「えっと……」

 どうしよう。

 冷や汗が出る。

 違うんだ。

 私は今、修ちゃんのことに向き合いたくて。

 修ちゃんのことと自分のことに精いっぱいで。

 蓮くんと付き合うとか付き合わないとか、とても考えられない。

 修ちゃんが亡くなってからの一年間、修ちゃんのことをたくさん考えてきた。そして修ちゃんのところへ行こうと結論付けて、でも蓮くんと出会って、もう一度、今度こそ、考えようと思っているのが今なんだ。

 でも……。

 そんなこと、言えない。

 私が事故に遭わせてしまった幼馴染のことが気になって、今は恋愛のことを考えられないから、なんて……言えない。

 左隣から、蓮くんが私をじっと見つめている視線を感じる。

 きっと、私が横を向いて蓮くんと目を合わせたら、助け舟を出してくれる。

 すぐに蓮くんが変わって、話をしてくれる。ごまかすように、うその話を。

 でも……。

 それで、いいの?

 私……ずっと蓮くんに助けられてばかりで。

 ずっと、修ちゃんのことを隠し続けて。

 長谷くんはともかく、井上さんはこんな私と仲よくなろうとしてくれてるのに。秘密に秘密を塗りたくって、全部をごまかして、蓮くんに全部頼って……。

 それで、いいの……?

 ぎゅっと目をつむって、とにかく何かを言葉にしようと覚悟する。

 その瞬間、蓮くんが話し出した。

「芽依ちゃんは……」

「あのさ」

 蓮くんの言葉が、さらに遮られる。

 声を発したのは、長谷くんだった。

 その声の大きさに、今度は長谷くんの方に三人の視線が集まる。

 私の正面に座っている長谷くんは、背もたれに寄りかかったまま、ぽつりと呟いた。

「……相澤って、なんでそうなの」

 鋭い視線が、私を捉えていた。

「煮え切らないっていうか、言いたいことを言わないっていうか。いつもびくびくしてて、なんつーか、壁があるよな」

「……ちょっと。そんなことないよー。私、相澤さんと最近お昼食べることあるけど、ちゃんと喋ってくれるもん。優馬はお昼いつも部室行ってるから知らないだろうけど!」

 井上さんがフォローしてくれる。

 どうしたらいいのかわからなくて、視線が井上さんと長谷くんの間をうろうろとしてしまう。

「まぁ、昼休みの様子は知らないけど。他の時間の話、だよ」

 井上さんの言い分を交わすと、長谷くんは私の方に顔を戻した。

「相澤さ。中学のときはそんなんじゃなかっただろ」

 ——中学。

 思わず、びくりと体が震えた。

「クラスメイトとも話してた。目立つタイプじゃなかったけどさ、暗いってわけでもなかった。普段話さない人ともそれなりに話せてたし。今みたいに、言葉が出てこないことはなかっただろ」

 一瞬、しん、と空気が静まり返った。

 どくどくと、自分の心臓の音が鳴るのが聞こえる。テーブルの下で強く握った手のひらが、じんわりと湿っていくのを感じた。

 長谷くんは私と同じ、中学から高校へとエスカレーターで上がってきた生徒だ。

 だから、私の中学の頃のことも多少は知っている。一方で、井上さんと蓮くんは高校から編入してきた生徒だから、中学の頃の私を知らない。

 だから、口を挟む余地がない。

「よくは知らないけど、相澤が変わったのって高校に上がった頃からだろ。誰とも話さなくなって、むしろ、話しかけると嫌がるようになった。今もなんか変だよな。前も大人しい方だったけど、今はそのレベルじゃないっていうか」

 ——言わないで。

 修ちゃんの笑顔が、頭に浮かぶ。全校生徒が体育館に集められて、修ちゃんの死を告げられた瞬間の絶望感を思い出す。

 体が震えて、止まらない。

 お願い。

 もう言わないで。

 それ以上は、もう……。

「……ずっと、思ってたんだけどさ。……もしかして、相澤って……」

 その瞬間、バン、とテーブルに両手をついて、井上さんが立ち上がった。

「ゆ……!」

「長谷くん」

 先に止めたのは、蓮くんだった。

 蓮くんの方を見ると、たぶん真っ青な顔をしているであろう私とは対照的な、いつもの、穏やかで優しい微笑みを浮かべていた。

「誰にでも、隠しておきたいこととか、言えない気持ちはあるよ」

 時が止まる。

 静寂に包まれた私たちの空間を、ガヤガヤとした店内の喧騒が割り込んでくる。私たち、今お店の中にいたんだ。その賑やかさを唐突に思い出して、ふと我に返る。

 でも、仕切りで隔てられている向こうとこちらでは、まるで違う世界みたいだった。

 みんな楽しく食事をしているのに。私たちはいったい、何をしているんだろう。

 ……いや。

 私、は、何をしているんだろう……。

「いや、俺は別に……」

 長谷くんが、手を振って何かを言い返そうとする。

 でも、私はもう限界だった。

「……ごめんなさい!」

 そう言うと、立ち上がって頭を下げた。

「わ、私が優柔不断だから……。うまく喋れないだけなの。ごめんね。せっかく親睦会開いてくれたのに……。今日は、本当に楽しかった。三人の話が聞けて、うれしかった。本当に……ありがとう」

 そう言い残すと、体が勝手に鞄を取って駆け出していた。

 ハンバーガーを持って歩いてくる人たちをすり抜け、一目散に入り口へと向かう。もうここにいることはできないと、心が叫んでいた。

「芽依ちゃん!」

 後ろから蓮くんの声が聞こえたけれど、振り返ることなく私は店を出た。