月曜日一限目のクラス時間では、月に一度の席替えが行われた。私は窓際の後ろから二番目に、友梨ちゃんは廊下側から二列目の前から三番目の席になった。ちなみに高橋くんは、私の席から見て友梨ちゃんの左隣になった。
「いいなあ、友梨ちゃん」
ポツリとつぶやいた時、「あ、”涼音ちゃん”……」と男子の声が頭上から降ってきた。
涼音ちゃん?
女友達以外に下の名前に呼ばれたことがなく、慌てて顔を上げると、
「……阿部くん?」
「おう、あ、てかごめん、俺たち話すの初めてだよな」
阿部くんは私の前の席に座った。
「席、私の前ですか?」
「そうだよ」
敬語じゃなくていいよ、という言葉に、初めて友梨ちゃんと話した時のことを思い出した。
「下の名前で呼んで悪かった。いつも石川が『涼音ちゃん、涼音ちゃん』って呼ぶから、つい」
一瞬、”石川”が誰のことを指しているのかわからなかった。
数秒経って、友梨ちゃんの名字だったことに気づく。
「今更で申し訳ないんだけど、名字って泉本で合ってるよな?」
「合ってるよ」
「よかった。本当に悪いな、元から人の名前覚えるのが得意じゃない上に、『涼音ちゃん』呼びしか聞いていないからさ、不安になった」
「友梨ちゃん、私のこと阿部くんに話しているんだ?」
「話してるよ。クレープ食べに行ったとか、公園で1時間以上も話してたとか。前まで奈々の名前をよく聞いていたのに、今じゃ泉本がダントツで登場してる」
「……なんだかそれ、嬉しいかも」
「そうかあ?」
阿部くんは「どうしてだよ」と笑ったけれど、私は無性に嬉しかった。自分の好きな友達と沢山の時間を一緒に過ごしていて、そして彼女の生活の一部に、自分が居るということが。
「すーずねちゃんっ」
二限目が終わり教科書を机の中に片付けていると、両肩にポンと手が乗った。
「いいなあ、この席。窓際の後ろとか最高じゃん」
「それに阿部くんの後ろだし?」
ニヤリと笑いながら振り向くと、友梨ちゃんはほんのりと頬を染めた。
「そんなこと言ってないし?」
「そっかそっか」
「あー、絶対に信じてないな?」
友梨ちゃんは、一時的に空席になっている左隣に座ると「でも涼音ちゃんもちょっとだけ私の席羨ましいんじゃない?」と面白そうに尋ねる。
「……『そんなことない』って言えないのが、なんだか悔しいね」
「素直なんだか、素直じゃないんだか」
彼女の明るい笑い声が耳に届いて、つられて私も笑ってしまう。
「そういえば友梨ちゃん、早速高橋くんと話してたね?」
「そうそう……ってめちゃくちゃ気になってるじゃん」
「たまたま視界に入っただけだもん」
「そっかそっか」
友梨ちゃんは、さっき私が彼女に放ったように、”全く信じていません”といった様子で返す。
「そうだ。そういえば涼音ちゃん、あ、」
友梨ちゃんはそこまで話すと「やっぱりなんでもない」と両手で口を押さえた。
「何?」
「なんでもないよ?」
「そんな意味深なところで切られると、すごく気になるよ?」
「だって……高橋くんに『内緒にして』って言われたんだもん」
「高橋くんに? 余計に気になるんですけど……!?」
ジトッと見つめると、友梨ちゃんは「わかったわかった」と両手をあげた。
「高橋くん、先週体調不良で学校休んでいたでしょ。涼音ちゃんが高橋くんと仲良くしていることを知っていたし、ちょっと話してみたいと思って、挨拶がてら『もう体調は大丈夫?』って聞いたの。そしたら『泉本さんがお見舞いに来てくれたおかげですっかり元気になった』って。『涼音ちゃんに会えて嬉しかったんだな~』って思っていたんだけどね、その時高橋くんが一枚の写真を見せて送ってくれたの……涼音ちゃんが、高橋くんのために作り置き?しておいたご飯」
は、恥ずかしい……。
顔に一気に熱が集まったのがわかった。きっと今耳まで真っ赤になっているだろう。
「高橋くんにね『写真撮ったのバレたら恥ずかしいから絶対言わないで』って言われてたんだけど、言っちゃった。高橋くん、すごく喜んでたよ。『本当に美味しかった』って」
嬉しい。
嬉しいけれども。
それ以上になんだかとても恥ずかしい。
「そっか」しか言えずにいると、「泉本、すげえんだな」と聞こえてきたものだから、私たちは勢いよく顔を前に向けた。
「病人に飯作れるってすごくね?」
阿部くんは身体を横に向ける。
「あ、これが、その高橋に作った飯?」
私の机の上に置かれていた友梨ちゃんのスマートフォンを指差す。
「……そう。見た目、微妙でしょ」
よく見たらだし巻き卵は、左の端が破けている。もっと早くに気づきたかった。そしたら作り直せたのにな。どうか彼が気づいていませんように、と願うけれど、この角度から写真を撮ったのなら気づいてしまっているだろう。
「そうか? 普通にすごいと思うけど。俺、石川に料理作ってもらったことないし」
「え!?!?」
いきなりの暴露(というほどのことでもないけれど、友梨ちゃんの反応はそんな感じだった)に、友梨ちゃんは「だって!」と私と阿部くんを順番にキョロキョロ見た。
「作る機会なかったじゃん!?」
「へえ、石川も料理できるんだ?」
「……ま、まあ、それなりに!?」
「じゃあ今度遊びに行く時、作ってきてよ。俺、石川のお弁当とか食べてみたい」
それだけ言い残すと、阿部くんは私たちの会話から消えて、お昼寝の続きに入った。
「……涼音ちゃん」
友梨ちゃんはグッと私に近づくと「今日か明日の放課後、空いていない?」と耳元で尋ねた。
「どっちも空いているよ」
私の答えに、友梨ちゃんは、眉間を寄せて、両手を合わせて拝む仕草を見せる。
「私でよければ」
小声で答えると、友梨ちゃんは安心したように笑みを浮かべ、ゆっくりと、そして深々と頭を下げた。



