男性の名はエドガー。剣士をやっている35歳の冒険者だった。たまたま近くの街へ行っていて、うちのアンジューの街に戻るところだったそうだ。彼がポーションを分けてくれたおかげで、俺はすぐに傷をいやすことが出来た。

 エドガーは中堅の剣士であり、主にダンジョンの魔物を討伐して暮らしているそうだ。ステータスを見るとレベルは53、この辺りが中堅らしい。

 院長のレベルが89となっていたが、これは相当に高いレベルだということがわかる。院長は何者なのだろうか?



 俺は彼と一緒に街まで同行することにした。チートが気になって薬草採りどころじゃなくなっていたのだ。

 道中、エドガーに聞いた冒険者の暮らしはとても楽しかった。ダンジョンのボスでガーゴイルが出てきてパーティが全滅しかけ、最後やけくそで投げた剣がたまたま急所にあたって勝ったとか、スライムを馬鹿にして適当に狩ってたら崖の上から百匹くらいのスライムの群れがいきなり滝のように降ってきて、危うく全滅しかけたとか、狩りの現場の生々しい話が次々出てきて、俺は興奮しっぱなしだった。



 彼の剣も見せてもらったが、レア度は★1だし、あちこち刃こぼれがしており、『そろそろ買い替えたい』と言っていた。



 俺はさっき気が付いたチートの仮説を検証したかったので、代わりの剣を用意したいと申し出る。

 エドガーは子供からそんなものはもらえないと固辞したが、俺が商人を目指していて、その試作の剣を試して欲しいという提案をすると、それならと快諾してくれた。



        ◇



 街につくとエドガーと分かれ、俺はチートの仮説検証に必要な素材を求めに『魔法屋』へ行った。魔法屋は魔法に関するグッズを沢山扱っている店だ。

 メインストリートから少し小路に入ったところにある『魔法屋』は、小さな看板しか出ておらず、日当たりも悪く、ちょっと入るのには勇気がいる。



 ギギギ――――ッ

 ドアを開けると嫌な音できしんだ。



 奥のカウンターにはやや釣り目のおばあさんがいて本を読んでいる。そしてこちらをチラッと見て、怪訝(けげん)そうな顔をすると、また読書に戻った。店内には棚がいくつも並んであり、動物の骨や綺麗な石など、何に使うのだか良く分からない物が所狭しと陳列されている。昔、東南アジアのグッズを扱う雑貨屋さんで()いだような、少しエキゾチックなにおいがする。

 俺はアウェイな感じに気おされながらも、意を決しておばあさんに声をかけた。



「あのー、すみません」

 おばあさんは本にしおりを挟みながら、

「坊や、何か用かい?」

 と、面倒くさそうに言った。

「水を凍らせる魔法の石とかないですか?」

氷結石(アイシクルジェム)のことかい?」

「その石の中に水を入れてたらずっと凍っていますか?」

「変なことをいう子だね。魔力が続く限り氷結石(アイシクルジェム)の周囲は凍ってるよ」

 俺は心の中でガッツポーズをした。いける、いけるぞ!

「魔力ってどれくらい持ちますか?」

「うちで売ってるのは十年は持つよ。でも一個金貨一枚だよ。坊やに買えるのかい?」

「大丈夫です!」

 そう言って俺は金貨を一枚ポケットから出した。

 おばあさんは眉をピクッと動かして、

「あら、お金持ちね……」

 そう言いながらおばあさんは立ち上がり、奥から小物ケースを出してきた。

 木製の小物ケースはマス目に小さく仕切られ、中には水色にキラキラと輝く石が並んでいる。

「どれがいいんだい?」

 おばあさんは俺をチラッと見る。

「どれも値段は一緒ですか?」

「うーん、この小さなのなら銀貨七枚でもいいよ」

「じゃぁ、これください!」

 俺が手で取ろうとすると、

「ダメダメ! 触ったら凍傷になるよ!」

 そう怒って、俺の手をつかんだ。そして手袋をつけて、慎重に丁寧に氷結石(アイシクルジェム)を取り出し、布でキュッキュと拭いた。すると、氷結石(アイシクルジェム)は濃い青色で鮮やかに輝きを放つ。

「うわぁ~!」

 俺は深い色合いのその(あお)い輝きに魅せられた。

 どうやら石の表面には霜が付くので、そのままだと鈍い水色にしか見えないが、拭くと本来の輝きがよみがえるらしい。本当はこんなに青く明るく輝くものだったのだ。

 俺が興味津々で見ていると、おばあさんはニコッと笑って小さな箱に入れた。そして、

「はい、どうぞ」

 と、にこやかに俺に差し出す。

「ありがとう!」

 俺は、満面の笑みで小箱をポケットに押し込み、お金を払った。



        ◇



 俺の仮説はこうである。



 ゴブリンを倒したのは俺の血がついた槍、つまり、俺の血がついた武器で魔物を倒せば、俺がどこで何してても経験値は配分されるのだ。ただ、血が乾いてカピカピになってもこの効果があるかといえば、ないだろう。そんな効果があったらどんな武器にだって血痕は微量についている訳だからシステム的に破綻してしまうはずだ。だから、まだ生きた細胞が残っている血液が付いていることが条件になるだろう。しかし、血液なんてすぐに乾いてしまう。そこで氷結石(アイシクルジェム)の出番なのだ。この石を砕いてビーズみたいにして、中にごく微量、俺の血を入れて凍らせる。そしてそれを武器の中に仕込むのだ。これを冒険者のみんなに使ってもらえば俺は寝てるだけで経験値は爆上がり、世界最強の力を得られるに違いない。

 もちろん、それだけだと他人の経験値を奪うだけの泥棒なので、良くない。やはり喜ばれることをやりたい。と、なると、特殊なレア武器を提供して、すごく強くなる代わりに経験値を分けてもらうという形がいいだろう。



 俺はウキウキしながら孤児院に戻り、みんなに見つからないようにそっと倉庫のすみに作業場を確保すると、氷結石(アイシクルジェム)の加工作業に入った。



        ◇



 週末に、街の広場で『(のみ)の市』が開かれた。いわゆるフリーマーケット、フリマである。街の人や、近隣の街の商人がこぞって自慢の品を並べ、売るのである。俺は今まで貯めたお金をバックに秘かに忍ばせて、朝一番に広場へと出かけた。

 広場ではすでに多くの人がシートを敷いて、倉庫で眠っていたお宝や、ハンドメイドの雑貨などを所狭しと並べていた。

 俺の目当ては武器、それも特殊効果がかかったレアものの武器である。鑑定スキルが一番役に立つシーンであるともいえる。



 端から順繰りに武器を鑑定しながら歩いて行く……



グレートソード レア度:★
大剣 攻撃力:+10


スピア レア度:★
槍 攻撃力:+8


バトルアックス レア度:★
斧 攻撃力:+12


ショートボウ レア度:★
短弓 攻撃力:+6



 どれもこれも★1だ。小一時間ほど回ったが成果はゼロ。さすがに鑑定を使い過ぎて目が回ってきた。フリマなんだから仕方ないとは思うが、なんかこうもっとワクワクさせて欲しいのに……。

 ★1の武器に氷結石(アイシクルジェム)を仕込んだら、使う人は損してしまう。損させることは絶対ダメだ。どうしても、レア武器で『強くなるけど経験値が減る』といったトレードオフの形にしておきたい。

 しかし……、レア武器なんて俺はまだ見たことがなかった。本当にあるのだろうか?



 俺は気の良さそうなおばちゃんから、手作りのクッキーとお茶を買うと、噴水の石垣に腰掛けて休んだ。

 見上げればどこまでも澄みとおった青い空、あちこちから聞こえてくるにぎやかな商談の声……。クッキーをかじりながら俺は、充実してる転生後の暮らしに思わずニッコリとしてしまった。暗い部屋でゲームばかりしていた、あの張りのない暮らしに比べたら、ここは天国と言えるかもしれない。

 俺は大きく息を吸い、ぽっかりと浮かぶ白い雲を見ながら、幸せだなぁと思った。















1-7. 紅蓮虎吼剣



「あー、すまんが、ちょっとどいてくれ」

 人の良さそうな白いひげを蓄えたおじいさんが、山のように荷物を背負いながら、人だかりで歓談している人たちに声をかけた。どうやら、遅れてやってきて、これから設営らしい。

 背負ってる荷物からは剣の(つば)などが飛び出しているから武具を売るつもりなのだろう。

 俺はクッキーをかじりながら期待もせずに鑑定をかけて行った……。





ワンド レア度:★
木製の杖 攻撃力:+8


スピア レア度:★
大剣 攻撃力:+9


紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣 レア度:★★★★
大剣 強さ:+5、攻撃力:+8/40、バイタリティ:+5、防御力:+5



「キタ――――!!」

 俺は思わず立ち上がってガッツポーズ!

 隣に置いていたお茶のカップが転がり、お茶が地面を濡らした。



 俺はお茶どころじゃなくなって、何度もステータスを確認し、おじいさんの所へと駆けて行く。

 紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣はジャンク扱いで、箱の中に他の武器と一緒に無造作に突っ込まれていた。すっかり錆び切って赤茶色になり、あちこち刃こぼれが目立っている。★4なのにこの扱いはひどい。一体どんな経緯でこうなったのだろうか?

 攻撃力が『8/40』となっているのは、状態が悪いから40から8に落とされたということに違いない。きっと研げば40まで上がるに違いない。



 おじいさんはきれいに磨かれた武器を、丁寧に敷物の上に並べていく。鑑定していくと、中には★3が二つほどあった。すごい品ぞろえである。一体何者なのだろうか?

「坊主、武器に興味あるのか?」

 並べ終わると、おじいさんはそう言って相好を崩す。



 俺は★3と★4の武器を指さした。

「この剣と、この短剣、それからあの()びた大剣が欲しいんですが、いくらですか?」

「え!? これは一本金貨一枚だぞ! 子供の買えるもんじゃねーぞ!」

 驚くおじいさん。

「お金ならあります!」

 そう言ってカバンから金貨を二枚出した

「ほぅ、こりゃ驚いた……」

 おじいさんは金貨を受け取ると、本物かどうかじっくりと確かめていた。

「……。いいですか?」

「そりゃぁ金さえ払ってくれたらねぇ……。よし! じゃ、()びた奴はオマケにしといてやろう!」

 そう言って笑うと、剣を丁寧に紙で包み始めた。

 なんと、★4がオマケでついてしまった。俺は改めて鑑定スキルの重要さを身に染みて感じる。



「もしかして、こういう武器、他にもありますか?」

 在庫があるなら全部見せて欲しいのだ。

「あー、うちは古い武器のリサイクルをやっとってな。倉庫にはたくさんあるよ」

 おじいさんは開店するなり武器が売れてニコニコと上機嫌だ。

「それ、見せてもらうことはできますか?」

「おいおい、坊主。お前、武器買いあさってどうするつもりかね?」

 怪訝(けげん)そうなおじいさん。



「あー、実は冒険者相手に武器を売る商売をはじめようと思ってて、仕入れ先を探してたんです」

「え? 坊主が武器商人?」

「武器ってほら、魅力的じゃないですか」

 するとおじいさんはフッと笑うと、

「そりゃぁ武器は美しいよ。でも、儲かるような仕事じゃないぞ?」

「大丈夫です、まず試したいので……」

 おじいさんは俺の目をジッと見る。そして、

「分かった、じゃぁ明日、ここへおいで」

 そう言って、おじいさんは小さなチラシを年季の入ったカバンから出して、俺に渡した。

「ありがとうございます!」

 俺はお礼を言うと、三本の剣を抱え、ウキウキしながら孤児院の倉庫へと走った。



      ◇



 倉庫に水を汲んできて早速紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を研ぎ始めた。錆びだらけなのはすぐに落ちるが、刃こぼれは頭が痛い。刃こぼれした分、全部研ぎ落さねばならないからだ。なのに、めちゃくちゃ刀身が硬く、研いでも研いでもなかなか削れていかない。さすが★4である。

 しかし、諦めるわけにもいかない。俺は砥石を諦め、庭に転がっていた石垣の崩れた石を二個持ってきた。かなりザラザラするから粗研ぎには良さそうだ。水をかけ、まずは石同士でこすり合わせて面を出す。しばらくするといい感じになってきたので剣を試しに研いでみた。するとジョリジョリと削れていって、砥石よりはいい感じである。俺は調子に乗って景気よく研いでいく。

 しかし、ヒョロッとした孤児の俺ではすぐに疲れてしまう。



「ふぅ……何やるにしても身体鍛えないとダメだなぁ……」

 ボーっと休みながらつぶやいた。



「な~に、やってるの?」

「うわぁ!」

 いきなり後ろから声を掛けられてビビる俺。

「そんなに驚くことないでしょ!」

 振り返るとドロシーがムッとしている。銀髪に透き通る白い肌の美しい少女は、ワンピースの様な水色の作業着を着て俺をにらむ。



「ゴメンゴメン、今度武器をね、売ろうと思ってるんだ」

 そう言って、石に水をかけ、剣を研ぐ。

「ふーん、ユータずいぶん変わったよね?」

 ドロシーはそう言って俺の顔をのぞき込む。

「まぁ、いつまでも孤児院に世話になってはいられないからね」



 ジョリジョリと倉庫内に研ぐ音が響く。

「あの時……ありがとう」

 ドロシーはちょっと恥ずかしそうに下を向いて言った。

「大事にならなくてよかったよ」

 俺は研ぎながら淡々と返した。

「本当はね、ユータって手に負えない悪ガキで、ちょっと苦手だったの……」

「俺もそう思うよ」

 ちょっと苦笑しながら応える。

「いやいや、違うのよ! 本当はあんなに勇気があって頼れる子だって分かって、私、反省したの……」

「ははは、反省なんてしなくていいよ。実際悪ガキだったし」

 俺は苦笑いしながら軽く首を振った。

「でね……。私、何か手伝えることないかなって思って……」

「え?」

 俺はドロシーの方を見た。



「ユータが最近独り立ちしようと必死になってるの凄く分かるの。私、お姉さんでしょ? 手伝えることあればなぁって」

 なるほど、確かに手伝ってくれる人がいるのは心強い。ドロシーは賢いし、手先も器用だ。

「そしたら、武器の掃除をお願いできるかな? そこの剣とか持ち手や(つば)に汚れが残っちゃってるんだよね」

 おじいさんの剣は基本フリマの商品なので、クリーニングまでしっかりとやられている訳ではない。売るのであれば綺麗にしておきたい。

「分かったわ! この手のお掃除得意よ、私!」

 そう言ってドロシーは目を輝かせた。

「売れたらお駄賃出すよ」

「何言ってんの、そんなの要らないわよ!」

「いやいや、これは商売だからね。もらってもらわないと困るよ。ただ……小銭だけど」

「うーん、そういうものかしら……分かった! 楽しみにしてる!」

 ドロシーは素敵な笑顔を見せた。

 そして、棚からブラシやら布やら洗剤をてきぱきと(そろ)えると、隣に座って磨き始めた。

 俺も淡々と研ぎ続ける。













1-8. 十二歳女神の福音



「これ、儲かるの?」

 ドロシーは手を動かしながら聞いてくる。

「多分儲かるし……それだけじゃなく、もっと夢みたいな世界を切り開いてくれるはずだよ」

「えー? 何それ?」

 ドロシーはちょっと茶化すように言う。

「本当さ、俺がこの世界全部を手に入れちゃうかもしれないよ?」

 俺はニヤッと笑う。

「世界全部……? 私も手に入っちゃう?」

 そう言ってドロシーは上目づかいで俺を見る。サラッと銀髪が揺れて、澄んだブラウンの瞳がキュッキュッと細かく動いた。

 十二歳とは思えない女の色香の片りんに俺はドキッとして、

「え? あ? いや、そういう意味じゃなくって……」

 と、しどろもどろになる。

「うふふ、冗談よ。男の子が破天荒な夢を語るのはいいことだわ。頑張って!」

 ニコッと笑って俺を見るドロシー。

「あ、ありがとう」

 俺は顔を赤くし、研ぐ作業に戻った。



 ドロシーは丁寧に剣の(つば)を磨き上げる。だいぶ綺麗になったが、なかなか取れない汚れがあって、ドロシーは何かポケットから取り出すとコシコシとこすった。

 綺麗にすると何かステータス変わらないかなと、俺は何の気なしに剣を鑑定してみる。





青龍の剣 レア度:★★★
長剣 強さ:+2、攻撃力:+30、バイタリティ:+2、防御力:+2、経験値増量





「ん!?」

 俺はステータス画面を二度見してしまう。

 『経験値増量』!?

「ちょっ! ちょっと待って!」

 俺は思わず剣を取って鑑定してみる。しかし、そうすると『経験値増量』は消えてしまった。これは一体どういうことだ……?

「ちょっと持ってみて」

 ドロシーに持たせてみる。しかし『経験値増量』は消えたまま……。一体これはどういうことだろう?

 俺が不思議がっていると、ドロシーはまた汚れをこすり始めた。すると『経験値増量』が復活した。

「ストップ!」

 俺はドロシーの手に持っているものを見せてもらった。

 それは古銭だった。そして、古銭を剣につけると『経験値増量』が追加されることが分かった。



「やった――――!!」

 俺はガッツポーズをして叫んだ。

 ポカンとするドロシー。



「ドロシー!! ありがとう!!」

 俺は感極まって思わずハグをする。

 これで経験値が減る問題はクリアだし、剣の性能を上げる可能性も開かれたのだ。

 俺は甘酸っぱい少女の香りに包まれる……。



 って、あれ? マズくないか?



 月夜の時にずっとハグしてたから、無意識に身体が動いてしまった。



「あ、ごめん……」

 俺は真っ赤になりながら、そっとドロシーから離れた。



「ちょ、ちょっと……いきなりは困るんだけど……」

 ドロシーは可愛い顔を真っ赤にしてうつむいた。



「失礼しました……」

 俺もそう言ってうつむいて照れた。

 それにしても『いきなりは困る』ということは、いきなりでなければ困らない……のかな?

 うーん……。



 日本にいた時は女の子の気持ちが分からずに失敗ばかりしていた。異世界では何とか彼女くらいは作りたいのだけれど、いぜん難問だ。もちろん十歳にはまだ早いのだが。



「と、ところで、なんでこれでこすってるの?」

 俺は話を変える。

「この古銭はね、硬すぎず柔らかすぎずなので、こういう金属の汚れを地金を傷つけずにとる時に使うのよ。生活の知恵ね」

 伏し目がちにそう答えるドロシー。

「さすがドロシー!」

「お姉さんですから」

 そう言ってドロシーは優しく微笑んだ。



 これで俺の計画は完ぺきになった。使う人も俺も嬉しい魔法のチート武器がこの瞬間完成したのだ。こんなの俺一人だったら絶対気付かなかった。ドロシーのお手柄である。ドロシーは俺の幸運の女神となった。



         ◇



 結局、研ぎ終わる頃には陽が傾いてきてしまった。ドロシーはしっかり清掃をやり遂げてくれて、孤児院の仕事へと戻っていった。



 最後に俺の血液を仕込んだ氷結石(アイシクルジェム)と、ドロシーからもらった古銭のかけらを(つか)に仕込んでできあがり。ちょっと研ぎあとが(いびつ)だが、攻撃力は問題なさそうなのでこれを持っていく。

 また、この時、ステータスに『氷耐性:+1』が追加されているのを見つけた。なんと、氷結石(アイシクルジェム)を埋め込むと氷耐性が付くらしい。これは思いもしなかった効果だ。と、言うことは火耐性や水耐性なんかも上げられるに違いない。古銭だけではなく、いろんな効果を追加できるアイテムがあると言うのは予想外の福音だ。俺は儲かってきたら魔法屋でいろいろ仕入れて、この辺も研究してみようと思った。



      ◇



 剣を三本抱えて歩くこと15分、冒険者ギルドについた。石造り三階建てで、小さな看板が出ている。中から聞こえてくる冒険者たちの太い笑い声、年季の入った木製のドア、開けるのにちょっと勇気がいる。

 ギギギギーッときしむドアを開け、そっと中へ入る。



「こんにちはぁ……」



 酒とたばこの臭いにムワッと包まれた。



 見回すと、入って右側が冒険者の休憩スペース、20人くらいの厳つい冒険者たちが歓談をしている。子供がいていいようなところじゃない。まさにアウェイである。

 ビビりながらエドガーを探していると、若い女性の魔術師が声をかけてくる。

「あら坊や、どうしたの?」

 胸元の開いた色っぽい服装でニヤッとしながら俺を見る。

「エ、エドガーさんに剣を届けに来たんです」

「エドガー?」

 ちょっといぶかしそうに眉をしかめると、

「おーい、エドガー! 可愛いお客さんだよ!」

 と、振り返って言った。

 すると、奥のテーブルでエドガーが振り向く。



「お、坊主、どうしたんだ?」

 と、にっこりと笑う。

 俺はそばまで行って紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を見せた。

「昨日のお礼にこれどうぞ。重いですけど扱いやすく切れ味抜群です。防御もしやすいと思います」

「え!? これ?」

 エドガーは紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣の大きさに面食らう。

 エドガーが使っているのは



ロングソード レア度:★
長剣 攻撃力:+9



 それに対し、紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣は圧倒的にステータスが上だがサイズもデカい。ただ、『強さ』も上がるので振り回しにくいデメリットは相殺してくれるだろう。



紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣 レア度:★★★★
大剣 強さ:+5、攻撃力:+40、バイタリティ:+5、防御力:+5、氷耐性:+1、経験値増量



 エドガーは、

「大剣なんて、俺、使ったことないんだよなぁ……」

 と、気乗りがしない様子だ。

 すると、同じテーブルの僧侶の女性が、

「裏で試し切りしてみたら? これが使いこなせるなら相当楽になりそうよ」

 そう言って丸い眼鏡を少し上げた。



 エドガーは、ジョッキをあおって、エールを飲み干すと、

「まぁやってみるか」

 そう言って俺を見て、優しく頭をなでた。



 裏のドアを開けるとそこは広場になっており、すみっこに藁でできたカカシの様なものが立っていた。これで試し斬りをするらしい。カカシは『起き上がりこぼし』のように押すとゆらゆらと揺れ、剣を叩きこんでもいなされてしまうため、剣の腕を見るのに有効らしい。

 エドガーは紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を受け取るとビュンビュンと振り回し、

「え? なんだこれ? 凄く軽い!」

 と、驚く。

 紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣が軽い訳ではなく、ステータスの『強さ』が上がっただけなのだが、この世界の人はステータスが見えないので、そういう感想になってしまう。

「どれどれ、行きますか!」

 そう言うと、

「あまり無理すんなよー!」「また腰ひねらんようになー!」

 やじ馬が五、六人出てきて、はやしたてる。

「しっかり見とけよ!」

 やじ馬を指さしてそう言うと、エドガーは大きく深呼吸を繰り返し、カカシを見据え……、そして、目にも止まらぬ速さでバシッと紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を打ち込んだ。



 しかし、カカシは微動だにしなかった。

「え?」

「あれ? 斬れてないぞ?」

 皆が不思議がる中、カカシはやがて斜めにズズズとずれ、真っ二つになってコテンと転がった。



「え――――!?」「ナニコレ!?」

 驚きの声が広場にこだまする。

 いまだかつて見たことのないような斬れ味に一同騒ぎまくる。

 エドガーは中堅のCランク冒険者だが、斬れ味はトップクラスのAランク以上だった。













1-9. チート、スタート!



 あまりのことに混乱したエドガーは俺に聞いてくる。

「ちょっとこれ、どういうこと?」

「その剣は紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣といって、由緒あるすごい剣なんです」

 俺はニコニコしながら言った。

「いやいや、これなら今まで行けなかったダンジョンの深層に行ける。これは楽しみになってきた!」

 エドガーは改めて紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣をまじまじと眺めた。刀身には金色で虎の装飾が彫ってあり、実に豪勢な造りとなっている。

「じゃぁ使ってくれますね?」

「もちろん! いや、これちゃんとお金払うよ!」

 と、言ってくれる。

「命の恩人からはお金取れません。その代わり、お客さん紹介してもらえますか?」

「いやー、このレベルの武器を売ってくれるなら、いくらでも欲しい人はいるよ。なぁみんな?」

 そう言って、やじ馬の方を向いた。



「俺も欲しい!」「俺も俺も!」

 やじ馬も目の色を変えて言ってくる。

 これで販路開拓もOKである。俺は幸先の良いスタートにホッとした。



 結局その日は★3の武器二本を金貨四枚で売って、金貨二枚の利益となった。日本円にして20万円である。いい商売だ。★3なら金貨二枚、★4なら十枚で売っていけるだろう。この価格なら……、月商一千万円、利益五百万!? えっ!?



 俺は暗算して思わず声を上げそうになった。俺、なんだかすごい金鉱脈を掘り当てたんじゃないか?



「ヤッホ――――イ!!」

 帰り道、俺はスキップしながら腕を高々と突き上げた。無一文だった孤児がついに成功の糸口にたどり着いたのだ。もう、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。



 これもドロシーの協力あってこそ。

 俺はケーキ屋でリボンのついた可愛いクッキーを買った。喜んでくれるかな?



       ◇



 翌日、おじいさんのお店に行こうと街を歩いていると、



 ピロローン! ピロローン! ピロローン!

 と、頭の中に音が鳴り響いた。



「キタ――――!!」

 俺は思わずガッツポーズである。

 急いでステータスを見ると、レベルが5に上がっていた。



 予想通り、エドガーたちの倒した敵の経験値が俺にも分配され始めたのだ。これで俺は勝手にレベルが上がる環境を手に入れた。今後さらに武器を売っていけば、さらに経験値のたまる速度は上がるだろう。

 冒険者千人に使ってもらうことが出来たら、俺は家に居ながら普通の冒険者の千倍の速さで強くなっていく。きっと人族最強どころかこの世界に影響が出るくらい強くなってしまうに違いない。『商人』がこの世界を揺るがす仙人の様な存在になる……なんと痛快だろうか!

 もちろん、俺のやっていることはずるいことだ。チートでインチキだ。でも、孤児が異世界で生き抜くのにきれいごとなんてクソくらえだ。

 俺はガッツポーズを繰り返し、ピョンピョンと飛び跳ねながら道を歩く。歩きなれた石畳の道が、俺には光り輝く栄光の道に見えた。



         ◇



 おじいさんの店に来ると、にこやかにおじいさんが迎えてくれた。

 倉庫を見せてもらうと、そこにはずらりと、それこそ数千本の武器が眠っていた。もう数百年も前から代々やっているお店なので在庫が山ほどたまってしまったらしい。しかし、多くはほこりが積もり、()びが回ってしまっていて、おじいさんも管理に頭を悩ませているそうだ。



 俺は欲しい物を選ばせてもらうことにして、倉庫で延々と鑑定を繰り返した。

 夕暮れまで頑張って、俺は★4を二十本、★3を百五十本見つけ出すことができた。

 おじいさんは、『ほとんどがジャンク品だから』と、全部で金貨十枚でいいという。しかし、さすがにそれは気がとがめるので、(もう)かり次第、儲けに応じて追加で金貨を支払うと約束した。その代わり、しばらく保管してもらうことにして、気になる★4だけ、いくつか持って帰ることにする。



 今回驚いたのは、特殊効果付きの魔法の杖。



光陰の杖 レア度:★★★★
魔法杖 MP:+10、攻撃力:+20、知力:+5、魔力:+20
特殊効果: HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える



 これは例えばメチャクチャに潰されて死んでも生き返るという意味であり、改めてこの世界のゲーム的な設定に驚かされた。一体どうなるのだろうか……?



        ◇



 商材がこれだけ揃えばあとは売るだけである。武器商人として、俺は毎日淡々と武器を研いで整備して売るということを繰り返した。

 営業はしなくても『すごい武器だ』といううわさが口コミで広がり、購入希望者リストがいっぱいになるほどで、まさに順風満帆である。

 二ヶ月もしたら、売った武器はもう100本を超え、経験値は毎日ぐんぐん増えるようになった。レベルアップの音が毎日のように頭の中に響き、一度も戦ったことがないのにレベルは80を超えてきた。これはもはやAランクのベテラン冒険者クラス、まさにチートである。

 こんなレベル、本当に意味があるのか不思議になり、試しに剣を振り回してみた。すると、重くてデカい剣をクルクルと器用に扱えるようになっていることに気が付いた。武器の扱い方が体にしみこんでいるようなのだ。これ、ダンジョンでも無双できるのではないだろうか? いつか行ってみたいなと思った。



 それから魔法石の効果もいろいろと研究し、水、風、火、雷の属性耐性の他に、幸運、自動回復を付与する方法を見つけた。

 俺は売る武器には全てこれらの特殊効果をてんこ盛りにして詰め込んだ。手間暇もコストも増えるが、経験値を分けてもらう以上、手抜きはしないと決めているのだ。





















1-10. 世界最大の責任



 自分のステータスを眺めてみると、MPや魔力、知力の値は一般的な冒険者の魔術師をもう超えていた。しかし、俺は魔法の使い方を知らない。これはちょっともったいないのではないだろうか?



 俺はこっそり孤児院の裏庭で魔法が出るか試してみた。



 心を落ち着け、目の前の木をにらみ、手のひらを前に突き出して叫んだ。

「ファイヤーボール! ……。」

 しかし、何も起こらない。

「あれ? どうやるんだろう?」

 俺はいろいろと試行錯誤を繰り返す。

「ファイヤーボール! ……、ダメか……」



 すると、後ろからいきなり声をかけられる。

「な~に、やってんの?」

「うわぁ!」

 驚き慌てる俺。

「なんでいつもそう驚くのよ!」

 ドロシーが綺麗な銀髪を揺らしながら、プリプリしながら立っていた。

「後ろからいきなり声かけないでよ~」

 俺はドキドキする心臓を押さえながら言った。

「魔法の練習?」

「うん、できるかなーと思ったけど、全然ダメだね」

「魔法使いたいならアカデミーに通わないとダメよ」

「アカデミー……。孤児じゃ無理だね……」

「孤児ってハンデよね……」

 ドロシーがため息をつく。



「院長に教わろうかなぁ……」

「え? なんで院長?」

 ドロシーは不思議がる。

「あー、院長だったら知ってるかなって……」

 院長が魔術師な事は、俺以外気づいていないらしい。

「さすがにそれは無理じゃない? あ、丁度院長が来たわよ、いんちょ――――!」

 ドロシーは院長を呼ぶ。

「あら、どうしたの?」

 院長はニコニコしながらやってきた。



「院長って魔法使えるんですか?」

「えっ!?」

 目を丸くして驚く院長。

「ユータが院長に魔法教わりたいんですって!」

 院長は俺をジッと見る。

「もし、使えるならお願いしたいな……って」

 俺はモジモジしながら言った。

「ざーんねん。私は魔法なんて使えないわ」

 にこやかに言う院長。

「ほらね」

 ドロシーは得意げに言う。



「あ、ユータ君、ちょっと院長室まで来てくれる? 渡す物あるのよ」

 院長はそう言って俺にウインクをした。

「はい、渡す物ですね、わかりました」

 俺は院長の思惑を察し、淡々と答えた。



          ◇



 二人で院長室に入ると、院長は、

「そこに腰かけて。今、お茶を入れるわね」

 そう言って、ポットのお茶をカップに入れてテーブルに置いた。



「いきなりすみません」

 俺は頭を下げる。

「いいのよ。誰に聞いたの?」

 院長はニッコリとほほ笑みながらお茶を一口飲んだ。



「ギルドに出入りしているので、そういううわさを聞きまして」

 俺は適当に嘘をつく。

「ふぅん。で、魔法を教わりたいってことね?」

「はい」

 院長は額に手を当て、目をつぶって何かをじっと考えていた。

 重苦しい時間が流れる。



「ダメ……、ですか?」

 院長は大きく息をつくと、口を開いた。

「私ね……、魔法で多くの人を殺してしまったの……」

「えっ!?」

 意外なカミングアウトに俺は凍り付いた。

「十数年前だわ、魔物の大群がこの街に押し寄せてきたの。その時、私も召集されてね、城壁の上から魔法での援護を命令されたわ」

「それは知りませんでした」

「あなたがまだ赤ちゃんの頃の話だからね。それで、私はファイヤーボールをポンポン撃ってたわ。魔力が尽きたらポーションでチャージしてまたポンポンと……」

 院長は窓の外を眺めながら淡々と言った。

「もう大活躍よ。城壁から一方的に放たれるファイヤーボール……、多くの魔物を焼いたわ。司令官はもっと慎重にやれって指示してきたけど、大活躍してるんだからと無視したの。天狗になってたのよね……」

「そして……、特大のファイヤーボールを放とうとした瞬間、矢が飛んできて……、肩に当たったわ。倒れながら放たれた特大の火の玉……どうなったと思う?」

「え? どうなったんですか?」

「街の中の……、木造の住宅密集地に……落ちたわ……」

 院長は震えながら頭を抱えた。

「うわぁ……」

「多くの人が亡くなって……しまったの……」

 俺はかける言葉を失った。

 院長はハンカチで目頭を押さえながら言った。

「魔物との戦いには勝ったし、矢を受けたうえでの事故だから不問にされ、表彰され、二つ名ももらったわ……。でも、調子に乗って多くの人を殺した事実は、私には耐えられなかったのよ。その事故で身寄りを失った子がここに入るって聞いて、私は魔術師を引退してここで働き始めたの……。せめてもの罪滅ぼしに……」

 沈黙の時間が流れた……。俺は一生懸命に言葉を探す。



「で、でも、院長の活躍があったから街は守られたんですよね?」

「そうかもしれないわ。でも、人を殺した後悔って理屈じゃないのよ。心が耐えられないの」

 そう言われてしまうと、俺にはかける言葉がなかった。

「いい、ユータ君。魔法は便利よ、そして強力。でも、『大いなる力は大いなる責任を伴う』のよ。強すぎる力は必ずいつか悲劇を生むわ。それでも魔法を習いたいかしら?」

 院長は俺の目をまっすぐに見つめる。

 なるほど、これは難問だ。俺は今まで『強くなればなるほどいい』としか考えてこなかった。しかし、確かに強い力は悲劇をも呼んでしまう。

 鑑定スキルがあれば商売はうまくいく。きっと一生食いっぱぐれはないだろう。それで十分ではないだろうか?

 なぜ俺は強くなりたいのだろう?

 俺はうつむき、必死に考える。



「教えるのは構わないわ。あなたには素質がありそう。でも、悲劇を受け入れる覚悟はあるかってことなのよ」

 院長は淡々と言う。



 目をつぶり、俺は今までの人生を振り返った。特に無様に死んだ前世……。思い返せば俺はそこそこいい大学に合格してしまったことで慢心し、満足してしまい、向上心を失ったのが敗因だったかもしれない。結果、就活に失敗し、人生転落してしまった。人は常に向上心を持ち、挑戦をし続けない限りダメなのだ。たとえそれが悲劇を呼ぶとしても、前に進む事を止めてはならない。



 俺は院長をまっすぐに見つめ、言った。

「私は、やらない後悔よりも、やった後での後悔を選びたいと思います」



 院長はそれを聞くと、目をつぶり、ゆっくりとうなずいた。

「覚悟があるなら……いいわ」

「忠告を聞かずにすみません。でも、この人生、できること全部やって死にたいのです」

 俺はそう言い切った。

「それじゃ、ビシビシしごくわよ!」

 院長が今まで見たこと無いような鋭い目で俺を見た。

「わ、わかりました。お願いします」

 俺はちょっとビビりながら頭を下げた。



 こうして俺は魔法を習うことになり、毎晩、院長室へ秘かに通うようになった。



       ◇



 鬼のしごきを受けつづけること半年――――。



 一通りの初級魔法を叩きこまれ、俺は卒業を迎えた。ファイヤーボールも撃てるし、空も飛べるし、院長には感謝しかない。

 そして……。日々上がる俺のレベルはついに二百を超えていた。一般人でレベル百を超える人がほとんどいない中、その倍以上のレベルなのだ。多分、人間としてはトップクラスの強さになっているだろう。



 俺は翌日、朝早く孤児院を抜け出すとまだ薄暗い空へと飛んだ。実は、まだ、魔力を全力で使ったことがなかったので、人里離れた所で試してみようと思ったのだ。レベル二百の魔法って、全力出したらどんなことになるのだろうか?

 隠ぺい魔法をかけて、見つからないようにし、ふわりと街の上空を飛んでみる。最初は怖かったが徐々に慣れてきたので、速度を上げてみる。

 朝もやの中、どんどんと小さくなる孤児院や街の建物……。朝の冷たい風の中、俺はどんどんと高度を上げていく。

 すると、いきなりもやを抜け、朝日が真っ赤に輝いた。

 ぽつぽつと浮かぶ雲が赤く輝き、雲の織りなす影が光の筋を放射状に放ち、まるで映画のワンシーンのような幻想的な情景を浮かび上がらせていた。



「うわぁ……、綺麗……」



 神々しく輝く真紅の太陽が俺を照らす。

 前世では部屋にこもって無様(ぶざま)に死んだ俺が今、空を自由に飛んでこの美しい風景を独り占めにしている。俺は胸が熱くなって涙がポロリとこぼれた。



 俺はこの景色を一生忘れないだろう。

 今度こそ、絶対成功してやるのだ。この人類最高峰の力を駆使してガッチリと幸せをつかみ取るのだ!



 俺は朝日にガッツポーズして気合を入れ、全魔力を使ってカッ飛んで行った。



        ◇



 しばらく飛ぶと海になり、小さな無人島を見つけたので、そこで魔法の確認を行ってみる。試しにファイヤーボールを全力で海に撃ってみた

 俺は院長に教わった通りに目をつぶり、深呼吸をして、意識を心の底に落としていく。そして、心にさざめく魔力の揺らめきの一端に意識を集中させ、それを右腕へグイーンとつなげた。魔力が腕を伝わって流れてくる。俺はほとばしってくる魔力に合わせ、叫んだ。



「ファイヤーボール!」

 魔力は俺の手のひらで炎のエネルギーとなって渦巻き、巨大な火の玉を形成する。直後、すさまじい速度ですっ飛んでいき、海面に当たって大爆発を起こした。

 激しい閃光の直後、衝撃波が俺を襲う。



「ぐわぁ!」

 何だこの威力は!?



 海面が沸騰し、激しい湯気が立ち込め、ショックで魚がプカプカと浮かんでくる。

 俺は院長が言っていた『大いなる力は大いなる責任を伴う』という言葉を思い出し、ゾッとしてしまった。すでに俺は、気軽に爆弾をポンポン放ることができる危険人物になってしまっているのだ。

 こんな力、誰にも知られてはならない。知られてしまったらきっとこの力を利用しようとする連中が出てきてしまうだろう。そうしたらきっとロクな事にならない。

 俺は人前では魔法を使わないようにしようと心に決めた。



 職業が『商人』なので高度な魔法は無理かと思っていたが、どうもそんなことはなかった。MPや魔力、知力の伸びが低いだけで、頑張れば普通に魔法は使えたのだ。もちろん、経験不足で発動までの時間が長かったり、精度がいまいちであり院長には全然及ばないが、威力だけで言うならばステータス通りの威力は出るらしい。

 つまり、同レベルの魔術師には敵うべくもないが、レベルが半分くらいの魔術師には勝てるかもしれない。という事は、レベルをガンガン上げ続けたら世界最強の魔術師になってしまうということだ。

 世界最大の責任を伴ってしまうという事が一体何を引き起こすのか……。俺は水平線を眺めながら、大きく息をつくとしばらく考え込んだ。