きみがいる、この世界で。

翌日、退学届を提出するために学校を訪れた。中学生の時から4年少し通ったこの校舎とも、今日でお別れだ。少しだけじわじわと込み上げてきた寂しさを感じながら、学校名が書かれた大きな門をくぐる。今日から夏休みに入ったからか、校舎内では生徒とほとんどすれ違わなかった。

職員室に入ると、先生も数が少なかった。先生も夏休みなのかな、と思ったけれど、この時期には塾に通っている子たちを除いてほぼ全員が参加する、任意参加の補習が行われていることを思い出した。生徒とすれ違わなかったのも、みんな補習に参加しているからかもしれない。

担任の上条先生は授業をしておらず、難しい顔でパソコンとむきあっていた。

「先生」

「お、泉本か」

先生は「待ってたぞ」と言いながら、近くにある丸い簡易的な椅子を私の元へ持ってきてくれた。

「これ、よろしくお願いします」

数日前、先生が自宅に送ってくれた退学届をクリアファイルから取り出す。先生は「ん」と頷き、記入漏れがないか上から順番に確認した。

その間、暇を持て余すようにぐるりと職員室を眺めると、熱心に教えてくれた英語の先生と目があった。「元気だった?」と聞いてくれた先生に「はい」と手短に答えると、「新しい学校でも頑張ってね」と笑顔で励ましの言葉をくれた。その先生は生まれた頃から成人するまでアメリカに住んでいたらしく、授業ではネイティブが使う言い回しやアメリカでの生活をよく教えてくれた。先生の授業は毎回面白くて、もう受けられないのが残念だった。

「よし、大丈夫。確かに受け取りました」

先生は机の中に私の退学届をしまう代わりに、一枚の紙を取り出した。手のひらサイズのその紙には、学校名と先生の名前、メールアドレス、電話番号が印字されていた。先生は紙を裏返すように促す。裏面には、手書きで電話番号が記載されていた。

「これ、プライベートの連絡先。新しい学校で何か困ったことがあったら、いつでも連絡してくれていいから」

「ありがとうございます」

上条先生は、勉学に関することは熱心だったけれど、それ以外のことはドライだった。授業態度や成績については細かく指導する一方、行事や授業を除く生活態度には他の先生ほど口出しをしなかった。だから、私のためにわざわざ連絡先をくれるのは意外だった。