6-1. 超巨大宇宙ステーション



 ガン!



 俺は何かに頭をぶつけ、目が覚めた。

「う、ここはどこだ?」

 見回すと……、ポッドの中だが……これ、ひっくり返ってないか?



 苦労してガラスカバーを開け、何とか()い出したが、外の景色を見て驚いた、そこには崩壊した神殿と、神殿をふさぐように何だか分からない巨大な漆黒の壁が立ちはだかっていた。



「なんだこりゃ!?」



 驚いていると、誰かの声がする。

「うぅ……」



 振り向くとドロシーがテーブルの上に横たわって、破かれたワンピースから白い胸をさらし、震えていた。

「ドロシー!」

 俺は驚いて駆け寄り、抱き起こした。

「あ、あなた……」

 力ない声を出すドロシー。

「何されたんだ? 大丈夫か?」



 弱り切ったドロシーの姿に、俺はつい涙がポロリとこぼれてしまう。

「だ、大丈夫よ……。あなたが……倒してくれたんでしょ……」

 力なく微笑むドロシー。

「間に合ったんだな……良かった……」

 俺は強くドロシーを抱きしめ、泣いた。

「ただ……あれ……どうしよう……」

「え?」

 ドロシーの指さす先には巨大な漆黒の壁がある。

「あれ何なの?」

蜘蛛(くも)……」

「蜘蛛……? 虫の蜘蛛なの? 壁じゃなくて?」

「蜘蛛なの……」

 俺はドロシーが何を言ってるのかさっぱりわからなかった。崩壊した神殿をふさぐ壁、なぜこれが蜘蛛なのか?



 ガコン!

 ポッドのガラスケースが開いた。

「なんじゃこりゃぁ!」

 レヴィアが出てきて叫ぶ。

「蜘蛛なんだそうです」

 俺が言うとレヴィアは壁をじーっと見た。

 そして、目をつぶり、首を振って言った。

「これはアカン……。もうダメじゃ。ヴィーナ様にすがるより他なくなったわ……」



 どういうことか良く分からず、俺は鑑定してみた……。



アシダカグモ レア度:★
家の中の害虫を食べる益虫 全長:253キロメートル
特殊効果:物理攻撃無効



「253キロメートル!?」

 俺は思わず叫んでしまった。

「九州と同じくらいのサイズの蜘蛛じゃ。その上物理攻撃無効ときている。もうワシでは手のつけようがないわ」

 レヴィアは肩をすくめ首を振る。

「じゃ、この壁は?」

「蜘蛛の足に生えている毛の表面じゃないかのう? 足一本の太さが数キロメートルはあるでのう」

 俺は絶句した。

「ヌチ・ギの巨大化レーザー発振器が蜘蛛に……。止めようと思ったんだけど体が動かなくて……」

 ドロシーが小さな声で説明する。



 ゴゴゴゴゴゴゴ

 いきなり蜘蛛が動き出した。

 バラバラと神殿の大理石が崩落してくる。

 動いた足を見上げると、それはポッカリと浮かぶ雲を突き抜け、はるか高く一直線に宇宙にまで伸びていた。宇宙に届く物など俺は生まれて初めて見た。もし、宇宙エレベーターがあったとしたらこういう風になるのだろう。そして蜘蛛の身体が遠く熊本の上空辺りに見える。雲のはるか彼方上に霞んで見えるその巨体は、もはや生き物というより超巨大宇宙ステーションだった。



「何をボヤッとしとる! 逃げるぞ!」

 レヴィアは空間を裂くと御嶽山の俺のログハウスに繋げ、俺たちを放り込んだ。

 蜘蛛はどこへ行くつもりだろうか? あんな物が動き回ったら大災害だ。一難去ってまた一難。俺は気が遠くなった。























6-2. 最新型iPhone



 ログハウスのデッキでレヴィアはスマホを取り出した。まさかこの世界でスマホを見ることになるとは……。

 カメラレンズがいくつもついたゴツくて、でもスタイリッシュなピンク色のスマホの電源を入れると、懐かしいリンゴのマークが浮かんだ。



「え!? もしかしてiPhone……ですか?」

「そうじゃ、最新型じゃぞ、ええじゃろ」

 レヴィアはニヤッと笑う。

「え? 電波届くんですか?」

「ちっくら空間をつなげて電波を拾うんじゃ」

「女神様に連絡取るのにスマホってなんだか不思議ですね……」

「こういうローテクのガジェットというのは風情があって人気なのじゃ。それに正式な申請だとご本人まで届かんかもしれん……」

 なるほど、こういうお願いならスマホが一番かもしれない。



「さて、かけるかのう……。ふぅ……。緊張してきた……」

 ひどく緊張した様子のレヴィア。こんなレヴィアを見るのは初めてだった。

 レヴィアは大きく息をして、覚悟を決めるとスマホの『ヴィーナ様♡』をタップした――――。



「ご無沙汰しております~、レヴィアです。あ、はい……はい……。その節はどうもお世話になりまして……。はい。いや、そんな、滅相もございません。それで……ですね……。ちょっと、ヴィーナ様に一つお願いがございまして……。え? いや、そうではないです! はい! はい!」

 レヴィアの敬語なんて初めて聞いた。額には冷や汗が浮かんでいる。

「その辺りはご学友の瀬崎豊が説明すると申しておりまして……。はい、はい……」

 いきなり俺に押し付けられている!?

 聞いてないぞそんなこと……、俺まで緊張してきた。



「え? 猫? もう、猫でも何でも……」

 猫? 全く話が見えない。なぜ猫の話なんてしてるのか?

「では、今すぐ転送します。はい……、はい……。では、よろしくお願いいたします」

 電話を切ると、レヴィアはふぅ……と大きく息をはいた。

「と、言うことで、お主、ヴィーナ様に説明して来い」

 丸投げである。



「え? 『蜘蛛退治してくれ』って言えばいいですか?」

「バカもん! そのまま言うバカがおるか! 『文明文化発展の手がかりを得たが、その邪魔をする蜘蛛がいるので少し手助けして欲しい』って言うんじゃ!」

 レヴィアは顔を真っ赤にして怒る。

「わ、分りました」

「言い方間違うと、この星無くなるからな! 頼んだぞ!」

 そんな大役をなぜ押し付けるのか。



「じゃあ、レヴィア様ついてきてくださいよ!」

 俺はムッとして噛みつく。

「あ、いや、ここはご学友の交渉力に期待じゃ。我が行くとやぶ蛇になりそうじゃから……」

 なぜだか相当にビビっている。美奈先輩ってそんなに怖かったかなぁ……。

「分かりました、行ってきますよ」

「そうか? 悪いな、任せたぞ!」

 ホッとしてうれしそうに笑うレヴィア。



 俺は、弱ってチェアの背もたれにぐったりともたれかかっているドロシーの頬を撫で、言った。

「ちょっと行ってくるね、待っててね」

「あなた……、気を付けて……」

 うるんだ目で俺を見るドロシー……。透き通る肌は心なしか青白い。

 俺は胸が痛み、愛おしさが止まらなくなり、優しくキスをした。



「ユータ、時間がないぞ。ドロシーは(われ)が治しておくから、安心せい」

「ありがとうございます」

 俺はペコリと頭を下げた。

「では、転送じゃ」

 レヴィアはドアをガンと開けると、ログハウスの中に俺を引っ張っていった。



「なんじゃ、何もない部屋じゃな……。これで本当に新婚家庭か?」

 なんて失礼なドラゴンだろうか。

「これから二人で作っていくんです! で、何すればいいですか?」

「あー、では、ベッドに寝るのじゃ。意識飛ばすから」

 そう言って俺をベッドに座らせた。

「ありゃりゃ、シーツに血が残っとるぞ。キャハッ!」

 初夜の営みの跡が残ってしまっていた。

「み、見ないでください!」

 俺は急いで毛布で隠し、真っ赤になりながら横たわった。

「恥ずかしがらんでもええ。ちゃんと見ておったから。では頼んだぞ!」

 レヴィアは手を上げ、何か呪文をつぶやく。

「えっ!? 見て……」

 俺が抗議しようとした瞬間……、気を失った。











6-3. 宇宙最強の娘



 気が付くと、俺は燦燦(さんさん)と陽が当たるオシャレなメゾネットマンションにいた。窓の外を眺めると、なんとそこには東京タワーが建っている。

「東京タワー!?」

 思わず口にして驚いた、とても高い声だ。慌てて手を見るとそこには肉球……。

「なんだこりゃ!」

 急いで置いてあった手鏡をのぞいて驚いた。そこには猫がいた。それもぬいぐるみの……。

 俺が呆然(ぼうぜん)としていると、部屋に声が響いた。



(まこと)! また、ポカやったわね!」

 見ると、奥の会議テーブルで、懐かしい美奈先輩が険しい顔をして、()えないアラサーの男性をにらんでいた。

「いや、ちょっと、誤解だって!」

「何が誤解よ!」

 美奈先輩はティッシュ箱をガッとつかむと、そのまま男性をポカポカと殴った。

「痛い、痛い、やめてー!」

 頭を抱えてテーブルに突っ伏す男性。

 一体何をやっているのだろうか……。



 俺が唖然(あぜん)としていると、綺麗な水色の髪をした若い女性がピョンピョンと楽し気に近づいてきた。デニムのオーバーオールに清潔感のある白いシャツ、豊満な胸が伸び伸びと揺れている。もしかしてノーブラ……?

「あなたが豊さんね、僕はシアン、よろしくねっ!」

 そう言いながら、その美しい女性は俺を抱き上げ、胸に抱き、頬ずりをした。

「やっぱり人が入ってると柔らかいわぁ」

 彼女は無邪気に抱きしめるが、俺はいきなり柔らかな胸に抱かれ、焦る。なにしろノーブラなのだ。甘酸っぱい柔らかな匂いに包まれ、俺は理性が飛びそうである。

「ちょ、ちょっとすみません。刺激が強すぎるのですが……」

「あら、ゴメンね! きゃははは!」

 なんだか楽しそうに笑う。一体何者なんだろう。

「実は、美奈先輩に蜘蛛退治をお願いに来たんですが……」

「蜘蛛? そんなんだったら僕がエイッて退治してあげるよ。美奈おばちゃんはお取込み中で、対応を頼まれたのよ」

 シアンはにこやかに笑う。

「それが……、蜘蛛と言っても全長250キロメートルで、物理攻撃無効なんですが……」

「そのくらい何とでもなるわよ。じゃ、行きましょ」

 俺は驚かされた。250キロメートルの蜘蛛など大したことないと言い張る若い女性。本当に頼りになるのだろうか……。とは言え美奈先輩はまだ揉めているようなので、ちょっと話せる感じでもない。俺は彼女に頼む事にした。

「では、お願いします」

 シアンはうれしそうにニッコリと笑うと、指先をクルクルっと回し、

「それー! きゃははは!」

 と叫び、俺は意識を失った。



       ◇



 気が付くと、ログハウスの部屋だった。ドロシーとレヴィアはテーブルでコーヒーを飲んでいる。

「ハーイ! こんにちはぁ!」

 シアンが楽しげに挨拶をする。

「こ、これはシアン様!」

 レヴィアは席から飛び上がって頭を下げた。



「あ、レヴィア様ご存じなんですか?」

「ご存じも何も、全宇宙で最強のお方じゃぞ、シアン様は!」

「宇宙最強!?」

「シアン様が本気になれば、全宇宙は一瞬で消し飛ぶのじゃ」

 俺は言葉を失った。なんとも頼りない可愛い女の子が宇宙最強とはどういう事だろうか?

「一瞬じゃ無理だよ、ちょっと時間はかかっちゃうな。それに僕よりパパの方が強いよ。きゃははは!」

 屈託なく笑うシアン。宇宙を消せることを否定しない……。本当にできてしまうのだろう。

 笑って宇宙を消す話をするノーブラの女の子……想像を絶する規格外の存在に、俺は言いようのない不安を覚えた。



「それに、『シアン様』はやめて、『シアン』でいいんだから」

 ニコニコする宇宙最強の娘。

「そんな、呼び捨てなんてとんでもございません! で……、蜘蛛なんですが……」

 レヴィアがおずおずと言うと、シアンは、

「ハイハイ、パパッとやっちゃいましょ!」

 そう言って指先をクルクルと回した。

 あの途方もない巨大蜘蛛を一体どう処理するのか? 宇宙最強の娘の蜘蛛退治は安全なのか? 期待と不安の入り混じった気持ちのまま、俺は意識を失った。























6-4. 恐るべきこの世の終わり



 気が付くと、視界が真っ暗だった。



「えっ!?」



 そこは宇宙だった。そして、下の方には日本列島と朝鮮半島とそして巨大蜘蛛が見えた。

 なんと、九州の上空数百キロにみんな浮かんでいる。

「うわぁ!?」

 驚いていると、シアンがうれしそうに、

「ウヒャー! これはいい蜘蛛だねぇ! きゃははは!」

 と、笑った。何がどう『いい』のだろうか?

「焼き切るか……うーん、吸い取っちゃいますか!」

 そう言うと、シアンはすごくまじめな表情になり、両手を向かい合わせにして、

「は――――っ!」

 と、叫びながら気合を込め始めた。

 両手の間から激しい閃光がバシバシとほとばしり始める。



「うわぁ!」「きゃぁ!」

 あまりのまぶしさに腕で顔を覆って後ずさりする俺たち。



 一体何が始まるのだろうか?

 宇宙最強の称号を持つおかしな女の子の行動に一抹の不安を覚える。



 目を覆ってもまぶしいくらい輝いた後、いきなり暗くなった。

 何だろうとそーっと目を開けると、シアンが何やら黒い玉を持っていた。見ると玉の周りは空間がゆがんでいる……。

 いや違う、これは黒い玉なんかじゃない、光が吸い込まれて黒く見えているだけだった。

 光を吸い込む存在……そんな物、俺はあの凶悪な奴しか知らない。俺は背筋がゾッとした。



「そ、それは……もしかして……」

 俺が恐る恐る聞くと、

「ブラックホールだよ! きゃははは!」

 と、うれしそうに笑った。



 やっぱり……。

 宇宙で一番危険な存在が目の前に出現したのだ。俺はダラダラと冷や汗が湧いてきた。

 ブラックホールとは自分の重さが強すぎて自重でつぶれ、空間もゆがめて全てを飲み込む天体のことだ。仮想現実空間にそんな物が実装されているとは考えにくい。なぜそんな物を作れるのか? 



 俺が真っ青な顔で言葉を失っていると、シアンは、

「これを蜘蛛にぶつけたら解決さ!」

 そう言ってブラックホールを巨大蜘蛛に向かって投げた。



 全てを飲み込む宇宙最凶な存在を、蜘蛛退治のためになんて使っていいのだろうか……。俺はハラハラしながら、ブラックホールの行方を追った。



 ブラックホールは程なく蜘蛛に直撃し、蜘蛛は見る見るうちに吸い込まれていく。数百キロメートルもある壮大な巨体が、まるでスポンジのようにするすると吸い込まれていく様は、とても現実の光景には思えなかった。



「うわぁ……」「すごい……」

 初めて見るブラックホールの恐るべき力に、俺たちは戦慄した。



 やがて、蜘蛛は消え去り、後には綺麗な九州だけが残った。



「イッチョあがりー! きゃははは!」

 うれしそうに笑うシアン。



「おぉ!」「やったぁ!」

 歓喜の声を上げる俺たち。お手上げだった蜘蛛がいとも簡単に消えたのだ。その鮮やかな手腕に『宇宙最強』の意味が少し分かった気がした。



「後は回収して終了~!」

 シアンは手のひらをフニフニと動かし、ブラックホールを空間の裂け目へと誘導しているようだった。

 と、その時だった。

「ふぇっ……」

 シアンが変な声を出して止まった。

「ふぇ?」

 俺が不思議に思っていると、

「ヘーックショイ!」

 と、派手にくしゃみをした。

 と、その瞬間、ブラックホールははじけ飛び、あっという間に地上に落ちてしまった。



 そして……、地球を飲み込み始める。



「あ――――っ!」「ひぇ――――!」

 悲痛な叫び声が響く中、ブラックホールは熊本を吸い込み、九州を吸い込み、アジアを飲み込んでいく。まるで風船がしぼんでいくように地球そのものがどんどんと収縮しながら吸い込まれていく。その様はまさに恐るべきこの世の終わりだった。

 あっけない最悪の幕切れ……。俺は現実感が全く湧かず、まるでチープなSF映画を見てるかのようにただただ呆然(ぼうぜん)と立ち尽くした。





















6-5. 究極のバックアップ



「ありゃりゃ……」

 シアンは天を仰いで額に手を当てた。

 ブラックホールはどんどんと景気よく地球を吸い込み続け、程なく、全てのみ込み、真っ黒な宇宙空間が広がるだけになった。



 みんな言葉を失った。守るべき地球が全部なくなってしまった。街もみんなも全て消えてしまった。

「あ……あ……」「うわぁぁ……」

 俺もレヴィアもひざから崩れ落ちた。守るべき地球が一瞬で消えてしまった。あまりの事に言葉を失い、動けなくなった。

 地球があった場所にはただ満天の星々が広がるばかりだった。



 そ、そんな馬鹿なぁ……。

 宇宙最強と聞いた時の不安が的中してしまった。強すぎる者は往々にして雑なのだ。



 (ほう)けていると、シアンが言った。

「ゴメン、ゴメン、今すぐ戻すからさ」

「え?」

 意外な言葉に俺は驚かされた。

「戻すって……時間を戻せるんですか?」

「うん、いつのタイミングに戻そうか?」

 うれしそうに笑うシアン。

 俺は想像もしなかった提案に一瞬言葉を失った。

 時間を戻せる、それも好きな時間に戻せるという。どういうことなのだろうか……?

 とんでもなく規格外な話に混乱してしまう。さすが宇宙最強。

 戻してもらえるなら蜘蛛を吸い込んだ直後……。いや、蜘蛛が大きくなる前? いや、そもそもヌチ・ギが悪さをする前? でも、ヌチ・ギが復活されても困る……。どこがいいのか?



 悩んでいるとドロシーが言った。

「あのー……」

「何?」

 シアンはニコニコとしている。

「ヌチ・ギという悪い人がいてですね……」

 ドロシーが言いかけると、レヴィアは、

「な、何を言い出すんじゃ! そういうことは……」

 と、制止しようとする。しかし、シアンはにこやかな表情のまま、手のひらでレヴィアをさえぎった。

「続けて……」

 渋い顔をするレヴィア。

「ヌチ・ギはたくさんの女の子や私を(さら)ってもてあそび、ついには巨人化して兵士にしたんです。助けに来てくれた『アバドン』さんという魔人の行方も分かっていません。彼らを復活させ、でもヌチ・ギが復活しないようにして欲しいんです」

 ドロシーは両手を合わせ、真剣な目でシアンに頼み込む。

 シアンはうんうんとうなずき、楽しそうに、

「いいよ!」

 と、言うと、手を振り上げ、俺たちは意識を失った。



        ◇



 気が付くと、俺たちはたくさんの美しい女性が舞っているホールにいた。ヌチ・ギの屋敷に戻ってきたのだ。中央に俺と戦った巨人、戦乙女(ヴァルキュリ)がいるところを見ると、本当に時間が巻き戻っているようだ。



「あー! これはすごいねぇ! きゃははは!」

 シアンはたくさんの女性たちをキョロキョロと見回しながら笑った。



 想像を絶するシアンの能力に、俺は戦慄を覚えた。こんな事が出来てしまうなら何でもアリではないのだろうか? 必死に戦っていた俺たちの苦労は何だったんだろう……?



「シアンさんは時間を操れるんですか?」

 俺は恐る恐る聞いてみる。



「操るというか……、単にバックアップを復元しただけだよ」

 さらっとすごい事を言い出すシアン。

「バックアップ!?」

 俺が驚いていると。

「この星のデータは定期的にバックアップされてるのだ。僕はそれを復元(リストア)しただけ」

 そう言ってニッコリと笑う。

 しかし、バックアップといっても、あのジグラートの巨大なコンピューター群のすべてのデータのバックアップなんてどうやって取るのだろうか? 気の遠くなるような記憶容量、データ転送が必要なのではないだろうか? とても信じられないが……、目の前で実現されてしまうと認めざるを得ない。

 『宇宙最強』という言葉の意味が少し分かった気がした。