「あちらの世界へ行ってしばらくの間はとても楽しいと思います。人生をやり直せたような気持ちになり、前向きに生きられるでしょう。でも、ふとした瞬間ー…例えば、移住して数年が経ち、誰かと結ばれて家庭を持ったとしましょう。自分の両親のことを思い出しても、両親が今も元気で生きているのか、どんな生活をしているのか、知ることができないんですよ。もう二度と会えない。相手を気にするだけで何もできない。それがどれほど辛いことなのか、しっかり考えて決断をしてください」
鈴木さんの語りに気圧される。これほど真剣な鈴木さんを今まで見たことがなかった。
「衝動的に決断をするのは絶対に良くない。しっかり考えて、答えを出してください。今衝動的にした決断は、絶対に後から後悔と迷いをつれてきます。それは想像以上に苦しい。あの時に正した決断が正しかったのか、生きている限り、永遠に考え続けなければいけないのですから」
「……『会いに来る』って」
消えそうな声で放つ。こんな時にでも、それともこんな時だからだろうか。彼の優しい笑みが頭いっぱいに浮かぶ。大丈夫だよ、苦しい時は一緒にいるよ、そう言ってくれた、彼の笑顔が蘇る。
「『会いに来る』って言ってくれたんです。『絶対に会いに来るから』って……約束してくれたんです。私は彼がしてくれた約束を、どうしても信じたい」
せめて同じ世界にいたい。
本当は、『行かないで』と言いたかった。『そばにいて』と言いたかった。
それを言えなかったのは、そもそも私自身がその未来を叶えられるかどうかが不確かだったから。もし私があちらの世界へ残れなかった時、私の勝手で彼の人生を狂わせてしまう。だから叫びたかった言葉をグッと堪えた。
「彼と会えないことを、自分の”未来”にしたくないんです……」
胸が張り裂けそうなほど恋しい。
どうしても会いたい。会うのを諦めることなんてできない。
じわりと鈴木さんの顔が滲む。目の奥が熱い。
「……あちらの世界へ行くと決めた日から24年経った今でも、あの時の決断が正しかったのか、自信を持てずにいる人がいます」
鈴木さんはしゃがんで私と視線を合わせた。その目はとても深くて、私を説得しようとしているのではなく、聞いてほしいと懇願しているようだった。



