「……幸せになる、かなぁ」

 その呟きは、辺りにシャトルを打ち鳴らす音が響く中、妙に鮮明に聞こえた。

「私のせいで、誰かが死ぬようなことがあったらね。そしたら私は、その人の分までシャカリキに生きて、ハッピーに生きるかな。それで私もいつか死んだらね、その、殺しちゃった人のところへ菓子折り持って会いに行くの。あの時はごめんねーって」

 言い終えると、こちらを向いてにっと笑った。つい、そのあけっぴろげな笑顔を見つめる。

 ……その人の分まで、ハッピーに。

 死んだら菓子折り持って、その人のところへ……。

 井上さんの言葉を反芻する。でも、なんだかうまく意味が飲み込めなかった。

 それで、いいの?

 そんな、軽い感じでいいの?

 自分で聞いたくせにリアクションのない私に、井上さんは何も言わず、またみんなの練習風景を眺め始める。私もつられて、静かに前を向いた。

 私の中にはない答えだった。〝その人の分までハッピーに生きる〟——少なくとも、すべてから逃げ出して死のうとしていた私には。

 ただ、あっけらかんとしている彼女を見ていると、それもひとつの答えなのかと思えてくる。

 幸せに生きる、か……。

 その時、どこからかシャトルが飛んできて、私たちの目の前にぽとりと落ちた。

 それを追って走ってきたのは、私たちの向かいでまじめに練習していた男の子。大柄だから、手に持つラケットが随分と小さく見える。

 長谷、優馬くん。

 井上さんが彼のシャトルを拾って差し出すと、長谷くんは悪りぃ、と言って受け取った。

「危なぁーい。野球部のくせにノーコンだね。当たって死ぬとこだったわ」

「なわけねーだろ。大げさだな」

 二人が軽口を言い合う。私は存在感を消すように、下を見つめて黙っていた。

 修ちゃんが亡くなってからは友達を作ることを避けている私だけれど、女子はともかく、男子生徒は根っから苦手だった。

 特に、長谷くんは苦手な部類だ。体が大きくて話し方も少しぶっきらぼうだから、見ただけで萎縮してしまう。長谷くんも長谷くんで、男の子とは話しても女の子には自分から話しかけたりしない硬派なタイプだから、私たちは事務的な会話ですらほとんどしたことがなかった。

 でも、こうして黙っていればすぐ練習に戻るだろうから大丈夫。

 そう思っていると、井上さんが彼を引き止めた。

「ねぇ、優馬だったらどーする?」

 長谷くんが、戻ろうとしていた足を止める。

「は?」

「優馬は、このシャトルが私に当たって死んだらどーする?」

 え、……それ。

 私の話だ。

 焦って井上さんの顔を見返したけれど、井上さんは私の慌てている様子に気づいていないようだった。

「はぁ? 知らねーよ。勝手に死んでろ」

「こらー、ちゃんと答えて! 相澤さんの相談なんだから」

「相澤?」

 話を振られて、血の気が引いた。

 睨んでるわけじゃないのに鋭い、ナイフみたいな長谷くんの視線。

 背中に嫌な汗が落ちる。今すぐこの場から逃げ出したい気持ちになった。

「大切な人が、自分のせいで死んだらどうするか、だって」

 長谷くんが、じっと私を見つめる。

 苦しい。亀のように、首が縮こまっていく。

 井上さんも、長谷くんにまで聞くことないのに。

 どう考えたって、私が長谷くんに物事を相談するなんてありえないのに。

「こらそこ、遊んでないで続ける!」

 遠くから先生の声が飛んできて、慌てて立ち上がった。

 長谷くんも、何か言いたそうな顔をしながらものそのそと戻っていく。その様子に安堵しながら、私はシャトルを拾ってすぐに練習を再開した。

「なんなの? この質問」

 井上さんはまだ気になるらしく、打ち返しながら聞いてくる。

 でも、私は話を終わらせたくてはぐらかした。

「あ、ううん……なんでもないの。ごめんね」

「ふーん。相澤さんって、おもしろいね」

 全然おもしろいことなんてない。

 なのに、井上さんはなにかツボにハマったらしく、くすくすと笑っている。私はシャトルを追うので精いっぱいだけど、井上さんはずっと笑い続けていた。

 私が必死に打ち返すと、井上さんは不意に、飛んできたシャトルを左手でキャッチした。

「ねぇ、相澤さん。今度さ、一緒にお昼食べない?」