きみがいる、この世界で。


「……そうだったのね」

お母さんは暫しの沈黙の後、「涼音はどうしたい?」と私に問いかけた。精一杯の優しさを含んだ声で。

「今のまま学校行き続けるのは辛いでしょう。しばらく学校お休みする? それとも転校する? 涼音はどうしたい?」

「……学校、行かなくてもいいの?」

「うん」

お母さんはこの場にはふさわしくないほど明るく頷くと「お母さんもね、昔、同じような思いをしたことがあったのよ」と教えてくれた。

「ほら、お母さん、ちょっと顔立ちが西洋人っぽいでしょ。それで虐められていたことがあったのよ。『外国人』って」

お母さんは昔の自分の話をしてくれた。お母さんの話によると、今だからこそ”ハーフ”や”外国人風”は良い意味で使われることが多いけれど、昔は差別的なニュアンスを含んで使われることがあったらしい。

「その時、おばあちゃんに相談したの?」

「ううん、できなかった」

お母さんは、そばにあったタオルで私の頬に流れ落ちた涙を拭ってくれた。

「容姿のことだからね。虐められている原因が容姿だと知ったら、おばあちゃんもおじいちゃんも自分達を責めるんじゃないかって気になって、相談できなかった。でもね、だからこそ、もし子どもが生まれて、同じように学校に行くのが辛いと感じた時は、絶対に受け止めようと決めていたのよ」

「知らなかった、そんな話……」

「そうね。話したことなかったもん」

お母さんは「お父さんにも話したことはないのよ」と付け加えると、「涼音」と底なしの包容力を持った声で私の名前を呼んだ。

「もう頑張らなくていい。あなたはね、誰に似たのかわからないぐらい、幼い時から頑張りすぎる癖がある。もう十分頑張った。だからね、もう頑張らなくていいの」

喉の奥が熱くなる。堪えるように上を向いたのに、私の意とは反して、大粒の涙がこぼれ出た。

「もちろん頑張ることは大切よ。でもね、自分なりに『いっぱい頑張った』と思って、それでも辛かったら、その環境からは逃げなさい。親はね、子どもが幸せでいてくれたらなんでもいいのよ」

親友だと思っていた人たちから距離を取られ、自分はずっと一人だと思っていた。でも、それは自分の思い込みだった。私のそばにはお母さんとお父さんがいてくれて、見守ってくれていた。自分の様子がおかしいことに気づいてくれていた。自分が気づかないだけで、ずっと大切に思ってもらっていた。一人じゃなかった。

「お母さん、ごめんなさい……」

こんなにも大切に育ててもらったのに、私は両親のことを考えず、全てを投げ出してこの世界を捨てようとした。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「もう、何を謝っているの?」

お母さんは普段通りケラケラと笑う。

高橋くんに会いたい。そばにいてほしい。
その気持ちに嘘はない。

しかし、だからと言って、こんなにも自分を愛してくれている両親を置いてあちらの世界へ行くのはあまりにも薄情すぎるんじゃないか。

謝り続ける私のそばで、お母さんは「ほら、泣き止んで」と私の背中をさする。私は泣きながら残りのアイスティーを飲み干して、そのまま疲れてソファで眠ってしまった。

次に目覚めた時、食卓の上には私の一番の大好物の唐揚げとポテトフライが並んでいて、お父さんの帰りを待ちながらお母さんと一緒に「たまにはいいよね」と言いながらつまみ食いをした。しばらくしてお父さんが帰宅し、冗談を言いながら食卓を囲む。それからお風呂に入り、早めにベッドに入った。一ヶ月ぶりの自分のベッドはすごく快適で、深く眠った。