている日本人がいないか、俺はなんとなく通勤時や帰宅時にも意識して周囲を見るようにしていた。