「きゃははは! 少年! ご苦労!」

 声の方向を見上げると、シアンが青い髪から水をポタポタと滴らせながら笑っていた。

「あ、ありがとうございます」

 和真は宇宙最強の評議会幹部がなぜ毎度こんな登場をするのか理解できず、呆然としながら答えた。



「シ、シアン様!」

 レヴィアが飛び出してくる。

「おぅ、ギリギリだったねぇ」

「三日は無理ゲーですよ、ホント勘弁してください」

 レヴィアはうなだれながら言う。

「まぁ、結果オーライ! さぁ、飲むぞ!」

 シアンはウキウキしながら言った。

「エールしか……ないんですが……?」

 ユータは引きつった笑顔で答える。

「アルコール入ってりゃなんでもいいよ!」

 そういうと、シアンは水をポタポタたらしながらツーっと飛んだ。

「ちょ、ちょっと! 乾かしてから!」

 レヴィアが注意すると、

「うるさいなぁ、もぅ!」

 と、言って、犬みたいにブルブルブルっと体を震わせて水滴を吹き飛ばした。

「うひゃぁ!」「ひぃ!」

 いきなり降り注ぐ水しぶきにみんな顔をそむけた。



       ◇



 飲み会はさらにヒートアップしていく。

 シアンはエールのジョッキを一気すると、レヴィアをつついて言った。

「レヴィちゃんが部下を増やすなんて珍しいね。あー、あれか、初恋の彼に似てるからか」

「は、初恋!? な、何ですかそれ?」

 レヴィアはキョドりながらとぼける。

「ほら、ラブレターの!」

「ラブレターなんて書いたことないですが?」

 すると、シアンはガタっと立ち上がり、何かをそらんじ始めた。

「拝啓。新緑の美しい季節となってきました。いかがお過ごしでしょうか? 先日、私があなたに……」

 ブフッ!

 レヴィアはエールを吹きだし、慌ててシアンの口をふさぐ。

「手紙を勝手に読むのは犯罪です!」

 真っ赤になって怒るレヴィア。

「ごめんごめん、声に出して読みたい名文だったからつい」

「つい、じゃ、ありません!」

 すると、シアンは後ろの方からエールの樽を持ってきて、

「じゃあ、バツとして一気します!」

 と、嬉しそうにエールの樽をのふたをこぶしでパカンと割った。

 そしてひょいと持ち上げると傾け、樽のまま美味しそうに飲み始めた。

「よっ! 大統領!」

 ユータは楽しそうに煽った。

「んもー! バツになっとらんわい!」

 レヴィアも樽を手に取ると、負けずに一気し始める。

「よっ! ドラゴン! 待ってました!」

 ユータはパチパチと手を叩きながら盛り上げる。



 やがてシアンは樽を飲み干し、レヴィアは途中で目を回して倒れ込んだ。

「あぁ、レヴィア様ぁ」

 和真は心配そうに駆け寄ったが、

「か――――! エールは美味いのう!」

 と、レヴィアは幸せそうに笑った。



       ◇



 宴会は笑いが絶えず、大盛り上がりだった。

 満月が高く上り、疲れが出てきた和真があくびをしていると、ドロシーがニッコリしながら声をかけてきた。

「お布団用意しましたよ。休んでくださいね」

「え!? そんな、申し訳ないです」

「いいのいいの、お客さん来るなんて久しぶりでみんな嬉しいのよ」

 ドロシーは優しく微笑んだ。

「ありがとうございます」

 確かに道もないこんな山奥ではご近所づきあいもないだろうし、寂しいところはあるのかもしれない。

 するとタニアがテコテコと歩いてきて、

「タニア! にゃんこと寝ゆ!」

 と、叫びながらミィを捕まえた。

「えっ!?」

 うつらうつらしていたミィはあっさり捕まって、

「うにゃぁ!」

 と、手足をバタバタさせながらタニアに回収されていった。



       ◇



 赤じゅうたんの上で和真が叫んだ。

「見つけたぞ! ゲルツ! パパの仇だ!」

「小僧、性懲(しょうこ)りもなく……。返り討ちにしてやる!」

 ゲルツはそう言うと無数の妖魔を放った。紫色の瘴気を放ちながら飛びかかってくるコウモリの妖魔たち。

 和真は腕を青白く光らせると、研修で練習していた技で妖魔たちに衝撃波を浴びせ、一掃する。そして、一気にゲルツとの距離を詰めた。

 が、ゲルツはいつの間にか一人の男性を人質に取っている。

「えっ!?」

 なんと、それはパパだった。

 後ろ手に縛られたパパを盾のようにしてゲルツはにやける。

「どうした? ご自慢の衝撃波を撃ってみろ」

 グゥ……。

 和真は青白く光らせた腕を持て余し、凍り付く。

「和真! 逃げろ! ぐはぁ!」

 パパがいきなり真紅の血を吐いた。

 ぐぉぉぉ……。

 ゲルツが後ろから剣でパパを刺したのだ。

「パ、パパ――――!」

 和真はガバッと起き上がる。

 ハァハァと荒い息をしながら周りを見回すと、そこは布団の上、薄暗い寝室がただ静かに広がっているだけだった。

 レースのカーテンには満月の光が差し、ほのかにタニアとミィの寝顔を照らしている。

 和真は大きく息をつく。

「ふぅ……。夢か……」

 パパの吐いた血の鮮やかな赤色を思い出しながら首を振った。



















27. チートな刃文



 静かに部屋を抜け出し、階段を下りていくと応接間からは大きないびきが聞こえる。

 そっとドアを開けるとレヴィアとユータがひっくり返って大いびきをかいていた。

 そして、テーブルではシアンが空中に画面を開き、何かをつらつらと見ながらジョッキを傾けている。

「どした? 悪い夢でも見た?」

 シアンは視線を画面に向けたまま聞いてくる。

「ゲルツと戦う夢を見てしまいまして……」

「ははは、勝てたかい?」

 シアンは嬉しそうに和真を見た。

 和真は首を振り、

「前回は全く歯が立ちませんでしたから……。シアン様は宇宙最強なんですよね? 勝ち方を教えてもらえませんか?」

 シアンはうんうんとうなずくと言った。

「情報の世界の勝負は想いが強い方が勝つんだ。もっと想いを燃やして」

「想い……ですか?」

「そう、想い。人間の一番大切なものだよ」

 そう言ってシアンはジョッキを傾けた。

「奴はパパの仇です。想いは誰にも負けません!」

「うんうん、でもテロリストはテロリストなりに歪んだ(くら)い想いがあるんだよね。それはそれで強烈だ。それを打ち払うくらいの想いがないとね」

「えっ……」

 和真は言葉に詰まる。確かに狂気じみた彼らの執念は常軌を逸している。それを凌駕(りょうが)しているかと言われると、どうなのだろうか?

「そんな少年にちょっとチートなプレゼント!」

 シアンはそう言うと空中に裂いた空間の切れ目から一振りの日本刀を取り出す。ギラリと光を放つ刀身には美しい刃文(はもん)が踊り、それは人の命を確実に奪おうとする狂気を宿していた。人を殺す武器として究極に想いを込めて造られた姿、その恐るべき造形に思わず和真はゾクッと背筋に冷たいものを感じていた。

「これは【五光景長】。普段は何も切れないなまくらなんだ」

 と、シアンは五光景長の刃でテーブルをガンガンと無造作に叩いた。

「でもね、想いを込めると……」

 シアンはそう言いながら気を込めると、刀身に電子回路のような直線と丸の青い幾何学模様がブワッと浮かび上がる。そして、青白く輝くと、ギュゥーンと静かに鳴いた。それはまるで前衛芸術のエッジの効いたアートのように、いまだかつて見たことのない質感を持ってシアンの情念を花開かせた。

 シアンはそれを満足そうに眺めると、いきなり振り返って窓の方に向かってブンと振る。

 放たれる青白い光。パン! と音を立てて窓ガラスが真っ二つに切り裂かれる。

「はぁ!?」

 和真が驚いていると、

「いや、まだだよ」

 と、ニヤッと笑うシアン。

「え?」

 怪訝そうな顔で窓の外を見た時だった。

 月明かりに浮かび上がっていた富士山に閃光が走り大爆発を起こす。

 先ほどシアンによって大きくえぐられていた富士山の山頂部は、完全に崩壊し、まるで噴火で吹き飛んだように無くなってしまっていた。

「ね、想いってすごいでしょ?」

 ニコニコするシアンに和真は言葉を失う。

「これに斬れない物はないよ。チートだからね。ま、明日にでもちょっと練習してみな」

 そう言ってシアンは五光景長を和真に渡す。

 そのずっしりとした鉄の重み、まだ熱を持った刀身に戸惑いながら和真は頭を下げた。



     ◇



 翌朝――――。

 階段を下りてくると、レヴィアはむくんだ顔をしてお茶をすすっていた。

「おはようございます」

「うっす、おはよう……」

「あれ? 皆さんは?」

「ユータは仕事じゃ。タニアたちはミィと散歩に行ったぞ」

「寝すぎちゃいましたか……」

「疲れとるんじゃろう。寝ることはいい事じゃ」

 レヴィアはそう言うと、ふわぁとあくびをした。



「あの……」

「何じゃ?」

「ゲルツとの決戦に向けて稽古をつけてほしいんですが……」

「稽古? たった数日の稽古で強さなんか変わらんよ」

 レヴィアはあきれた顔で首を振る。

「実はシアン様にこれをもらいまして……」

 和真は五光景長を取り出すとレヴィアに見せた。

「ほぅ、綺麗な刃文じゃな……んむむ? こりゃ、刃がついとらん、ただの鉄の棒じゃないか」

「あ、いや、これ、すごいんですよ。富士山も吹き飛ばしたんです」

「はぁ? なぜ刀で富士山が吹き飛ぶんじゃ?」

「いや、シアン様がこうやってブンと振ったら窓が真っ二つに切れて、富士山が……あれ?」

 窓ガラスには切れ目もなく、富士山は綺麗な紡錘(ぼうすい)形に戻っていた。

「え? なんで……?」

「寝ぼけとったんじゃないんか?」

「いやそんなことないですよ! シアン様が富士山吹き飛ばしたんですって!」

「あの方は規格外じゃからな。ただの鉄の棒でも星くらい吹き飛ばすじゃろうて」

 レヴィアはそう言ってもう一度大あくびをした。

「いや、こうやって想いを込めれば……」

 和真は五光景長に思いっきり気合を込めた……が、何も起こらなかった。

「あれ? おかしいな……、うーん」

 和真は顔を真っ赤にして全力を出したが、何も変わらない。

「そんなのいいからツールの使い方をおさらいしとけ。お主にそんな高度な戦闘など求めとらん」

 レヴィアはズズっとお茶をすすった。



















28. 人類のサイクル



 それから数日、一行はユータの家にお世話になりながら決戦の準備を進めた。

 ゲルツが潜伏しているのは特殊な仮想現実エリア。きっと罠だらけだし、手下もいるだろうから、それらを効率的に無力化しながら一気にアジトに乗り込んで捕縛する計画を立てる。

 最初にエリア一帯のスキル機能を無効化し、自分たちは物理攻撃無効で突入するので、レヴィアは『危険はない簡単なお仕事じゃ』と笑っていたが、和真には何かが引っ掛かっていた。テロリストだってバカじゃないのだ。そんなに簡単に行くものだろうか?



      ◇



 決戦を翌朝に控え、夕暮れのきれいな空の下で和真は五光景長を素振りしていた。

 シアンがやった時のことを思い出しながら、いろいろなやり方で振り回してみるが、一向に特殊効果はかからなかった。

「おぉ、精が出るな」

 仕事から戻ってきたユータが声をかける。

「あ、ユータさん。お世話になってます」

「それは何を振ってるんだい?」

 和真は五光景長をユータに渡して経緯を説明した。

「どれどれ」

 そう言うと、ユータは見事な剣さばきで植木の枝をパシッと叩いたが、刃のない刀である。枝が折れただけでとても有効な武器には見えなかった。

「うーん、これで富士山吹っ飛ばしたって? あの人のやることはよくわからんなぁ」

「なんかこう、握っただけで青く光ったんです」

「光った……? うーん……」

 ユータは刀身を持って目をつぶり、しばらく何かを考えたが、

「解析したけどただの鉄だなぁ。鉄が光るとしたらもうそれはこの世界の物じゃないってことだけど……、分からん」

 ユータは首を振りながら刀を返した。

「シアン様ってどういう方なんですか?」

「この宇宙をつかさどるグランドリーダーが、五年前に開発したAIって聞いたけど、俺もよく知らんなぁ」

「五歳のAI!?」

 和真はあっけにとられた。

 人でもないし、自分より年下、それで宇宙最強なのだ。あまりに滅茶苦茶すぎて言葉が続かない。

 ただ、彼女の子供っぽい無邪気な行動の理由が分かった気がした。何しろまだ幼稚園児なのだ。

「まぁ、彼女には逆らわない方がいいぞ。彼女に滅ぼされた星は無数にあるんだから」

「滅ぼすんですか!?」

「文化文明が発展しそうになく、改善の見込みがなければバッサリと切られるんだ」

 ユータは肩をすくめる。

「発展させちゃえばいいじゃないですか」

「僕らは口出ししちゃダメなんだよ」

「え?」

「オリジナルな文化文明を発達させること、それが目的なので、住民自らが道を探す以外ないんだ」

「オリジナル……。それは日本も同じ……ですか?」

「そうだね。君の地球も見守られながら文化文明が発達してきたんだ」

「これからも?」

「もちろん、でも……、日本はもうゴールだな」

「ゴール……?」

「どの星もそうなんだけど、文化文明が発達しつくすと、最後はAIが出てくるんだ」

「人工知能?」

「そう、そして、優秀な人工知能を作ることができたら、それが次のもっと優秀な人工知能を作り始める」

「それって、無限に発達しませんか?」

「そう、最終的には新たな星をシミュレーションできるくらいになるね」

「仮想現実の中で作った仮想現実……ってことですか? そんなのアリですか?」

「ははは、すでにここはそういうマトリョーシカみたいな仮想現実空間の重なりのかなり奥まったところだよ。何しろ宇宙ができて138億年も経ってるんだ。数えきれない入れ子が存在してる」

 和真は絶句した。宇宙の真の姿とは多重構造の情報の世界だったのだ。

「それ……、人類はどうなっちゃうんですか?」

「ん? 消えちゃうね」

 そう言うとユータは、手のひらを上に向け肩をすくめた。

「な、なんで?」

「分からないんだが、人類はAIを完成させると生きる気力がなくなっちゃうらしいんだよね。少子化がすすみ、数千年経つとみんな眠りについちゃう」

「そ、そんな……」

「でも、新たに作った星の中でこうやって人類はまた新たな文化文明を芽吹かせ、発達していくんだ。人類はそういうサイクルの生物ってことかもしれないね」

「サイクル……」

 和真は想像もしなかった人類のサイクルに絶句した。















29. 激烈な閃光



「さぁ行くぞ! 準備はええな? お主ら!」

 レヴィアは真紅の瞳をキラリと光らせ、和真とミィをにらんだ。

「は、はい!」「大丈夫にゃ!」



 いよいよゲルツの秘密アジトに突入である。

 バクンバクンと激しく高鳴る鼓動を感じながら、和真はギュッとこぶしを握った。

 いよいよパパの仇を討つ時がやってきた。生きる活力を奪われ、糸の切れた凧のようにふわふわと無為に過ごしてしまった苦悩の六年間に、ついに清算の時が訪れたのだ。

 

 レヴィアは虹色の魔方陣をいくつか浮かび上がらせると、大きく息をつき、

「チャージ!」

 と、叫んで右手をあげた。



         ◇



 気が付くと南国の楽園の上空に浮かんでいた。

 美しく弧を描く真っ白なビーチに、どこまでも澄みわたる美しい海、そして真っ青な空に燦燦(さんさん)と輝く太陽。

 うわぁ……。

 和真は思わずその美しさにため息をついた。

 ヤシの木の茂る島の中央部には真っ白な塔が建っている。ゲルツの拠点、『マリアンヌ・タワー』だ。自らを革命の志士だとする(おご)った狂信者らしい命名である。

 まるで地中海を思わせる石灰石で作られた純白の塔には、ところどころ四角く開いた窓の穴がいいアクセントとなって見事な出来栄えだった。



 ミィはパカッと画面を開くと塔のデータにアクセスして、中の様子を解析していく。



 と、その時、

 ウゥ――――!

 まるで空襲警報のようなサイレンが響き渡り、塔から何かがわらわらと飛び立ってやってくる。まるで鳥の群れのように編隊を組み、一行を包み込むように体制を整えるとパシパシと鮮烈なレーザーを撃ってくる。良く見るとそれはドローンだった。

「うざい奴じゃ!」

 レヴィアはシールドでレーザーを防御しつつ、魔方陣を輝かせるとドローンたちに衝撃波を放つ。

 青白い光を放ちながらドローンたちに襲い掛かった衝撃波は次々とドローンを炎上させ、撃墜していった。

「ミィ! まだか!?」

 撃ち漏らしに向けて衝撃波を放ちながらレヴィアは聞いた。

「やはり、最上階です!」

 ミィが興奮気味に叫ぶ。

 レヴィアはうなずくと、急降下して最上階の窓に取り付き、腕を赤く光らせるとそのまま窓をたたき割り、中へと突入していった。

 和真とミィが後に続こうとした瞬間だった。激烈な閃光が二人を襲う。

 和真は体中が燃え上がるかのような熱を感じて、訳も分からずそのまま吹き飛ばされた。

 ズン!

 鮮烈な熱線は楽園の海を一瞬で沸騰させ、激しい衝撃波は島そのものを吹き飛ばした。後にはまがまがしい灼熱のキノコ雲がゆっくりと立ち上っていく。

 美しい青と白で作られた楽園は、ボコボコと湧き上がる赤い海となり、まるで地獄のような風景となってしまった。

 そう、ゲルツは核爆弾を使ったのだ。



             ◇



 ジュボボボボ……。

 気が付くと和真は海に沈んでいた。

 物理攻撃無効属性がついているのでダメージは受けていないようだが、耳がキーンとして気分が悪い。

 ゲルツの最後の悪あがきなのだろう。

 和真は透明度の高い雄大な海の中でワタワタと手足をばたつかせ、姿勢をうまく取り戻すと海面を目指して泳いだ。

 プフ――――!

 何とか顔を出し、大きく息をつく。

 見渡す限りの大海原が広がっている。一体どこまで吹き飛ばされたのだろうか?

 振り返ると、遠くの方に赤いものが光っている。

 目を凝らすと、それはキノコ雲だった。

 邪悪な灼熱のエネルギーを放ちながら少しずつ高度を上げていくキノコ雲。

 和真は一筋縄ではいかない相手にため息をつきながら波に揺られていた。



 ともあれ、ここでひるんでいてはならない。和真は額に手を当ててテレパシーを飛ばす。

『もしもーし、どこにいますかー? こちらは海に浮いてます』

 すると疲れた声で返事があった。

『あー、こっちも海じゃ』『僕もにゃ』

『無事でよかったです』

 和真はホッとした。あっさり返り討ちにあったでは話にならない。

『あんちくしょーめ! 往生際の悪い! ……、塔の下の方が残っとる、そこに集合じゃ!』

 レヴィアは怒りのこもった声で言った。



           ◇



 島はあらかた吹き飛んでいたが、塔の下部だけは原爆ドームのように残っていた。熱気を放ち、波が寄せるたびにジューっと湯気を上げている。

 和真が上空から様子を見ていると、

「奴はこの下にゃ」

 と、ミィが水滴をポタポタたらしながらやってきた。

「さて、どう攻めるか……」

 瓦礫に埋まった塔をどうしようかと思っていると、バサッバサッっと翼をはばたく音がする。

 振り返ると巨大なドラゴンが真紅の瞳を光らせて飛んでくる。

「もーホント、ムカつく奴じゃ!」

 重低音で叫ぶと、グギャァァ! と腹に響く咆哮(ほうこう)を一発。そして、クワッ! と叫ぶと、まるで雷が落ちたように辺りに激烈な閃光が走った。

 うわぁ!

 思わず、腕で顔を覆う和真。

 パキィ! という薄いガラスが割れたような音が響きわたる。

「さぁ行くぞ!」

 と、少女に戻ったレヴィアの可愛い声がする。

「えっ?」

 恐る恐る目を開くと、塔の瓦礫に埋まっていた部分がすっぱりと切り落とされ、廊下が露出していた。

 レヴィアは空間ごと吹き飛ばしたらしい。

















30. テロリストの抵抗



 廊下を進むと、重厚な木製のドアがある。どうやらゲルツはこの中にいるようだ。

 レヴィアは再度魔方陣を展開し、大きく息をつくと、和真とミィをジロリと見た。

「いよいよご対面じゃ」



 このドアの向こうに奴がいる。和真は手に汗がじわっと湧くのを感じた。とうとう追いつめたのだ。

 もちろんまだあがいてくるに違いない。しかし、想いの強さでは絶対に負けない。最後に勝つのは僕たちだ。和真はこぶしをぎゅっと握る。



「チャージ!」

 レヴィアはドアを体当たりでぶち壊し、突入した。



 吹き飛んだドアの木片がパラパラと散らばる中、和真とミィは後に続く。



 室内に飛び込むと、ソファに座り、ニヤニヤしている男の姿があった。

「そいやー!」

 すかさずレヴィアは青白く光らせた手のひらから捕縛用の鎖を放つ。

 鎖は紫色に輝きながら宙を飛び、ゲルツを目指した。しかし、鎖は途中で何かに当たって跳ね返される。

「む?」

 異常を感じたレヴィアは今度は魔方陣を起動させて青白い衝撃波を放った。

 しかし、それも届かず、途中で散らされた。

「はっはっは!」

 嬉しそうに笑うゲルツ。

 よく見ると、シャボン玉のような薄い膜がドームのようにゲルツの周りを覆っていて、かすかに虹色で輝きながらゆったりと模様を作っていた。

「な、なんじゃこれは!?」

「クフフフ、金星のガジェットだよ。ドラゴン、君のスキルでは突破はできん」

 ゲルツは余裕を見せる。金星というのはこの世界を構成しているコンピューターのさらに根底の世界のこと。この世界のロジックが全く通じない世界の代物だった。

「き、金星……。貴様どうやって……」

「なぁ、ドラゴン。君も今回のことで気づいたんじゃないか? 評議会は横暴だ。星の生殺与奪の権利を一手に握っている。これは人権蹂躙だよ」

「横暴……、それは認めよう。じゃが、お前らテロリストの方がもっとたちが悪い」

 レヴィアは険しい目で返す。

 ふぅ、と大きく息をつき、肩をすくめるゲルツ。そして、和真の方を向いて聞いた。

「少年はおかしいと思うだろ? 君はいきなり地球消されて納得できるか?」

 いきなり振られて焦る和真。もちろんテロリストの言うことなど聞くつもりはない。しかし、同時に評議会が星を次々と処分しているという事実に抵抗があるのも事実だった。

「な、納得なんてできない! でも……」

「なら手を組む余地があるじゃないか」

 ニヤッと笑うゲルツ。

「パパを殺した奴と組めるかよ!」

 和真はビー玉状の簡易攻撃ツールを取り出すとゲルツに投げつけた。

 ツールは薄い膜に当たるとパン! パン! とはじけながら電撃や火炎を発生させたが膜はビクともしなかった。

「はっはっは! そんなオモチャ効くわけがない」

「じゃが、お主だって手詰まりじゃろ。いつまでそこに籠ってるつもりか?」

 レヴィアはゲルツをにらむ。

「ふむ、実はこういうのを用意したんだ」

 そう言うとゲルツは空中を切り裂き、縛られた女の子を引き出した。

 きゃぁ!

 落ちてきてソファに転がった娘はなんと芽依だった。

「め、芽依!」

 あまりのことに和真は息を飲んだ。

「和ちゃーん!」

 目に涙を浮かべながら可愛い顔を歪ませる芽依。

「ふん、人質か。じゃが、そんなの意味ないぞ。彼女に何しようがアカシックレコードで元に戻せばいいだけじゃからな」

 レヴィアは冷たく言い放つ。

「ところがこういうのがあるんだ」

 ゲルツは懐から短剣を取り出す。武骨でずんぐりとしたあまり見ないタイプの短剣はゲルツの手の中で鈍く光る。

「その剣がどうかし……、へっ!?」

 レヴィアの顔色が変わる。

「そう、これも金星の短剣、ファラリスの(くさび)だよ。これで殺されたものは二度と復活できない」

 そう言ってゲルツはいやらしい笑みを浮かべて芽依を見た。

「ひ、ひぃ!」

 芋虫のようにうごめいて必死に逃げようとする芽依だったが、ゲルツは、

「動くな! 動いたら……、刺すよ?」

 そう言って短剣をほほに当てた。

 芽依はぶるぶると震えて動けなくなる。

 和真は真っ青になった。

 小さなころからいつも一緒で、不登校になった自分を支え続けてくれた芽依、それが今、命をもてあそぶゲルツの手中にいる。パパを殺され、そして芽依すらも奪おうとするこの男に頭が真っ白になった。