2-1. 最悪な邂逅



 武器の扱いが増えるにつれ、店舗でゆっくりと見たいという声が増え、俺は先日から工房を改装して店としてオープンしていた。店と言っても週に2回、半日開く程度なんだけれども。

 店では研ぎ終わった武器を陳列し、興味のあるものを裏の空き地で試し斬りしてもらっている。



 店の名前は「武器の店『星多き空』」。要はレア度の★が多いですよって意味なのだが、お客さんには分からないので、変な名前だと不思議がられている。

 店の運営は引き続きドロシーにも手伝ってもらっていて、お店の清掃、経理、雑務など全部やってもらっている。本当に頭が上がらない。



「ユータ! ここにこういう布を張ったらどうかなぁ? 剣が映えるよ!」

 ドロシーはどこからか持ってきた紫の布を、武器の陳列棚の後ろに当てて微笑んだ。

「おー、いいんじゃないか? さすがドロシー!」

「うふふっ」

 ドロシーはちょっと照れながら布を貼り始める。



 ガン!



 いきなり乱暴にドアが開いた。

 三人の男たちがドカドカと入ってくる。



「いらっしゃいませ」

 俺はそう言いながら鑑定をする。



ジェラルド=シャネル 王国貴族 『人族最強』
勇者 レベル:218



 嫌な奴が来てしまった。俺はトラブルの予感に気が重くなる。

 勇者は手の込んだ金の刺繍を入れた長めの白スーツに身を包み、ジャラジャラと宝飾類を身に着けて金髪にピアス……。風貌からしてあまりお近づきになりたくない。

 勇者は勇者として生まれ、国を守る最高の軍事力として大切に育てられ、貴族と同等の特権を付与されている。その強さはまさに『人族最強』であり、誰もかなわない、俺を除けば。



「なんだ、ショボい武器ばっかだなぁ! おい!」

 入ってくるなりバカにしてくる勇者。



「とんだ期待外れでしたな!」

 従者も追随する。



「それは残念でしたね、お帰りはあちらです!」

 ドロシーがムッとして出口を指さす。

 俺は冷や汗が湧いた。接客業はそれじゃダメなんだドロシー……。



 勇者はドロシーの方を向き、ジッと見つめる。

 そして、すっとドロシーに近づくと、

「ほぅ……掃き溜めに……ツル……。今夜、俺の部屋に来い。いい声で鳴かせてやるぞ」

 そう言ってドロシーのあごを持ち上げ、いやらしい顔でニヤけた。

「やめてください!」

 ドロシーは勇者の手をピシッと払ってしまう。



 勇者はニヤッと笑った。

「おや……不敬罪だよな? お前ら見たか?」

 勇者は従者を見る。

「勇者様を叩くとは重罪です! 死刑ですな!」

 従者も一緒になってドロシーを責める。

「え……?」

 青くなるドロシー。



 俺は急いでドロシーを引っ張り、勇者との間に入る。

「これは大変に失礼しました。勇者様のような高貴なお方に会ったことのない、礼儀の分からぬ孤児です。どうかご容赦を」

 そう言って、深々と頭を下げた。

「孤児だったら許されるとでも?」

 難癖をつけてくる勇者。

「なにとぞご容赦を……」

 勇者は俺の髪の毛をガッとつかむと持ち上げ、

「教育ができてないなら店主の責任だろ!? お前が代わりに牢に入るか?」

 そう言って間近で俺をにらんだ。

「お(たわむ)れはご勘弁ください!」

 俺はそう言うのが精いっぱいだった。

「じゃぁ、あの女を夜伽(よとぎ)によこせ。みんなでヒィヒィ言わせてやる」

 いやらしく笑う勇者。

「孤児をもてあそぶようなことは勇者様のご評判に関わります。なにとぞご勘弁を……」

 勇者は少し考え……ニヤッと笑うと、

「おい、ムチを出せ!」

 そう言って従者に手を伸ばした。

「はっ! こちらに!」

 従者は、細い棒の先に平たい小さな板がついた馬用のムチを差し出した。



「お前、このムチに耐えるか……女を差し出すか……選べ。ムチを受けてそれでも立っていられたら引き下がってやろう」

 勇者は俺を見下し、笑った。

 ムチ打ちはこの世界では一般的な刑罰だ。しかし、一般の執行人が行うムチ打ちの刑でも死者が出るくらい危険な刑罰であり、勇者の振るうムチがまともに入ったら普通即死である。



「……。分かりました。どうぞ……」

 そう言って俺は勇者に背中を向けた。

「ユータ! ダメよ! 勇者様のムチなんて受けたら死んじゃうわ!」

 ドロシーが真っ青な顔で叫ぶ。

 従者は『また死体処理かよ』という感じで、ちょっと憐みの表情を見せる。



 俺はドロシーの頬を優しくなでると、ニッコリと笑って言った。

「大丈夫、何も言わないで」

 ドロシーの目に涙があふれる。



「ほほう、俺もずいぶんなめられたもんだな!」

 そう言って勇者は俺を壁の所まで引っ張ってきて、手をつかせた。

 そして、ムチを思いっきり振りかぶり、

「死ねぃ!」

 と叫びながら、目にも止まらぬ速度で俺の背中にムチを叩きこんだ。



 ビシィ!



 ムチはレベル二百を超える圧倒的なパワーを受け、音速を越える速度で俺の背中に放たれた。服ははじけ飛び、ムチもあまりの力で折れてちぎれとんだ。

「イヤ――――!! ユータ――――!」

 悲痛なドロシーの声が店内に響く。

 誰もが俺の死を予想したが……。

 俺はくるっと振り向いて言った。

「これでお許しいただけますね?」



 勇者も従者たちもあまりに予想外の展開に、目を丸くした。

 レベル二百を超える『人族最強』のムチの攻撃に耐えられる人間など、あり得ないからだ。

「お、お前……、なぜ平気なんだ?」

 勇者は驚きながら聞いた。

「この服には魔法がかけてあったんですよ。一回だけ攻撃を無効にするのです」

 そう、ニッコリと答えた。もちろん、全くのウソである。レベル千を超える俺にはムチなど効くはずがないのだ。

「けっ! インチキしやがって!」

 そう言って勇者は俺にペッとツバを吐きかけ、

「おい、帰るぞ!」

 そう言って出口に向かった。

 途中、棚の一つを、ガン! と蹴り壊し、武器を散乱させる勇者。

 そして、出口で振り返ると、

「女! 俺の誘いを断ったことはしっかり後悔してもらうぞ!」

 そう言ってドロシーをにらんで出ていった。



「ユータ――――!」

 ドロシーは俺に抱き着いてきてオイオイと泣いた。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 そう言いながら涙をポロポロとこぼした。

 俺は優しくドロシーの背中をなでながら、

「謝ることないよ、俺は平気。俺がいる限り必ずドロシーを守ってあげるんだから」

 そう言って、しばらくドロシーの体温を感じていた。

「うっうっうっ……」

 なかなか涙が止まらないドロシー。

 十二歳の頃と違ってすっかり大きくなった胸が柔らかく俺を温め、もう甘酸っぱくない大人の華やかな香りが俺を包んだ。

 あまり長くハグしていると、どうにかなってしまいそうだった。



     ◇



 最後の勇者の言葉、あれは嫌な予感がする。俺は棚から『光陰の杖』を出し、()の所にヒモをつけるとドロシーの首にかけた。



光陰の杖 レア度:★★★★
魔法杖 MP:+10、攻撃力:+20、知力:+5、魔力:+20
特殊効果: HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える



「いいかい、これを肌身離さず身に着けていて。お守りになるから」

 おれはドロシーの目をしっかりと見据えて言った。

「うん……分かった……」

 ドロシーは()れぼったい目で答える。



「それから、絶対に一人にならないこと。なるべく俺のそばにいて」

「分かったわ。ず、ずっと……、一緒にいてね」

 ドロシーは少し照れてうつむいた。

















2-2. 攫われた少女



 それから一週間くらい、何もない平凡な日々が続いた。最初のうちは俺からピッタリと離れなかったドロシーも、だんだん警戒心が緩んでくる。それが勇者の狙いだとも知らずに……。



 チュンチュン!

 陽が昇ったばかりのまだ寒い朝、小鳥のさえずる声が石畳の通りに響く。

「ドロシーさん、お荷物です」

 ドロシーの家のドアが叩かれる。

 朝早く何だろう? とそっとドアを開けるドロシー。

 ニコニコとした、気の良さそうな若い配達屋のお兄さんが立っている。

「『星多き空』さん宛に大きな荷物が来ていてですね、どこに置いたらいいか教えてもらえませんか?」

「え? 私に聞かれても……。どんなものが来てるんですか?」

「何だか大きな箱なんですよ。ちょっと見るだけ見てもらえませんか? 私も困っちゃって……」

 お兄さんは困り果てたようにガックリとうなだれる。

「分かりました、どこにあるんですか?」

 そう言ってドロシーは二階の廊下から下を見ると、(ホロ)馬車が一台止まっている。

「あの馬車の荷台にあります」

 お兄さんはニッコリと指をさす。

 ドロシーは身支度を簡単に整えると、馬車まで降りてきて荷台を見る。

「どれですか?」

「あの奥の箱です。」

 ニッコリと笑うお兄さん。

「ヨイショっと」

 ドロシーは可愛い声を出して荷台によじ登る。

「どの箱ですか?」

 ドロシーがキョロキョロと荷台の中を見回すと、お兄さんは

「はい、声出さないでね」

 嬉しそうに鈍く光る短剣をドロシーの目の前に突き出した。

「ひっひぃぃ……」

 思わず尻もちをつくドロシー。

「その綺麗な顔、ズタズタにされたくなかったら騒ぐなよ」

 そう言って短剣をピタリとドロシーの(ほお)に当て、(いや)らしい笑みを浮かべた……。



        ◇



 俺は夢を見ていた――――



 店の中でドロシーがクルクルと踊っている。フラメンコのように腕を高く掲げ、そこから指先をシュッと引くとクルックルッと回転し、銀髪が煌めきながらファサッ、ファサッと舞う。そして白い細い指先が、緩やかに優雅に弧を描いた。

 美しい……。俺はウットリと見ていた。



 いきなり誰かの声がする。

「旦那様! ドロシーが幌馬車に乗ってどこか行っちゃいましたよ!」

 アバドンだ。いい所なのに……。

「ドロシー? ドロシーなら今ちょうど踊ってるんだよ! 静かにしてて!」

「え? いいんですかい?」

「いいから、静かにしてて!」

 俺はアバドンに怒った。



 ドロシーはさらに舞う。そして、クルックルッと舞いながら俺のそばまでやってきてニコッと笑う。

 ドロシー、綺麗だなぁ……。

 幌馬車になんか乗ってないよ、ここにほら、こんなに美しいドロシーが……。

 すると、ドロシーが徐々に黒ずんでいく……。

 え? ドロシーどうしたの?

 ドロシーは舞い続ける、しかし、美しい白い肌はどす黒く染まっていく。

 俺が驚いていると、全身真っ黒になり……、手を振り上げたポーズで止まってしまった。

「ド、ドロシー……」

 俺が近づこうとした時だった、ドロシーの腕がドロドロと溶けだす。



 え!?



 俺が驚いている間にも溶解は全身にまわり、あっという間に全身が溶け、最後にはバシャッと音がして床に溶け落ちた……。



「ドロシー!!」

 俺は叫び、その声で目が覚め、飛び起きた。

 はぁはぁ……冷や汗がにじみ、心臓がドクドクと高鳴って呼吸が乱れている。



「あ、夢か……」

 俺は髪の毛をかきむしり、そして大きくあくびをした。

「そらそうだ、うちの店、踊れるほど広くないもんな……」

 そう言えば……、アバドンが何か言ってたような……。幌馬車? なぜ?

 俺はアバドンを思念波で呼んでみる。

「おーい、アバドン、さっき何か呼んだかな?」

 アバドンは、すぐにちょっとあきれたような声で返事をする。

「あ、旦那様? ドロシーが幌馬車に乗ってどこかへ出かけたんですよ」

「どこへ?」

 アバドンはちょっとすねたように言う。

「知りませんよ。『静かにしてろ』というから放っておきましたよ」

 俺は真っ青になった。ドロシーが幌馬車で出かけるはずなどない。(さら)われたのだ!

「だ、ダメだ! すぐに探して! お願い! どっち行った?」

「だから言いましたのに……。南の方に向かいましたけど、その先はわかりませんよ」

 俺は急いで窓を開け、パジャマのまま空に飛び出した。



「南門上空まで来てくれ!」

 俺はアバドンにそう叫びながらかっ飛ばした。



 まだ朝もや残る涼しい街の上を人目をはばからずに俺は飛んだ。

 油断していた。まさかこんな早朝に襲いに来るとは……。

 夢に翻弄され、アバドンの警告を無視した俺を呪った。







2-3. 奴隷にされた少女



 南門まで来ると、浮かない顔をしてアバドンが浮いていた。

「悪いね、どんな幌馬車だった?」

 俺が早口で聞くと、

「うーん、薄汚れた良くある幌馬車ですねぇ、パッと見じゃわからないですよ」

 そう言って肩をすくめる。



 俺は必死に地上を見回すが……朝は多くの幌馬車が行きかっていて、どれか全く分からない。

「じゃぁ、俺は門の外の幌馬車をしらみつぶしに探す。お前は街の中をお願い!」

「わかりやした!」

 俺はかっ飛んで、南門から伸びている何本かの道を順次めぐりながら、幌馬車の荷台をのぞいていった――――

 何台も何台も中をのぞき、時には荷物をかき分けて奥まで探した。



 俺は慎重に漏れの無いよう、徹底的に探す――――。



 しかし……、一通り探しつくしたのにドロシーは見つからなかった。



 頭を抱える俺……。



 考えろ! 考えろ!

 俺は焦る気持ちを落ち着けようと何度か深呼吸をし、奴らの考えそうなことから可能性を絞ることにした。



 攫われてからずいぶん時間がたつ。もう、目的地に運ばれてしまったに違いない。

 目的地はどんなところか?

 廃工場とか使われてない倉庫とか、廃屋とか……人目につかないちょっと寂れたところだろう。そして、それは街の南側のはずだ。



 俺は上空から該当しそうなところを探した。

 街の南側には麦畑が広がっている。ただ、麦畑だけではなく、ポツポツと倉庫や工場も見受けられる。悪さをするならこれらのどれかだろう。

 俺は上空を高速で飛びながらそれらを見ていった。



「旦那様~、いませんよ~」

 アバドンが疲れたような声を送ってくる。

「多分、もう下ろされて、廃工場や倉庫に連れ込まれているはずだ。そういうの探してくれない?」

「なるほど! わかりやした!」



 しばらく見ていくと、幌馬車が置いてあるさびれた倉庫を見つけた。いかにも怪しい。俺は静かに降り立つと中の様子をうかがう。



「いやぁぁ! やめて――――!!」

 ドロシーの悲痛な叫びが聞こえた。ビンゴ!



 汚れた窓から中をのぞくと、ドロシーは数人の男たちに囲まれ、床に押し倒されて服を破られている所だった。バタバタと暴れる白い足を押さえられ、極めてマズい状況だ。

 すぐに助けに行こうと思ったが、ドロシーの首に何かが付いているのに気が付いた。よく見ると、呪印が彫られた真っ黒な首輪……、奴隷の首輪だ。あれはマズい、主人が『死ね!』と念じるだけで首がちぎれ飛んで死んでしまうのだ。男どもを倒しにいっても、途中で念じられたら終わりだ。強引に首輪を破壊しようとしても首は飛んでしまう。どうしたら……?

 俺は、ドロシーの白く細い首に巻き付いた禍々しい黒い筋をにらむ。こみ上げてくる怒りにどうにかなりそうだった。



 パシーン! パシーン!

 倉庫に平手打ちの音が響いた。



「黙ってろ! 殺すぞ!?」

 若い男がすごむ。



「ひぐぅぅ」

 ドロシーは悲痛なうめき声を漏らす。

 俺は全身の血が煮えたぎるような怒りに襲われた。ぎゅっと握ったこぶしの中で、爪が手のひらに食い込む。その痛みで何とか俺は正気を保っていた。

 軽率に動いてドロシーを殺されては元も子もないのだ。ここは我慢するしかない。ギリッと歯ぎしりが鳴った。



 俺は何度か深呼吸をしてアバドンに連絡を取る。

「見つけた、川沿いの茶色の屋根の倉庫だ。幌馬車が止まってるところ。で、奴隷の首輪をつけられてしまってるんだが、どうしたらいい?」

「旦那さまー! 良かったですー! 奴隷の首輪は私が解除できます。少々お待ちください~!」

 持つべきものは良い仲間である。俺は初めてアバドンに感謝をした。

 そうであるならば、俺は時間稼ぎをすればいい。



 ビリッ、ビリビリッ!

 若い男がドロシーのブラウスを派手に破いた。

 形のいい白い胸があらわになる。

「お、これは上玉だ」

 若い男がそう言うと、

「げへへへ」と、周りの男たちも下卑(げび)た笑い声をあげた。

「ワシらにもヤらせてくださいよ」

「順番な」

 そう言いながら、若い男はドロシーの肌に手をはわせた。



 俺は目をつぶり、胸に手を当て、呼吸を整えると倉庫の裏手に回り、思いっきり石造りの壁を殴った。



 スゴーン!

 激しい音を立てながら壁面に大きな穴が開き、破片がバラバラと落ちてくる。



 若い男が立ち上がって身構え、叫ぶ。

「おい! 誰だ!」



 俺は静かに表に戻る。

 若い男は、ドロシーの手を押さえさせていた男にあごで指示をすると、倉庫をゆっくりと見回す……。

 ドロシーが自由になった手で胸を隠すと、

「勝手に動くんじゃねぇ!」

 そう言ってドロシーの頭を蹴った。

「ギャッ!」

 ドロシーはうめき、可愛い口元から血がツーっと垂れる。

 俺は怒りの衝動が全身を貫くのを感じる。しかし、あの男を殴ってもドロシーが首輪で殺されてしまっては意味がないのだ。ここは我慢するしかない。

 鑑定をしてみると……



クロディウス=ブルザ 王国軍 特殊工作部 勇者分隊所属
剣士 レベル182



 やはり勇者の手先だった。それにしても、とんでもないレベルの高さだ。勇者が本気でドロシーを潰しに来ていることをうかがわせる。なんと嫌な奴だろうか。こいつをコテンパンにしたら、勇者が泣いて謝るまで殴りに行ってやる!











2-4. 邪悪なる業火



「誰もいやしませんぜ!」

 見に行った男が、奥の壁の辺りを探して声を上げる。



「いや、いるはずだ。不思議な術を使う男だと聞いている。用心しろ!」

 そう言いながら、ブルザは並んでいる窓を一つずつにらみ、外をチェックしていく。

 軍人らしく、その所作には訓練されたものを感じる。

 俺は再度倉庫の裏手に回り、俺を探している男をそっと確認する。そして男の背後から瞬歩で迫り、手刀で後頭部を打った。

「グォッ!」

 うめき声が倉庫に響く。

 ブルザは男が俺に倒されたのを悟ると、

「おい! 出てきたらどうだ? お前の女が犯されるのを特等席で見せてやろう」

 そう大声で叫びながらかがみ、ドロシーのパンティに手をかけた。

「いやっ!」

 そう言うドロシーをまた蹴ってはぎ取った。

「いいのか? 腰抜け?」

「やめて……うぅぅぅ……やめてよぉ……」

 ドロシーはポロポロと涙をこぼす。

 

「さぁ、ショータイムだ!」

 ブルザはドロシーの両足に手をかけた。



 怒りを抑えるのに必死な俺に、アバドンから連絡が入る。

「旦那様、着きました!」



 俺が見上げると、空からアバドンが降りてきて隣に着地した。



 俺は冷静さを装いながら言う。

「あの若い男を俺が挑発してドロシーから離すから、その隙に首輪を処理してくれ。できるか?」

「お任せください」

 ニヤッと笑うアバドン。

「よし、じゃ、お前は表側から行ってくれ!」

 俺はアバドンの肩をポンと叩いた。

「わかりやした!」



 俺は裏側の壁をもう一発どつき、倉庫の中に入る。

「ブルザ! 望み通り出てきてやったぞ! 勇者の腰巾着(こしぎんちゃく)のレイプ魔め!」

 俺はそう言いながら、ブルザから見える位置に立った。

「なんとでも言え、我々には貴族特権がある。平民を犯そうが殺そうが罪にはならんのだよ」

「お前だって平民だったんじゃないのか?」

「はっ! 勇者様に認められた以上、俺はもう特権階級、お前らなどゴミにしか見えん」

「腕もない口先だけの男……なぜ勇者はお前みたいな無能を選んだんだろうな……」

 ブルザの(まゆ)毛がぴくっと動いた。

「ふーん……、いいだろう、望み通り俺の剣の(さび)にしてくれるわ!」

 ブルザは剣を抜き、俺に向かってツカツカと迫った。

 俺はビビる振りをしながら、じりじりと後ろに下がる。

「どうした? 丸腰か?」

「ま、丸腰だってお前には勝てるんでね……」

 ツカツカと間合いを詰めてくるブルザ、ドロシーとの距離を稼ぐ俺……。

「ヒィッ!」

 俺はおびえて逃げ出すふりをして裏手へと駆けた。

「待ちやがれ! お前も殺せって言われてんだよ!」

 まんまと策に乗ってくるブルザ。



 アバドンはそれを確認すると、表のドアをそーっと開けて倉庫に入った。



「ぐわっ!」「ぐふっ!」

 アバドンがドロシーを押さえつけている男たちを殴り倒し、首輪の取り外しにかかる。

 しばらく倉庫の裏で巧みに逃げ回っていると、アバドンから連絡が入った。

「旦那様! OKです!」



 俺は逃げるのをやめ、大きく息をつくとブルザの方を向いた。

「ドロシーは確保した。お前の負けだ」

 俺がニヤッと笑うと、ブルザは

「もう一人いたのか……だが、小娘には死んでもらうよ」

 そう言って、嫌な笑みを浮かべながら何かを念じている。



 しかし……、反応がないようだ。

「え? あれ?」

 焦るブルザ。

「首輪なら外させてもらったよ」

 俺は得意げに言った。

「この野郎!」

 ブルザは一気に間合いを詰めると、目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろしてくる。

 その剣速はレベル182の超人的強さにたがわずすさまじく、音速を超え、衝撃波を発しながら俺に迫った。

 しかし、俺はレベル千、迫る剣をこぶしで打ち抜いた。



パキィィーン!

 剣は砕かれ、刀身が吹き飛び……クルクルと回って倉庫の壁に刺さった。



「は!?」

 ブルザは何が起こったかわからなかった。

 俺はその間抜けヅラを右フックでぶん殴った。

「ぐはっ!」

 吹き飛んで地面を転がるブルザ。

 俺はツカツカとブルザに迫り、すごんだ。

「俺の大切なドロシーを何回()った? お前」

 怒りのあまり、無意識に『威圧』の魔法が発動し、俺の周りには闇のオーラが渦巻いた。

「う、うわぁ」

 ブルザはおびえながら、まぬけに後ずさりする。

「一回!」

 俺はブルザを蹴り上げた。

「ぐはぁ!」

 ブルザは宙を何回転かしながら倉庫の壁に当たり、落ちて転がってくる。

「二回!」

 再度蹴りこんで壁に叩きつけた。



 ブルザは口から血を流しながらボロ雑巾のように転がった。

「勇者の所へ案内しろ! ボコボコにしてやる!」

 俺はそう叫んだ。

 しかし……、俺は勇者の邪悪さをまだ分かっていなかったのだ。



 ブルザはヨレヨレになりながら起き上がると、嬉しそうに上着のボタンを外し、俺に中身を見せた。

 そこには赤く輝く火属性の魔法石『炎紅石』がずらっと並んでいた。

「え!?」

 俺は目を疑った。『炎紅石』は一つでも大爆発を起こす危険で高価な魔法石。それがこんなに大量にあったらとんでもないことになる。

「勇者様バンザーイ!」

 ブルザはそう叫ぶと炎紅石をすべて発動させた。

 激しい灼熱のエネルギーがほとばしり、核爆弾レベルの閃光が麦畑を、街を、辺り一帯を覆った――――

 爆発の衝撃波は白い球体となって麦畑の上に大きく広がっていく……。



 倉庫も木々も周りの工場も一瞬で粉々に吹き飛ばされ、まさにこの世の終わりのような光景が展開された。



 衝撃波が収まると、真紅のきのこ雲が立ち上っていく様子が見える。

 俺は直前に全速力で空に飛んで防御魔法陣を展開したが、それでもダメージを相当食らってしまった。パジャマは焼け焦げ、髪の毛はチリチリ、体はあちこち火傷で火ぶくれとなった。

 目前で立ち上る巨大なキノコ雲を目の前にして、命を何とも思わない勇者の悪魔の様な発想に俺は愕然(がくぜん)とする。



 ドロシー……、ドロシーはどうなってしまっただろうか?

 爆煙たち込める爆心地は灼熱の地獄と化し、とても近づけない。



「あ、あぁぁ……ドロシー……」

 折角アバドンが救ったというのに、爆発に巻き込んでしまった……。

 俺は詰めの甘さを悔やんだ。勇者の恐ろしさを甘く見ていたのだ。

「ドロシー! ドロシー!!」

 俺は激しく(のど)を突く悲しみにこらえきれず、空の上で涙をボロボロとこぼしながら叫んだ。









2-5. 残酷な腕



 やがて爆煙がおさまってくると、俺は倉庫だった所に降り立った。

 倉庫は跡形もなく吹き飛び、焼けて溶けた壁の石がゴロゴロと転がる瓦礫(がれき)の山となっていた。

 あまりの惨状に身体がガクガクと震える。



 俺はまだブスブスと煙を上げる瓦礫(がれき)の山を登り、ドロシーがいた辺りを掘ってみる。

 熱い石をポイポイと放りながら一心不乱に掘っていく。

「ドロシー! ドロシー!!」

 とめどなく涙が流れる。



 石をどけ、ひしゃげた木箱や柱だったような角材を抜き、どんどん掘っていくと床が出てきた……が、赤黒く染まっている。なんだろう? と手についたところを見ると鮮やかに赤い。

 血だ……。

 俺は心臓がキュッとなって、しばらく動けなくなった。

 鮮やかな赤はダイレクトに俺の心を貫く……。

 手がブルブルと震える。



 いや、まだだ、まだドロシーが死んだと決まったわけじゃない。



 俺は首をブンブンと振ると、血の多い方向に掘り進める。

 石をどかしていくと、見慣れた白い綺麗な手が見えた。

 見つけた!



「ドロシー!!」

 俺は急いで手をつかむ……が、何かがおかしい……。



「え? なんだ?」

 俺はそーっと手を引っ張ってみた……。



 すると、スポッと簡単に抜けてしまった。

「え?」

 なんと、ドロシーの手は(ひじ)までしかなかったのである。



「あぁぁぁぁ……」

 俺は崩れ落ちた。

 ドロシーの腕を抱きしめながら、俺は、自分が狂ってしまうんじゃないかという程の激しい衝撃に全身を貫かれた……。



「ぐわぁぁぁ!」

 俺は激しく叫んだ。無限に涙が湧き出してくる。

 あの美しいドロシーが腕だけになってしまった。俺と関わったばかりに殺してしまった。

 なんなんだよぉ!

「ドロシー! ドロシー!!」

 俺はとめどなくあふれてくる涙にぐちゃぐちゃになりながら、何度も叫んだ。

「ドロシー!! うわぁぁぁ!」



 俺はもうすべてが嫌になった。何のために異世界に転生させてもらったのか?

 こんな悲劇を呼ぶためだったのか?

 なんなんだ、これは……、あんまりだ。



 絶望が俺の心を塗りたくっていった。

 俺はレベル千だといい気になっていた自分を呪い、勇者をなめていた自分を呪い、心がバラバラに分解されていくような、自分が自分じゃなくなっていくような喪失感に侵されていった。



      ◇



 死んだ魚のような目をして動けなくなっていると、ボウっと明かりを感じた。

「うぅ?」

 どこからか明かりがさしている……。ガレキの中の薄暗がりが明るく見える……。

 辺りを見回すと、なんと、抱いていた腕が白く光り始めたのだ。

「え!?」



 腕はどんどん明るくなり、まぶしく光り輝いていった。

「えっ!? 何? なんなんだ?」

 すると、腕は浮き上がり、ちぎれた所から二の腕が生えてきた。さらに、肩、鎖骨、胸……、どんどんとドロシーの身体が再生され始めたのだ。

「ド、ドロシー?」

 驚いているとやがてドロシーは生まれたままの身体に再生され、神々しく光り輝いたのだった。

「ドロシー……」

 あまりのことに俺は言葉を失う。

 そして、ドロシーの身体はゆっくりと降りてきて、俺にもたれかかってきた。俺はハグをして受け止める。

 ずっしりとした重みが俺の身体全体にかかる。柔らかくふくよかな胸が俺を温めた。

「ドロシー……」

 俺は目をつぶってドロシーをぎゅっと強く抱きしめた……。

 しっとりときめ細やかで柔らかいドロシーの肌が、俺の指先に吸い付くようになじむ。



「ドロシー……」

 華やかで温かい匂いに包まれながら、俺はしばらくドロシーを抱きしめていた。



 ただ、いつまで経ってもドロシーは動かなかった。身体は再生されたが、意識がないようだ

「ドロシー! ドロシー!」

 俺は美しく再生された綺麗なドロシーの頬をパンパンと叩いてみた。

「う……うぅん……」

 まゆをひそめ、うなされている。

「ドロシー! 聞こえる?」

 俺はじっとドロシーを見つめた。

 美しく伸びたまつ毛、しっとりと透き通る白い肌、そしてイチゴのようにプックリと鮮やかな紅色に膨らむくちびる……。

 すると、ゆっくりと目が開いた。

「ユータ……?」

「ドロシー!」

「ユータ……、良かった……」

 そう言って、またガクッと力なくうなだれた。

 俺はドロシーを鑑定してみる。すると、HPが1になっていた。

 これは『光陰の杖』の効果ではないだろうか?

 

『HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える』

 確か、こう書いてあったはずだ。



 HPが1なのはまずい。早く回復させないと本当に死んでしまう。

 俺は焼け焦げた自分のパジャマを脱いでドロシーに着せ、お姫様抱っこで抱きかかえると急いで家へと飛んだ。

 寒くならないよう、風が当たらないよう、細心の注意を払いつつ必死に飛んだ。



 途中、アバドンから連絡が入る。

「旦那様! 大丈夫ですか?」

「俺もドロシーも何とか生きてる。お前は?」

「私はかなり吹き飛ばされまして、身体もあちこち失いました。ちょっと再生に時間かかりそうですが、なんとかなりそうです」

「良かった。再生出来たらまた連絡くれ。ありがとう、助かったよ!」

「旦那様のお役に立てるのが、私の喜びです。グフフフフ……」

 俺はいい仲間に恵まれた……。

 自然と涙が湧いてきて、ポロッとこぼれ、宙を舞った。



        ◇



「あらあら、実に面白い方だわ……」

 王宮の尖塔で、遠見の魔道具を持った少女がつぶやいた。少女は18歳前後だろうか、透き通るような白い肌にくっきりとしたアンバーの瞳……、そして美しいブロンドにはルビーのあしらわれた髪飾りを着けており、たぐいまれなる美貌を引き立たせていた。金の刺繍がふんだんに施された豪奢なワンピースの腹部にはヒモが編まれ、豊かな胸を強調している。かなり高い階級のようだ。

 彼女はたまたま街の上を飛ぶ人影をみつけ、気になってわざわざ魔道具を用意してユータの行動を追っていたのだった。まさか勇者の側近を叩きのめし、あの大爆発の中でも生き残って女の子救出するとは……、予想をはるかに超えたユータの力に彼女は驚嘆していた。

 彼女はサラサラと何かをメモると、



「バトラー!」

 と、叫び、執事を呼んだ。



「至急、この男を調査して! 面白くなってきたわよ!」

 ニヤッと笑って執事にメモを渡した。