それから三年がたった――――。

 十四歳になり、俺は孤児院のそばに工房を借りた。俺の武器は評判が評判を呼んで、お客が列をなしている状態で、孤児院の倉庫でやり続けるのもおかしな状態になっていたのだ。孤児院への寄付は続けているが、それでもお金は相当溜まっている。経理とか顧客対応も手一杯で、そろそろ誰かに手伝ってもらわないと回らなくなってきている。

 一方経験値の方も恐ろしいくらいにガンガン上がり続けている。すでに、他の街の冒険者向け含め、数千本の武器を販売しており、それらが使われる度に俺に経験値が集まってくるのだ。レベルが上がる速度はさすがに落ちてきてはいるが、それでも数日に一回は上がっていく。もう、レベルは八百を超え、ステータスは一般の冒険者の十倍以上になっていた。



 コンコン!



 工房で、剣の(つか)を取り付けていると誰かがやってきた。

「ハーイ! どうぞ~」

 そう言ってドアの方を見ると、美しい笑顔を見せながら銀髪の少女が入ってきた。ドロシーだ。

「ふぅん、ここがユータの工房なのね……」

 ドロシーがそう言いながら部屋中をキョロキョロと見回す。

「あれ? ドロシーどうしたの?」

「ちょっと……、前を通ったらユータが見えたので……」

「今、お茶でも入れるよ」

 俺が立ち上がると、ドロシーは、

「いいのいいの、おかまいなく。本当に通りがかっただけ。もう行かないと……」

「あら、残念。どこ行くの?」

 俺は綺麗におめかししたドロシーの透き通るような白い肌を眺めながら言った。もう十六歳になる彼女は少女から大人へと変わり始めている。



「『銀の子羊亭』、これから面接なの……」

「レストランか……。でも、そこ、大人の……、ちょっと出会いカフェ的なお店じゃなかった?」

「知ってるわ。でも、お給料いいのよ」

 ドロシーはニヤッと笑って言う。

「いやいやいや、俺はお勧めしないよ。院長はなんて言ってるの?」

「院長に言ったら反対されるにきまってるじゃない! ちょっと秘密の偵察!」

 いたずらっ子の顔で笑うドロシー。

「うーん、危ないんじゃないの?」

「『お客からの誘いは全部断っていい』って言われてるから大丈夫よ」

「えー、そんなに簡単に行くかなぁ」

「ユータは行った事ある?」

「な、ないよ! 俺まだ十四歳だよ?」

「あのね、ユータ……。私はいろんな事知りたいの。ちょっと危ないお店で何が行われてるかなんて、実際に見ないと分からないわ!」

「その好奇心、心配だなぁ……」

「このままだとどこかのお屋敷のメイドになって一生家事やって終わりなのよ? そんな人生どうなのって思わない?」

「いやまぁそうなんだけど……。ドロシーが男たちの好奇の目にさらされるのは嫌だなぁ……」

「ふふふっ、ありがと! でも、今日一日だけのつもりだから大丈夫よ。あ、もう行かなきゃ!」

「うーん、気を付けてね」

「では、また今度報告するねっ! バイバイ!」

 ドロシーはそう言うと足早に出て行ってしまった。



 『銀の子羊亭』は風俗店ではないが、訪れる客はウェイトレスとのやり取りを楽しみにやってくる。そういう意味では水商売なのだ。もちろん、水商売がダメってわけではないけれども、怖い人も来るだろうし、トラブルも皆無とは言えないだろう。特にドロシーは可愛いちょっと目立つ女の子だ。心配である。



 俺は工具を片付けると棚から魔法の小辞典を取り出して『変装魔法』のページを探す。そして、何回も失敗しながら、ヒゲを生やした30代の男に変装する事に成功した。



         ◇



 夕暮れ時、明かりが灯り始めるにぎやかな街の雑踏を抜け、ちょっと淫靡(いんび)な通りに入る。可愛い女の子たちが露出の多い過激な衣装で客引きをしてくる。

「おにーさん、寄ってかない?」

「銀貨一枚でどう?」



 前世でも風俗は行った事が無かったので、ちょっと刺激が強すぎる。俺は硬い表情のまま、無視して通り過ぎていく。

 しばらく行くと『銀の子羊亭』が見えてきた。見た目はただのレストランである。俺は深呼吸して覚悟を決めると、ドアをギギギーっと開けた。



「いらっしゃいませ~!」

 可愛い女の子がそう言って近づいてくる。

「今日はフリーですか?」

 いきなり分からない事を聞いてくる。



「え? フ、フリー……というのは……?」

「お目当ての女の子がいるかどうかよ。おにーさん初めてかしら?」

 女の子は大胆に胸元の開いた赤いワンピースで、ニコッと笑いながら俺の顔をのぞきこむ。

「そ、そうです。初めてです」

「分かったわ、じゃあこっち来て」

 そう言って俺は奥のテーブルへと通される。



「何飲む?」

 女の子がぶっきらぼうに聞いてくる。

「では、エールを……」

「ご新規さん、エール一丁!」

「エール一丁、了解!」

 薄暗い店内に元気な声が響く。

 そして、女の子は俺をジッと見ると、

「おにーさんなら二枚でいいわ……。どう?」

 そう言いながら俺の手を取った。

「に、二枚って……?」

 俺は気圧(けお)されながら答える。

「銀貨二枚で私とイイ事しましょ、ってことよ!」

 彼女は俺の耳元でささやく。甘く華やかな匂いがふわっと漂ってくる。

 俺は動転した。お金払ったらこんな可愛い子とイイ事できてしまう。話には聞いたことがあったが、こんな簡単に可愛い女の子とできてしまう、という事実に俺は言葉を失った。

「あら、私じゃ……ダメ?」

 彼女は俺の手を胸にそっと押し当て、ちょっとしょげるように上目づかいで見た。

「ダ、ダメなんかじゃないよ。君みたいな可愛い女の子にそんな事言われるなんて、ちょっと驚いちゃっただけ」

 俺は手のひらに感じる胸の柔らかさ、温かさに動揺しながら答える。

「あら、お上手ね」

 ニッコリと笑う女の子。

「でも、今日はお店の雰囲気を見に来ただけだから……」

「ふぅん……。まぁいいわ。気が変わったらいつでも呼んでね!」

 彼女はパチッとウインクすると、去っていった。

 俺はまだ心臓がバクバクしていた。女性経験のない俺にはこの店は刺激が強すぎる。



「イヤッ! 困ります!」

 ドロシーの声がしてハッとした。そうだ、俺はドロシーの様子を見に来たのだった。目的を忘れるところだった。

 俺は立ち上がり、周りを見回す。すると、ちょっと離れた席に赤いワンピース姿のドロシーがいて、客の男と揉めているようだ。



 すかさず男を鑑定して……、俺は気が重くなった。



レナルド・バランド 男爵家次期当主
貴族 レベル26
裏カジノ『ミシェル』オーナー



 男は貴族だった。

 アラフォーくらいだろうか? ブクブクと太った締まりのない身体。薄い金髪にいやらしいヒゲ。まさにドラ息子と言った感じだ。しかし、それでも貴族は特権階級。我々平民は逆らえない。よりによってドロシーは最悪な男に目を付けられてしまった。



「なんだよ! 俺は客だぞ! 金払うって言ってるじゃねーか!」

 バランドはドロシーをにらみつけ、威圧的に喚き散らす。

「いや、私は今日は『お試し』なので……」

「では、俺と『お試し』! 決まりな!」

 バランドはいやらしい笑みを浮かべながらドロシーに迫る。



 俺はダッシュでドロシーの所へ行くと、耳元で、

「ユータだよ。俺に合わせて」

 と、ささやいて、バランドとドロシーの間に入った。



「バランド様、この娘はすでに私と遊ぶ約束をしているのです。申し訳ありません」



 いきなりの男の登場にバランドは怒る。

「何言ってるんだ! この女は俺がヤるんだよ!」

「可愛い女の子他にもたくさんいるじゃないですか」

 俺はニッコリと対応する。店外に引っ張り出してボコボコにしてもいいんだが、あまり店に迷惑をかけてもいけない。



「なんだ貴様は! 平民の分際で!」

 そう叫ぶと、バランドはいきなり俺に殴りかかった。

 しかし、バランドのレベルは二十六。俺のレベルは八百を超えている。二十六が八百を殴るとどうなるか……、バランドの右フックが俺の頬に直撃し……、果たしてバランドのこぶしが砕けた。



「ぐわぁぁ!」

 こぶしを痛そうに胸に抱え、悲痛な叫びを上げるバランド。

 俺はニヤッと笑うと、バランドの耳元で

「裏カジノ『ミシェル』のことをお父様にお話ししてもよろしいですか?」

 しれっとそう言った。男爵家が裏カジノなんてさすがにバレたらまずいはずだ。きっとこのドラ息子の独断でやっているに違いない。



「な、なぜお前がそれを知っている!」

 目を見開き、ビビるバランド。

「もし、彼女から手を引いてくれれば『ミシェル』の事は口外いたしません。でも、少しでも彼女にちょっかいを出すようであれば……」

「わ、分かった! もういい。女は君に譲ろう。痛たたた……」

 そう言いながら、痛そうにこぶしをかばいつつ逃げ出して行った。

「ありがとうございます」

 俺はうやうやしくバランドの方にお辞儀をした。

 そして、ドロシーの耳元で、

「ドロシー、もう十分だろ、帰るよ」

 と、ささやいた。



 店主がやってきて、

「え? どうなったんですか?」

 と、心配そうに聞いてくる。

「バランド様にはご理解いただきました。お騒がせして申し訳ありません。彼女と遊ぶにはこれで足りますか?」

 そう言って俺は金貨一枚を店主に渡した。

「えっ!? そ、そりゃもう! どうぞ、朝までお楽しみください!」

 そう言って店主はニッコリと笑った。



      ◇



 街灯に照らされた石畳の道をドロシーと歩く。



「ユータにまた助けてもらっちゃった……」

 下を向きながらドロシーが言う。

「無事でよかったよ」

「これからも……、助けてくれる?」

 俺の顔をのぞきこんで聞いてくる。

「もちろん。でも、ピンチにならないようにお願いしますよ」

「えへへ……。分かったわ……」

 ドロシーは両手を組むと、ストレッチのように伸ばした。



「結局、どこで働くことにするの?」

「うーん、やっぱりメイドさんかな……。孤児が働く先なんてメイドくらいしかないのよ」

「良かったらうちで働く?」

 俺は勇気を出して誘ってみた。

「えっ!? うちって?」

 ドロシーは驚いて歩みを止めてしまった。

「ほら、うち、商売順調じゃないか。そろそろ経理とか顧客対応とかを誰かに頼みたいと思ってたんだ」

「やるやる! やる~!」

 ドロシーは片手をパッとあげて、うれしそうに叫んだ。

「あ、そう? でも、俺は人の雇い方なんて知らないし、逆にそういうことを調べてもらうことからだよ」

「そのくらいお姉さんに任せなさい!」

 ドロシーはそう言って、胸を張り、ポンポンと胸を叩いた。



「じゃぁ何か食べながら相談しようか?」

「そうね、お腹すいてきちゃった」

「ドロシーの時間は俺が朝まで買ったからね。朝まで付き合ってもらうよ」

 俺はちょっと意地悪な事を言う。

「え!? エッチなことは……、ダメよ?」

 ドロシーが真っ赤になって言う。

 ちょっとからかうつもりがストレートに返ってきて焦る俺。

「あ、いや、冗談だよ」

 俺も真っ赤になってしまった。



     ◇



 こうして俺は従業員を一人確保した。ドロシーは読み書きそろばん何でもこなす利発な娘だ。きっといい仕事をしてくれるだろう。明日からの仕事が楽しみになった。



 圧倒的世界最強になり、可愛い女の子と一緒に順調な商売。俺はまさに絶好調の日々を過ごし、運命の十六歳を迎える――――。















1-12. レベル千の猛威



 その日、俺は武器の新規調達先開拓のため、二百キロほど離れた街へ魔法で飛びながら移動していた。レベルは千を超え、もはや人間の域を超えていた。人族最強級の勇者のレベルが二百程度なのだから推して知るべしである。この域になると、日常生活には危険がいっぱいだ。ドアノブなど普通にひねったらもげてしまうし、マグカップの取っ手など簡単にとれてしまう。こないだテーブルを真っ二つに割った時はさすがに怒られた。単に頬杖(ほおづえ)をついただけなのだが……。

 走れば時速百キロは超えるし、水面も普通に走れるし、一軒家くらい普通に飛び越せる。商人が目立ってもしかたないので、みんなには秘密だが、身近な人は気づいてるかもしれない。

 魔法も一通り全てマスターし、移動はもっぱら魔法で飛んで行くようになった。二百キロくらいの距離なら15分もあれば飛んで行けてしまう。すごい便利だし楽しい。しかし、こんなことができるのは世界でも俺だけなので、飛ぶ時は隠ぺい魔法で目立たないようにして飛んでいる。

 

 大きな川を越え、森を越え、目の前に雪の積もった山脈が現れてきた。山脈を越えるため、高度を上げていく……。

 雲の高さまで上がってきたので、雲の層を抜けるべく雲の中を一気に急上昇していく。何も見えない真っ白な視界に耐えているとバッと急に青空が広がった。澄みとおる青い空燦燦(さんさん)と照り付ける太陽、一面に広がる雲海……、おぉ……、なんて爽快だろうか!



「ヒャッホー!」

 俺は思わず叫び、調子に乗ってクルクルと(きり)もみ飛行をした。やっぱり自由に飛ぶって素晴らしい。異世界に来てよかった!



 速度は時速八百キロを超えている。前面には魔法陣のシールドを展開しているが、さすがにこの高度では寒い。俺は毛糸の帽子を取り出して目深にかぶり、手をポケットに突っ込んだ。

 以前、調子に乗って音速を超えてみたが、衝撃波がシャレにならなくて、まともに息ができなくなったので、今は旅客機レベルの速度で抑えている。そのうち、余裕が出来たら宇宙船のコクピットみたいのを作って、ロケットのように宇宙まで吹っ飛んでいきたい。宇宙旅行も楽しそうだし、ここが地球サイズの星なら裏側まで20分だ。チートは夢が広がる。



 そろそろ山脈を越えたはずなので高度を下げていく……。

 雲を抜けると森が広がっていた。遠くに目的地の街らしき姿もうっすらと見えてくる。

 その時、ふと、不思議な形に盛り上がっている森があるのに気が付いた。明らかに自然にできたような形ではない。

 俺は不思議に思い、鑑定をしてみた。



ミースン遺跡
約千年前のタンパ文明の神殿



 おぉ、遺跡だ! 俺は速度を落としながら上空をクルリと回り、様子を見てみる。崩れた石造りの建物の上に大木が生い茂っている様子だった。

 俺は着陸出来そうな石積みの所にゆっくりと降りて行く。

 柱だったであろう崩れた石材には細かい彫刻がなされており、高い文化をうかがわせる。しかし、いたるところ巨木の根によって破壊されており、もはや廃墟となっていた。まるでアンコールワットである。

 もしかしたらお宝があるかもしれないと、俺は崩れた石をポンポンと放り、巨木の根をズボズボと引きはがし、入り口を探す。しかし、ガレキをどけてもどけても一向に何も出てこない。これではラチが明かないので、頭にきて爆破することにした。俺は一旦空中に戻ると、遺跡に向けて手のひらを向け、ファイヤーボールの呪文を景気よく唱えた。



 手のひらの前にグォンと巨大な火の玉が浮かび上がり、遺跡に向かって飛んで行く。久しぶりのファイヤーボールだったが、以前と様子が違う。



『あれ……? ファイヤーボールってこんなに大きかったかな?』

 俺が首をかしげているとファイヤーボールは遺跡に着弾、天を焦がす激しい閃光が走り、大爆発を起こした。巨大な白い球体状の衝撃波が音速で広がり、あっという間に俺を貫く。



「ぐわぁぁ!」

 自分のファイヤーボールに翻弄される間抜けな俺。

 吹き飛ばされながら何とか体勢を立て直し、遺跡を見たら巨大で真っ赤なキノコ雲が立ち上っていた。

 唖然(あぜん)とする俺……。



 ファイヤーボールというのは一般にはささやかな火の玉をぶち当てるような初級魔法である。以前無人島で撃った時もせいぜい普通の爆弾レベルだった。なぜ、こんな核兵器の様な威力になっているのか……。

 俺はレベル千の恐ろしさというものを身にしみて感じた。ちゃんとしないと街一つが初級魔法で吹っ飛んでしまう。



 爆心地から周囲数キロは木々もなぎ倒され地獄絵図と化していた。石造りの所はあらかた吹っ飛び、崩れたガレキの脇にはぽっかりと黒い穴が開いている。どうやら地下通路のようだ。

 俺はまだ熱気が立ち上る遺跡に降り立つ。周りを見渡すと、まるで空爆を受けた戦場である。焼け焦げた臭いが充満し、石も所々溶けている。気軽に放った初級魔法がこんな地獄を生み出すとは……。俺は背筋が凍った。



 通路の所へ行ってみると、石が不安定な形で入り口を邪魔している。俺はまだ熱い石をポイポイと放って入り口を掘り出すと、中へと進んだ。

 中はダンジョンのように石で作られた通路がずっと続いていた。俺は魔法の明かりをつけ、索敵の魔法で警戒しながら進んでいく。ジメジメとカビ臭く、不気味な雰囲気である。

 しばらく進むと突き当りが小部屋になっていて、中にかすかな魔力の反応が見える。入口には木の扉があったようだが朽ち果ててしまい、残骸を残すばかりである。

 慎重に小部屋の中を(のぞ)くと、そこには台座があって一本の剣が刺さっていた。いかにもいわくありげな剣である。

 鑑定してみると……、



|東方封魔剣 レア度:★★★★★
長剣 強さ:+8、攻撃力:+50、バイタリティ:+8、防御力:+8
特殊効果: 魔物封印



「キタ――――!!」

 ★5の武器は国宝レベルであり、一般に見かけることなどほとんどない。ついに俺は★5に出会うことができたのだ。俺は嬉しさのあまりガッツポーズを繰り返した。



 しかし……である。封魔剣ということは、魔物が封印されているに違いない。

 抜けば魔物は出てきてしまう。誰にも倒すことができず、封印でごまかしたような強敵を呼び起こしてしまっていいのだろうか?

 うーん……

 しばらく悩んだが、俺のレベルはもはや勇者の五倍だ。勇者が五人集まるよりもはるかに強いのだ。どんな奴でもなんとかなりそうな予感はする。

 俺は意を決して剣をつかむと、力いっぱい引き上げた――――。

















1-13. 封印されし魔人





「ぬおぉぉぉ!」

 (つば)を持って全力で引っ張る……が、抜けない。レベル千の怪力で抜けないとは思わなかった。どれだけ俺は剣に嫌われているのだろうか……。

 頭にきたので、引いてダメなら押してみなってことで、思いっきり押しこんでやった。



「うおぉりゃぁ!」

 すると、パキッと音がして台座の石がパックリと割れた。剣もまさか押し込まれるとは想定外だろう。うっしっし!

 

 無邪気に喜んでいたら、黒い霧がプシューっと噴き出してきた。



「うわぁ!」

 俺は思わず逃げ出す。



「グフフフ……」

 嫌な笑い声が小部屋に響いた。

 振り返ると、黒い霧の中で何かが浮かんでいる……。明らかにまともな存在ではなさそうだ。さて、どうしたものか……。



 やがて霧が晴れるとそいつは姿を現した。それはタキシードで蝶ネクタイの痩せて小柄な魔人だった。

 何だか嫌な奴が出てきてしまった……。



 魔人は大きく伸びをすると、嬉しそうに言った。

「我が名はアバドン。少年よ、ありがとさん!」



 魔人はアイシャドウに黒い口紅、いかにも悪そうな顔をしている。

「お前は悪い奴か?」

 俺が聞くと、

「魔人は悪いことするから魔人なんですよ、グフフフ……」

 と、嫌な声で笑った。

「じゃぁ、退治するしかないな」

 俺はため息をついた。こんなのを野に放つわけにはいかない。



「少年がこの私を退治? グフフフ……笑えない冗談で……」

 俺は瞬歩で一気に間を詰めると、思いっきり顔を殴ってやった。

「ぐはぁ!」

 吹き飛んで壁にぶつかり、もんどり打って転がるアバドン。

 

 不意を突かれたことに怒り、

「何すんだ! この野郎!!」

 ゆっくりと起き上がりながら烈火のごとく俺をにらむ。



 レベル千の俺のパンチは、人間だったら頭が粉々になって爆散してしまうくらいの威力がある。無事なのはどういう理屈だろうか? さすが魔人だ。



 アバドンは、指先を俺に向けると何やら呪文をつぶやく。

 まぶしい光線のようなものが出たが、そんなノロい攻撃、当たるわけがない。俺は直前に瞬歩で移動するとアバドンの腹に思いっきりパンチをぶち込む。

「ぐふぅ!」

 と、うめきながら吹き飛ばされるアバドン。

 そして浮き上がってるアバドンに瞬歩で迫った。アバドンもあわてて防御魔法陣を展開する。

 目の前に展開される美しい金色の魔法陣……。

 しかし、そんなのは気にせず、右フックで力いっぱい顔面を振り抜いた。



「フンッ!」



 魔法陣は打ち砕かれ、ゴスッと鈍い音がしてアバドンは再度壁に吹き飛び、また、もんどり打った。

 しかし、まだ魔石にはならない。しぶとい奴だ。手ごたえはあったと思ったのだが……。



「このやろう……俺を怒らせたな!」

 アバドンは、口から紫色の液体をだらだらと垂らしながらわめく。

 そして、「ぬぉぉぉぉ!」と、全身に力を込め始めた。ドス黒いオーラをブワっとまき散らしながらメキメキと盛り上がっていくアバドンの筋肉。はじけ飛ぶタキシード……。

 そして最後に「ハッ!」と叫ぶと、全身が激しく光り輝いた。



「うわぁ……」

 いきなりのまぶしさに目がチカチカする。

 光が収まるのを待って、そっと目を開けてみると、そこには背中からコウモリに似た大きな翼を生やした、筋肉ムキムキで暗い紫色の大男が浮いていた。

 大男は、

「見たか、これが俺様の本当の姿だ。もうお前に勝機はないぞ! ガッハッハ!」

 と、大きく笑う。

 しかし、俺には先ほどと変わらず、脅威には感じなかった。

 

「死ねぃ! メガグラヴィティ!」

 アバドンは叫びながら俺に両手のひらを向けた。

 すると、俺の周りに紫色のスパークがチラチラと浮かび、全身に重みがずっしりとのしかかった。

「二十倍の重力だ、潰れて死ね!」

 と、嬉しそうに叫ぶアバドン。

 

「なるほど、これが二十倍の重力か……」

 俺は腕を組み、涼しい顔でうなずく。



「あ、あれ?」

 焦るアバドン。しかし、重ねて上位魔法を撃ってくる。

「百倍ならどうだ! ギガグラヴィティ!!」

 さらなる重みがズシッと俺の身体にかかり、足元の石畳がバキッと音を立てて割れた。

 体重百倍ということは俺には今7トンの重しがかかっていることになる。しかし、レベル千の俺にしてみたら7トンなどどうでもいい数値だった。



「つまらん攻撃だな」

 俺はそう言って、再度瞬歩でアバドンに迫ると思い切り右のパンチを振り抜いた。ひしゃげるアバドンの顔。

 吹き飛ばされ、壁にぶつかり、戻ってきたところを蹴り上げて、今度は左パンチ。また、戻ってきたところを右のフックで打ち倒した。



「ぐはぁぁぁ……」

 情けない声を出しながらもんどり打って転がるアバドン。

 そして、俺を(おび)えた目で見つめると、

「ば、化け物だぁ……」

 そう言いながら間抜けに四つん這いで逃げ出し、壁に魔法陣を描いた。

 何をするのかと思ったら、そこに飛び込もうとする。逃げるつもりのようだ。しかし、魔人を逃がすわけにはいかない。俺は素早くアバドンの足をつかむとズボッと壁から引き抜いて、そのまま床にビターンと思いっきり打ち付けた。



「ゴフッ!」

 アバドンは口から泡を吹きながらピクピクと痙攣している。











1-14. 不思議な奴隷



 これほどまでに叩きのめしているのに、一向に死なない。

 俺はアバドンのしぶとさに嫌気がさし、武器を使うことにした。



 割れた台座に刺さってる★5の剣を引き抜き、刀身の具合を見る。千年前の剣だけあって、少しやぼったく、厚みがあるずんぐりとしたフォルムであるが、刃はまだ斬れそうだ。

 俺は剣を軽くビュッビュッと振り、肩慣らしをすると、アバドンめがけて振りかぶった……。

 と、その時、アバドンが、

「こ、降参です……まいった……」

 と、口を開く。

 魔人の言うことなど聞いてもロクなことにならない。俺は構わず剣を振り下ろした。



 ザスッ



 派手な音がして首が一刀両断され、頭がゴロゴロと転がった。

 首を切り落とすなんてできればやりたくなかったが、悪さをする魔人である以上仕方ない。冥福くらい祈ってやろう。



 ところが……。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」

 生首が語りかけてくる。首を切り離しても死なない、そのしぶとさに俺は唖然(あぜん)とした。

「しょ、少年、いや、旦那様、私の話を聞いてください」

 アバドンの首は切々と訴える。

「何だよ、何が言いたい?」

 俺はその執念に折れて聞いてみることにした。

「旦那様の強さは異常です。到底勝てません。参りました。しかし、このアバドン、せっかく千年の辛い封印から自由になったのにすぐに殺されてしまっては浮かばれません。旦那様、このワタクシめを配下にしてはもらえないでしょうか?」

 目に涙を浮かべて訴える生首。

「俺は魔人の部下なんていらないんだよ」

 そう言ってまた、剣を振りかぶった。

「いやいや、ちょっと待ってください。わたくしこう見えてもメチャクチャ役に立つんです。本当です」

 哀願するアバドン。



「例えば?」

「旦那様に害をなす者が近づいてきたら教えるとか、戦うとか……そもそもわたくしこう見えても世界トップクラスに強いはずなんです。旦那様の強さがそれだけ飛びぬけているということなんですが」

「うーん、でも、お前すぐに裏切りそうだからな……」

「じゃ、こうしましょう! 奴隷契約です。奴隷にしてください。そうしたら旦那様を決して裏切れないですから!」

 奴隷か……。確かにそんな契約魔法があったことを思い出した。奴隷にすることで悪さしないのであれば殺す必要もない……か。

 俺はリュックから魔法の小辞典を取り出すと、呪文を調べた。何だか面倒くさそうではあるが、レベル千の知力であれば時間かければできないことはなさそうだ。どこかで役に立つかもしれないし、奴隷は悪くない選択だろう。



「わかった、じゃぁこれからお前は俺の奴隷だ。俺に害なさないこと、悪さをしないこと、呼んだらすぐ来ること、分かったな!」

「はいはい、もちろんでございます。このアバドン、旦那様のようなお強い方の奴隷になれるなんて幸せでございます!」

 と、身体の方が手を合わせながら嬉しそうに言った。



 俺は床にチョークで丁寧に魔法陣を描き、首を持ったアバドンを立たせると、小辞典を見ながら呪文を唱え、俺の血を一滴アバドンに飲ませた。

 直後、魔法陣が光り輝き、アバドンは光に包まれる……。

 やがて光が落ち着いてくると、アバドンの首筋に炎をかたどったような入れ墨が浮かび上がった。

 アバドンは恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべている……。



「これで、いいのかな?」

「完璧です、旦那様! ありがとうございます!」

 感激するアバドン。

 奴隷にして感激してもらってもなぁ、とちょっと複雑な気分だ。

 でもこれでアバドンは悪さができなくなった。悪さをしようとすると入れ墨が燃え出して焼き殺してしまうのだ。また、奴隷との間には魔力の通話回線が繋がるので、離れていても会話ができるようになるはずだ。どうやるかは後で確認しよう。



 と、ここで、商談に行く途中だったことを思い出した。

「この遺跡に他に何か宝物はあるか?」

 俺が聞くと、

「いや、他の宝はみな盗掘に遭って持ってかれてます、旦那様」

「そうか……残念だな。じゃ、俺は仕事があるんで」

 そう言って俺は★5の武器をリュックにしまい、出口へと歩き出した。

「お待ちください旦那様! わたくしめはどうしたら?」

 哀願するように目を潤ませるアバドン。

「ん? しばらく用はないので好きに暮らせ。用が出来たら呼ぶ。ただし、悪さはするなよ」

 俺はアバドンを指さし、しっかりと目を見据えて言った。

「ほ、放置プレイですか……さすが旦那様……」

 アバドンは何やら感激している。変な奴だ。



 こうして俺は魔人の奴隷を持つことになった。使い道は特に思い浮かばないが、暇な時に呼び出して遊び相手にでもなってもらおう。全力で殴っても死なない相手なんてこの世界にそうはいないだろうし。



 結局その日は新たな街での商談もうまくいき、さらに商売は大きく伸びそうである。

 ★5の武器も手に入ったし、俺の人生、順風満帆だ。



























1-15. 初ダンジョンの洗礼



 届け物があって久しぶりに冒険者ギルドを訪れた。



 ギギギー



 相変わらず古びたドアがきしむ。



 にぎやかな冒険者たちの歓談が聞こえてくる。防具の皮の臭いや汗のすえた臭いがムワッと漂っている。これが冒険者ギルドなのだ。



 受付嬢に届け物を渡して帰ろうとすると、

「ヘイ! ユータ!」

 アルが休憩所から声をかけてくる。

 アルは最近冒険者を始めたのだ。レベルはもう30、駆け出しとしては頑張っている。



「おや、アル、どうしたんだ?」

「今ちょうどダンジョンから帰ってきたところなんだ! お前の武器でバッタバッタとコボルトをなぎ倒したんだ! ユータにも見せたかったぜ!」

 アルが興奮しながら自慢気に話す。

 なるほど、俺は今まで武器をたくさん売ってきたが、その武器がどう使われているのかは一度も見たことがなかった。武器屋としてそれはどうなんだろう?

「へぇ、それは凄いなぁ。俺も一度お前の活躍見てみたいねぇ」

 何気なく俺はそう言った。



「良かったら明日、一緒に行くか?」

 隣に座っていたエドガーが声をかけてくれる。

 アルは今、エドガーのパーティに入れてもらっているのだ。

「え? いいんですか?」

「うちにも荷物持ちがいてくれたら楽だなと思ってたんだ。荷物持ちやってくれるならいっしょに行こう」

「それなら、ぜひぜひ!」

 話はとんとん拍子に決まり、憧れのダンジョンデビューとなった。



       ◇



 エドガーのパーティはアルとエドガー以外に盾役の前衛一人、魔術師と僧侶の後衛二人がいる。俺を入れて六人でダンジョンへ出発だ。

 俺は荷物持ちとして、アイテムやら食料、水、テントや寝袋などがパンパンに詰まったデカいリュックを担いでついていく。



 ダンジョンは地下20階までの比較的安全な所を丁寧に周回するそうだ。長く冒険者を続けるなら安全第一は基本である。背伸びして死んでしまったらお終いなのだ。



 街を出て三十分ほど歩くと大きな洞窟があり、ここがダンジョンになっている。入口の周りには屋台が出ていて温かいスープや携帯食、地図やらアイテムやらが売られ、多くの人でにぎわっていた。

 ダンジョンは命を落とす恐ろしい場所であると同時に、一攫千金が狙える夢の場所でもある。先日も宝箱から金の延べ棒が出たとかで、億万長者になった人がいたと新聞に載っていた。なぜ、魔物が住むダンジョンの宝箱に金の延べ棒が湧くのだろうか? この世界のゲーム的な構造に疑問がない訳ではないが、俺は転生者だ。そういうものだとして楽しむのが正解だろう。



 周りを見ると、皆、なんだかとても楽しそうである。全員目がキラキラしていてこれから入るダンジョンに気分が高揚しているのが分かる。



 俺たちは装備をお互いチェックし、問題ないのを確認し、ダンジョンにエントリーした。

 地下一階は石造りの廊下でできた暗いダンジョン。出てくる敵もスライムくらいで特に危険性はない。ただ、ワナだけは注意が必要だ。ダンジョンは毎日少しずつ構造が変わり、ワナの位置や種類も変わっていく。中には命に関わるワナもあるので地下一階とは言えナメてはならない。

 ダンジョンに入ると、

「ユータ君、重くない?」

 黒いローブに黒い帽子をかぶった魔法使いのエレミーが、気を使ってくれる。流れるような黒髪にアンバーの瞳がクリッとした美人だ。



「全然大丈夫です! ありがとうございます」

 俺はニッコリと返した。



「お前、絶対足引っ張るんじゃねーぞ!」

 盾役のジャックは俺を指さしてキツイ声を出す。

 40歳近い、髪の毛がやや薄くなった筋肉ムキムキの男は、どうやら俺の参加を快く思っていないらしい。

「気を付けます」

 俺は素直にそう答えた。



「そんなこと言わないの、いつもお世話になってるんでしょ?」

 エレミーは俺の肩に優しく手をかけ、フォローしてくれる。ふんわりと柔らかな香りが漂ってくる。胸元が開いた大胆な衣装からは、たわわな胸が谷間を作っており、ちょっと目のやり場に困る。

 ジャックはエレミーのフォローにさらに気分を害したようで、

「勝手な行動はすんなよ!」

 そう言いながら、先頭をスタスタと歩き出してしまう。

 どうやら俺がエレミーと仲良くなることを気に喰わないみたいだ。困ったものだ。

 一同は渋い顔をしながら早足のジャックについていく。すると、



 カチッ



 と、床が鳴った。

 何だろうと思ったら、床がパカッと開いてしまう。ワナだ。



「うわぁぁぁ」「キャ――――!!」「ひえぇぇ!」

 叫びながら一斉に落ちて行く我々。



 エレミーがすかさず魔法を唱え、みんなの落ちる速度はゆっくりとなったが、床は閉じてしまった。もう戻れない。



「何やってんのよあんた!」

 ゆるゆると落ちながら、ジャックに怒るエレミー。

「いや、だって、あんなワナ、昨日までなかったんだぜ……」

 しょんぼりとするジャック。

「これ、どこまで落ちるかわからないわよ!」

 いつまでも出口につかない縦穴に、みんな恐怖の色を浮かべている。

「まぁ、終わったことはしょうがない、なんとか生還できるよう力を合わせよう」

 リーダーのエドガーはしっかりと強く言った。さすがリーダーである。危機の時こそ団結力が重要なのだ。



 しばらく落ち続け、ようやく俺たちは床に降り立った……。すると、床についた瞬間パァッと明るい景色が広がった。

 いきなりのまぶしい景色に目がチカチカする。

 なんと、そこは草原だった。ダンジョンにはこういう自然な世界もあるとは聞いていたが、森があり、青空が広がり、太陽が照り付け、とても地下とは思えない風景だった。

「おい、こんなところ聞いたこともないぞ! 一体ここは何階だ!?」

 ビビるジャック。

「少なくとも地下40階までには、このような階層は報告されていません」

 僧侶のドロテは丸い眼鏡を触りながら、やや投げやり気味に淡々と言った。

 一同、無言になってしまった。

 地下40階より深い所だったとしたらもう生きて帰るのは不可能、それが冒険者の間の一般的な考え方だった。

 パーティーはいままさに全滅の危機に瀕していた。