3-1. 宇宙サイズの蜘蛛



 隣の席の二人連れが何やら揉めている。

「それは女神様に失礼です!」

 金髪碧眼(へきがん)の少女が大学生風の男に怒った。

 レヴィアはチラッとそちらを見ると、

「あれ? 異世界人じゃな……」

 と、つぶやいた。

「異世界人って、私たちみたいな?」

 オディーヌが小声で聞く。

「そうじゃ……、あー、ミネルバのところの子じゃな。さすが田町、いろんな星の人がおる」

「この街はそんなに特別なんですか?」

「宇宙を(つかさど)る組織があるんじゃよ。いわば全宇宙の中心じゃな」

「全宇宙の……中心……」

 あまりに壮大な話にオディーヌは絶句する。



     ◇



「それで、今日は何するの?」

 シアンはニコニコして言う。

 レオはミルクを飲みながら、

「土地を整備したいなと思うんだけど……」

「おぉ、国土ね。レヴィアできる?」

「はいはい! ちゃんと考えましたよ。あの辺は標高五百メートルくらいの山が連なっておりますので、地下に太いパイプを通してですね、液状化させて土砂を全部海へと流してしまおうと思っております」

 レヴィアは自信ありげに言った。

「どのくらいかかるの?」

「一週間もあれば」

「僕が10分でやってあげるよ」

「へ!?」

蜘蛛(くも)でドーン! って」

蜘蛛(くも)……ですか? 十キロ四方の山地ですよ?」

「まぁ、見ててよ」

 シアンはうれしそうに言うが、レヴィアは渋い表情をしていた。



        ◇



 神殿に戻ると、シアンはみんなをコテージに入れ、コテージごと転移させて国土予定地の上空に跳ばした。

「うわぁ!」

 窓からの景色にレオが驚く。

 青々とした山々の稜線と谷が、編み込まれるように連なりながら海まで続いている。家もなければ人の手が入った形跡もない。

「この山地が僕たちの国になるの?」

 レオはシアンに聞いた。

「そうだよ、見ててごらん」

 シアンはニコッと笑ってそう言うと、

「『クモスケ』カモーン!」

 そう叫んで、澄み切った青空に向かって両手をフニフニと動かした。

 すると上空空高く、真っ青な青空の向こうから、白く霞みながら何か巨大なものが下りてくる……。

「蜘蛛……、なの?」

 レオが不思議そうに聞くと、シアンは、

「そうだよ、可愛い奴だよ」

 そう言って嬉しそうに笑った。

 下りてきた蜘蛛はどんどんと大きくなり、その異常な巨大さをあらわにする。確かに形は蜘蛛だった。

 しかし、それでもまだはるか彼方上空、青空の向こう側なのだ。

「え? すごく大きくない?」

 レオはビビる。

 さらに下りてきて、ようやく青空のこちら側に見えてきたときには、足の太さだけで数キロメートルはあろうというとんでもないサイズになっていた。

「ええっ!?」「ひゃぁ!」「うわぁ……!」

 一同、唖然(あぜん)としながらその超巨大蜘蛛の姿に圧倒される。

 やがて蜘蛛は海の上に降り立ち、その衝撃で津波が発生して海岸線を巨大な波が洗っていく。そして、程なく衝撃波がコテージを襲った。

 ズン!

 という音と共にコテージが大きく揺れる。

「うわぁ!」「キャ――――!」

 叫び声が響いたが、シアンは気にもせずに、

「全長253キロメートル、僕のペットだよ」

 と、うれしそうに紹介した。

「ぺ、ペット……」

 レオは絶句した。

 蜘蛛はあまりに巨大すぎて、上部はまだ宇宙にいる。直径数キロの足は雲をはるかに超え、宇宙までまっすぐに伸びているのだ。

 その圧倒的なスケールに一同は言葉を失い、ただポカンと口を開けて宇宙まで届く巨大構造物を見つめていた。



「さて、整地しよう。クモスケ、カモーン!」

 そう言って、シアンはクモスケに指示を出した。

 太さ数キロもある足がゆっくりと持ち上げられ、山地の方へ移動してくる。見た目ゆっくりではあるのだが、それはあまりに大きすぎるからであって、実際の速度は音速を超えている。

 そして、山地上空から一気に足を下ろし、蜘蛛の足は山地にめり込んだ。

 直後、衝撃波と共に轟音が響き、コテージは大きく揺れ、ビリビリと振動する。

「ひぃ!」「うわぁ!」

 レオとオディーヌは窓枠にしがみつき、何とか耐える。



 蜘蛛がゆっくりと足を持ち上げると、そこには直径数キロの巨大なクレーターができていた。















3-2. クモスケの逆襲



「よしよし」

 シアンは満足そうにそう言うと、さらにクモスケに指示を出してクレーターの隣に足を下ろした。

 再度揺れるコテージ。

 また、クレーターが増えた。

「ちょっと待ってください、これじゃ穴だらけで土地としては使えないですよ」

 レヴィアが突っ込む。

「うーん……。じゃ、ちょっと(なら)してみるか……」

 シアンはそう言って、目をつぶった。

 クモスケは下ろした足をそのままに海の方へとズズズズ! と動かしていく。

 巨大なU字の谷が海まで伸びる。

「谷でも使いにくいですよ」

 レヴィアがクレームを入れる。

「じゃあ……」

 シアンはさらに複雑な指示をクモスケに与える。しかし、クモスケは止まったまま動かなくなった。

「おい、クモスケ! どうした!」

 シアンはそう言ってフニフニと両手を動かした……。

 すると、クモスケはいきなり足をコテージへと向かって高速に動かし始める。

「へっ!?」

 焦るシアン。

 グングンと迫ってくる巨大な足はもはや迫る絶壁だった。

「うわぁ!」「ひゃぁ!」「ひぇぇ!」

 悲鳴が響き渡るコテージ。

「こんちくしょう!」

 悪態をつきながらシアンはコテージを転移させ、間一髪直撃を免れる。

「何すんだよぉ!」

 プリプリと怒るシアン。

 勢いよく飛んだクモスケの足は、そのまま向こうの火山に直撃した。

「へっ!?」

 蒼ざめるレヴィア。

「あそこって、もしかして……」

 オディーヌが冷や汗を垂らしながら言う。

 クモスケの足はレヴィアの神殿ごと火山を吹き飛ばし、後には巨大な穴が広がって下からマグマが湧き出していた。

「ありゃりゃ……」

 シアンは額に手を当てる。

「ちょっと! 困りますよ! あそこ、二千年も住んでたのに……、うわぁぁぁ!」

 ひざから崩れ落ち、泣き出してしまうレヴィア。

 シアンはしゃがんでレヴィアの背中を優しくなでながら言った。

「ゴメンゴメン、ちゃんとした神殿作ってあげるからさ」

「あそこが気に入ってたんです! うっ……うっ……」

 レヴィアは涙をぽたぽたと落とした。

「ゴメンよぉ……。でも、火山もう無くなっちゃったからなぁ……」

 シアンも困り果てる。

 レオはそっと泣きじゃくるレヴィアにハグをした……。

 コテージにはレヴィアのすすり泣く声が響く。

 シアンはいろいろと考え、

「じゃ、ここの山に復元してあげるよ。パルテノン神殿みたいな荘厳な奴をバーンと建ててその下にさ」

 と、提案した。

「パルテノン神殿?」

「こんな奴」

 そう言ってシアンは白亜の柱が整然と並んだ神殿の立体映像をポンと出した。

「……。まぁ……、綺麗……ですな」

「これをそこの山に建てて、地下にいままでの神殿のコピーを移築。これならいいでしょ?」

 シアンはニコニコして言った。

 レヴィアはしばらく腕を組んで考え込む。

「これ、凄い綺麗だね……」

 レオは瞳をキラキラさせながら立体映像をのぞき込んだ。

「お主はこういうの……好きか?」

「うん!」

 レオはニコニコしながら言った。

「まぁ、それなら……、こういうのもいいかもしれんな……」

 レヴィアは目を閉じて、受け入れた。

 シアンは金髪おかっぱのレヴィアの頭を優しくなでて、

「ゴメンね……」

 と、謝った。

「いや、お見苦しい所をお見せしました……」

 レヴィアは泣きはらした目をぬぐいながら頭を下げた。



 シアンはスクッと立つと、

「クモスケは退場!」

 そう言って、巨大蜘蛛に両手を向け、何かをつぶやいた。

 すると蜘蛛は浮き上がり徐々に上空へと上がっていく。

 途中、足を動かして衝撃波を放ちながら抵抗していたが、シアンの力には敵わず、宇宙へと帰って行った。





























3-3. 都市計画



「で? これどうするんですか?」

 オディーヌがシアンに聞く。

 眼下にはボコボコに荒らされた地面が広がっていた。

「これは……うぅん……」

 レヴィアもその無残な姿に引いている。



「大丈夫、こうするんだよ」

 シアンはそう言うと、両手を地面に向けて、

「クリアグランド!」

 と、叫んだ。

 すると、閃光が走り、天も地も激しい光に覆われ、レオたちはたまらず目を覆った。

 ズン! ズン! と激しい重低音が響き渡り、コテージもビリビリと震える。

 しばらくして光が収まり、レオたちが恐る恐る様子を見ると、十キロ四方のボコボコの荒れ地は真っ(たいら)の更地となっていた。

「へ?」「え?」「うわぁ!」

 驚く三人。

「これで完璧でしょ?」

 シアンはうれしそうに言った。

「最初から……、これで良かったのでは?」

 レヴィアは肩を落としながら言った。

「うーん、コマンド一発ってロマンが無いんだよねー」

 首をかしげるシアン。

 レヴィアは目をつぶり、首を振った。



「あそこはクレーターが残ってるよ」

 レオが指さす。

「あそこは湖にするんだ。水源近いからあそこに水をためると便利そう」

 と、シアンは答えた。

 確かに削られた山のガケからは水が湧き出し、クレーターに流れ込んでいくのが見える。

「じゃあ、クモスケ湖だね!」

 レオはうれしそうに言った。

「あんな奴の名前なんか付けなくていいよ!」

 シアンはプリプリしながら答える。

「じゃあ、(あし)の湖?」

「うーん……、まぁ、レオが好きに決めて」

 シアンは興味なさそうだった。

「よーし、じゃぁ『脚の湖』で!」

「変な名前……」

 オディーヌは渋い顔でつぶやく。



    ◇



「島はどうするんですか?」

 レヴィアはシアンに聞いた。

 シアンはニコッと笑うと、海の方に両手を向けて、

「デヴアイラン!」

 と叫んだ。すると、海がいきなり盛り上がっていく。やがて、津波が辺りの海岸を洗い、同時に五キロ四方ほどの広大な四角い埋め立て地がせりあがって、現れた。

 

「うわぁ! もう何でもアリだね……」

 レオが驚いて言う。

「我のやる事、ない気がするのう……」

 レヴィアは首を振りながらつぶやいた。



「何言ってんの、これからが大変だよ! 上下水道、道路に橋に建物! やる事いっぱい!」

 シアンはうれしそうに言った。

 そして、コテージを地面に着陸させる。

 丸太でできた素朴なコテージはスーッと地面の方に下りてくると、速度を落としながら……でも最後は派手に地面とぶつかってズン! と音を立てて大きく揺れた。



 レオとオディーヌは外に駆け出す。

 茶色の地面はどこまでも真っ平に広大な平野を形作っていた。

「うわ――――!」「すごぉい!」

 二人は目をキラキラさせて辺りを見回し、両手をあげて、

「ここが僕らの国だ!」「やった――――!」

 と、叫んだ。

 まだ何もないただ広いだけの土地だったが、二人には夢のいっぱい詰まった希望の大地に見える。ここに多くの人が夢を紡ぐ希望の王国を打ち立てるのだ。

 レオもオディーヌもうれしくてうれしくて、手を繋いでピョンピョンと飛び跳ねた。



       ◇



 シアンは棒で地面にガリガリと四角を二つ描いて言った。

「はい、王様に大臣! 区画を決めてね~」

「区画?」

 レオが首をかしげると、オディーヌは、

「土地の使い方ってことよね? 住宅地とか商業地とか……」

「そうそう、島の方は工業と貿易、こっち側は農地、住宅地、商業地、公園かな?」

 シアンは棒で地面をつつきながら言う。

「なるほど、じゃあ、住宅は海沿いに……」

 レオがそう言うと、

「海沿いは風が強いからおすすめせんぞ」

 と、レヴィアが突っ込んだ。

「うーん、じゃ、公園?」

 レオがそう言いながら、ガリガリと棒で線を引いて『こうえん』と書いた。

「次は商業地かしら?」

「じゃ、この辺はお店とかだね」

 レオは商業地を書き足した。

「その周りが住宅地で、周辺は公園作って、残りは全部農地……かしら?」

 オディーヌは、首をかしげながら言う。

「良いと思うぞ。じゃあ、道を引いてごらん」

「道? うーん、どう引いたらいいんだろう……」

「貸して!」

 そう言うと、オディーヌは棒を手に取り、大胆に一本、ガリガリと二つの四角を貫く線を描いた。

「これが幹線道路。昨日見た国道十五号線みたいな道よ!」

 自信たっぷりにそう言った。















3-4. 最初はタワマン



「まぁ、それは正解じゃろうな」

 レヴィアもうなずく。

「へぇ、オディーヌすごーい!」

 レオはうれしそうに笑った。

「そして次はこうよ!」

 気を良くしたオディーヌは幹線道路に直角に、商業地を貫く線を引く。

「うんうん、いいね!」

 レオはこぶしを握って喜んだ。

「でも……。この次は難しいわ……」

「そう言う時はこうじゃ」

 レヴィアは棒を取ると、中心部は碁盤の目状に、周辺部は放射状に線を引いた。

「なるほど、さすがレヴィア様!」

 オディーヌは笑顔で言った。レヴィアは上機嫌で、

「一辺が十キロだから、太い道は五百メートルおきにするか……」

 そう言いながら一旦線を足で消して再度描きなおす。

「そして、細い道を補完的にこうじゃ……」

 そう言って緻密に線を描き込んでいった。

「わぁ! すごい、すごーい!」

 レオは大喜びである。

「はい、じゃあ、次は建物ね。最初はタワマンからー」

 そう言ってシアンは、レゴブロックみたいな四角い棒をニ十本出してレオに渡した。

「え? タワマン?」

 棒を受け取りながら首をかしげるレオ。

「五十階建ての高層住宅だよ。これ一本で五千人が住めるんだ」

 シアンはニコニコしながら言う。

「え!? ちょっと待ってください。ここにタワマン立てるんですか!?」

 焦るレヴィア。

「だって十万人住むんでしょ?」

「うちの星では最高が五階建てなんです。ちょっとオーバーテクノロジー過ぎません?」

 レヴィアは冷や汗を浮かべながら言う。

「レヴィアは細かいなぁ……。ドラゴンなんだからガハハハ! って笑ってればいいんだよ」

「ガハハハ……ですか……」

 そう言ってる間にも、レオはタワマンを住宅地に建て始めた。

「綺麗に並べたいね」

 レオは目をキラキラさせながら、タワマンの棒を近づけたり離したりして配置に悩む。

「商業地を囲むようにしたらどう?」

 オディーヌが声をかける。

「そうだねぇ……。商業地には何を建てるの?」

 レオがシアンに聞く。

「何建てようかねぇ、ショッピングモールにオフィスビルにスタジアム……それから美術館?」

「学校は?」

 オディーヌが聞く。

「学校は住宅地の公園側がいいんじゃないかな? 病院も」

 そう言いながら、シアンはいろんな形のブロックを取り出して地面にバラバラと転がした。

「わぁ! すごい!」

 レオは喜んでブロックを見ながらイメージを膨らませていく。

「この長細いのは何?」

 オディーヌがシアンに聞く。

「これはオフィスビルだね。僕たちの事務所や会議場とかも中に作ろうかなって」

「ずいぶん……、高いビルですね」

「二百階建てだよ」

 シアンはニコニコして言う。

「シアン様、それはさすがに……」

 レヴィアは渋い顔をして言った。

「君はガハハハ! って言ってなさい」

 シアンはレヴィアをにらむ。

「……。ガハハハ……」

 レヴィアはうなだれながら言った。

 この後、倉庫や工場などのブロックも並べていった。



       ◇



 ブロックを並べ終わると、シアンは満足そうに街並みを眺め、

「それでは動かしてみるよ~」

 と、言って両手を地面に向けた。

 すると、プロジェクションマッピングのように地面に映像が投影される。それは自動車が走り、人が動いているシミュレーション画像だった。人はタワマンからたくさん湧き出して、それぞれショッピングモールやオフィスビルに行き、また、バスに乗って工場の方へ移動していく。

「わぁ! すごい!」

 レオはキラキラした目で人の動きを追った。

「あれ? ここで人がたまっちゃったわ」

 商業地への太い道で、渡ることができずに多くの人がたまってしまっている。

「横断歩道では数万人はさばけんのじゃな」

 レヴィアが言う。

「じゃあ、立体交差だな」

 そう言ってシアンは板を商業地域の道の上にかぶせる。

 すると人の流れも車の流れもスムーズになった。

「この板は何ですか?」

 オディーヌが聞く。

「ここは二階の高さがずーっと続く通路だよ。下には道がそのまま通ってるんだ」

「バッチリだね」

 レオはうれしそうに言った。



















3-5. チートな風力発電



「ずいぶんとコンパクトな街になりましたなぁ……」

 レヴィアが腕組みしながら街を眺める。

「タワマンに詰め込んじゃったからね」

 シアンが言う。

 確かに住宅地がタワマン二十本で終わってしまっているので、都市の主要機能は一キロ四方にほとんど入ってしまっている。

「これ……、上手くいきますか?」

 レヴィアは首をかしげながら聞いた。

「さぁ? やってみよう!」

 シアンはそう言うと両手をバッとあげた。

 すると、一行の周りのあちこちから轟音が上がり、タワマンがニ十本、ニョキニョキと下から生えてきた。

「へっ!?」「すごーい!」「うわぁぁ!」

 驚く三人。

 生えてきたタワマンはきっちり五十階、青空にどこまでも高く伸び、威容を放ちながらみんなを囲んだ。各階には丁寧に作られたベランダがあり、オレンジ色を基調としたタイル張りでスタイリッシュなデザインが見事だった。大きな窓ガラスが陽の光を反射しその存在感を際立たせる。

「空からも見てみよう!」

 シアンはそう言うと、レオとオディーヌを両脇に抱えてツーっと飛んだ。タワマンの間をすり抜けながら徐々に高度を上げていく。

「うわぁ~」「見事ね……」

 二人とも先進的なビルの作り、デザインに(とりこ)となる。



 角部屋は全面ガラス張りで中の様子が少し見える。中にはすでに家具が配置されており、すぐにでも住み始められそうだ。

 どんどんと高度を上げていくと、さっき置いたブロック通りの配置になっているのが分かる。だだっ広い平原に建つニ十本のタワマン。それはさっきまで何もなかった原野をあっという間に先進都市へと変えてしまった。

「これが……僕の国……?」

 レオがつぶやく。

「どう? 気に入った?」

 シアンがニコニコしながら聞く。

「うん! 最高! 僕は丸太小屋を、みんなで作っていくのかと思ってたんだ」

「ははは、いまから丸太小屋四万戸に変える?」

「いや、これがいいよ。新しい国なんだもん、こうでなくっちゃ!」

 レオはうれしそうに答える。

「確かにこれ見たらみんな驚くわ。新しい事をやろうとしていることがビシビシ伝わってくるし、とてもいいかも……」

 オディーヌは瞳をキラキラさせながら言った。

 二人ともタワマンの威容に感動しながら、しばらく林立するタワマン群を見入っていた。



      ◇



「もう住めるの?」

 地上に戻ってきたレオはタワマンを見上げながら聞いた。

「住めちゃうんだなこれが」

 うれしそうにシアンは言った。

「いやいや、電力無かったら住めませんよ。上下水道も……」

 突っ込むレヴィア。

「レヴィアは細かいなぁ……」

 シアンはそう言いながら、海の沖の方に両手を向けて何かつぶやいた。

 すると、上空はるか彼方から何かが下りてくる。

「あれは何?」

 レオは海の方を見あげ、手で日差しをよけながら聞く。

「風車……なの?」

 オディーヌは不思議そうに言う。

「そう、風力発電だよ」

 そう言いながらシアンは三本羽根の風車を次々と十本、沖に建てた。

「ちょっと……、大きくないですか?」

 レヴィアが不思議そうに聞く。

「高さ一キロメートル、一本で百MWの発電量だよ。」

 シアンはドヤ顔でいう。

「一キロ!? 技術的にそんなもの作れるんですか?」

「物理攻撃無効属性つけたから、台風来ても大丈夫だよ」

 ニコニコしながらそう言うシアン。

「……。チートだ……。ガハハハ……」

 思わず天をあおぐレヴィア。

 続いてシアンは、ツーっと飛びあがって道の予定地の上へ行くと、エイッ! と言って両手を道に沿って振り下ろした。すると、ズーン! という地響きが起こり、人が入れるくらいの大きな溝が何キロにもわたって一直線に通った。続いて赤い魔方陣を展開すると、溝へ向けて鮮烈な熱線を照射しはじめる。



「きゃははは!」

 うれしそうな声が響き渡り、溝からはジュボボボボ! という土が溶ける音と共に焼け焦げた臭いが漂ってくる。

「これは……何?」

 レオが怪訝(けげん)そうな顔をしてレヴィアに聞く。

「共同溝じゃな、電気、水道、光ファイバーなどを通すんじゃろう」

 シアンは飛び回りながら次々と道に溝を掘っては熱線で固めていく。

 しかし、主要幹線道路だけでも数百キロメートルに及ぶ。それは大変な作業だった。

 三人は超人的なシアンの工事を眺めていた。

「これが出来たらあそこに住めるんですか?」

 オディーヌはレヴィアに聞く。

「浄水場と下水処理場と、後は風車からの電気の配線じゃなぁ」

 レヴィアがそう答えると、シアンがツーっと飛んできて言った。

「じゃあ、それ、レヴィアよろしく!」

「えっ!? 規格とかは?」

「適当に決めて。日本クオリティでよろしく! きゃははは!」

 そう言ってまた飛び立っていった。

 唖然(あぜん)とするレヴィア……。

 しかし、シアンばかりに活躍させてもいられない。ドラゴンとしての誇りもあるのだ。子供たちにいい所を見せておかねば。

「ぬーん、浄水場……十万人分じゃろ? どのくらいのサイズじゃ? 一人毎日二百リットルとして……、商業施設が……、うーん……」

 レヴィアはぶつぶつとそうつぶやきながら、『脚の湖』の方へと飛んで行った。



























3-6. 寿司の洗礼



 昼過ぎには主要部の電気と水道が開通したので、一行はタワマンに入る。

 大理石造りの広いエントランスには間接照明が上品に並んでおり、脇の壁面には滝のように水が流れ、まるで高級ホテルのロビーのようだった。

「うわぁぁぁ……」「すごい……」

 レオもオディーヌも瞳をキラキラさせながら歩く。

 

「こっちだよ~」

 シアンが案内する先にはエレベーターホールがあった。

 ポーン! とエレベーターがやってきて、レオが恐る恐る最上階のボタンを押す。

 高速に上昇するエレベーター。

「耳がツーンとするね……」

 レオがシアンに言う。

 シアンはそっとレオの頬をなで、耳を治した。



 ポーン!

 あっという間に五十階に着く。

 長い廊下の角部屋まで行ってドアを開けると、豪華なメゾネットつくりのパーティールームになっていた。窓の向こうには海が見え、風力発電の巨大な風車とどこまでも続く水平線が広がっている。

「うわぁ!」

 レオは走って窓に張り付くと、しばらく真っ青な海を眺めていた。

 オディーヌは辺りをキョロキョロと見回しながら、皮張りのソファーに無垢一枚板の大きなテーブル、シックな間接照明など豪華な調度品に圧倒されていた。そして、

「どこの部屋もこうなの?」

 と、シアンに聞いた。

「ここは特別な共用のパーティールーム。他の部屋はこんなに広くないよ。でも、家具はここと同じだよ」

「全部この家具なの!? すごい……贅沢ね……」

 そう言って絶句した。

 もちろん、王宮の家具や調度品は金をあしらってあったりして豪華ではあるが、オディーヌにはシンプルでシックなこの部屋の方が上質に感じられてしまっていた。

 スラムの人たちがこんな素敵な部屋で贅沢な家具を使うようになる。それは特権階級として君臨していた王族としては、なかなかに受け入れがたい想いがあるようだった。



        ◇



「お昼にするぞー」

 レヴィアはそう言って、シアンに頼まれた握りずしを持ってきてテーブルに並べた。

「うわぁ、綺麗……。でもこれは……何?」

 レオが聞く。

「これは生の魚じゃな」

「えっ!? 魚は生で食べちゃダメなんだよ!」

 驚くレオ。

「わはは、日本の寿司はその辺考えて作られとるから安全じゃよ」

「いただきまーす!」

 シアンが大トロをつまんでパクリと一口でいく。

「えっ!? 手で食べてる!」

 レオはビックリ。

 そして、シアンは目をギュッとつぶって、

「うほぉ……、うまぁぁ……」

 と、恍惚とした表情を見せる。

「寿司は手で食べてもいいんじゃが……我は(はし)で行かせてもらう」

 レヴィアはサーモンを取って食べた。

「サーモンから行くの? おこちゃま? プクク……」

 シアンが冷やかす。

 レヴィアはモグモグと味わいながら、

「おこちゃまでもいいんです! 美味い物から行くんです。そもそも、最初はタイかヒラメが王道ですよ?」

 と、言い返した。

「ふーん、そうなんだ……」

 そう言いながらシアンはまた大トロをつまんだ。

「あー! ダメですよ! 大トロは一人一つです!」

 レヴィアが突っ込む。

「ふーん、そうなんだ……」

 そう言ってシアンはパクリと食べた。

「もぉ……。お主らも早く食べて! 全部喰いつくされちゃうよ!」

 レヴィアはレオとオディーヌに言った。

「じゃあ一つ……」

 レオは恐る恐るカンパチを手で取り、醤油をつけて食べる……。

「……、ぐっ!」

 レオは急に真っ赤になって洗面台に走った。それを見たシアンは、

「レヴィア、ワサビ抜かなきゃ……」

 そう言いながらサーモンをつまんだ。

「え? 私のせい?」

 レヴィアは少し困惑し……、トボトボとせき込んでいるレオのところへ行き、背中をさすった。



「えっ? 何があったんです?」

 オディーヌはシアンに聞く。シアンはマグロのネタをはがして、緑色のワサビを見せた。

「この香辛料がね、美味しいんだけど辛いんだよ。オディーヌも辛いの苦手ならはがして食べて」

「そ、そうなのね……」

 オディーヌはそう言うとマグロの赤身を持ち上げ、しげしげとワサビを眺めた。

 そして、丁寧にワサビをはがし、マグロの赤身を恐る恐る食べる……。

「あら……。美味しい!」

 オディーヌは目を輝かせて言った。

「美味しいでしょ。僕、ここの寿司はお気に入りなんだ」

 そう言ってシアンはニコッと笑うと、えんがわをつまんだ。























3-7. 動かせる内臓、肺



 食後に緑茶をすすりながら、みんな無言で作りかけの街を眺めた。

 澄みとおる青空にポコポコと浮かぶ白い雲。そして燦燦(さんさん)と照り付けてくる太陽は壮観なタワマン群を宮崎の大地に浮かび上がらせる。朝には山だらけだった土地に林立する高層ビル群、それはとても現実離れした夢物語の様な風景だった。

「ここに十万人が住むんだね……」

 まだ実感がわかないレオがつぶやく。

「そうだよ、これがレオの描いた夢の形だよ」

 シアンが言う。

「なんだかちょっと……怖くなっちゃうね……」

「あれ? そんなこと言っていいの?」

 シアンは意地悪な顔で笑った。

「あっ、もちろんやるよ! 最後までやり抜くよ」

 レオは焦って言い、シアンはうなずきながら、愛おしそうにレオの頬をなでた。

「でも……、こんな建物、どうやって出したの?」

 不思議そうにレオは聞く。

「え? 世の中にはいろんな人がいてね、こういう建物のデータを緻密(ちみつ)に設計する事に人生をかけちゃう人がいるんだよ」

「これはその人の作品……なんだね?」

「そうそう。その人が作って公開しているのを持ってきて具現化させたんだ」

「具現化……。シアンがそんなことをできるのは、宇宙の(ことわり)を知ってるから?」

「そうだよ」

「この世界は0と1の数字でできてるって……言ってましたよね?」

 オディーヌは横から聞く。

「そうそう、君たちも全部0と1だよ」

 シアンはニヤッと笑いながら言った。

「それ……、全く実感わかないんですよね。もちろん、渋谷で見せてくれた宇宙の根源(エッセンス)が紡いでいるというのはなんとなくわかるんですが、自分も世界も数字だというのがピンと来なくて……」

「うんうん、じゃあ、こうしたらいいかな?」

 シアンは手を打ってパン! と大きな音を立てた。

 すると世界はすべてが色を失い、真っ白な世界に描かれた線だけの世界が展開した。テーブルも部屋もタワマンも海も大地も、全てのものが線だけで雑に描かれたワイヤーフレームになったのだ。それは工事現場の鉄骨だらけの風景の様な無味乾燥な世界に似てるかもしれない。ただ、シアンだけはいぜんとして綺麗な女の子のままだった。

「え!? これは一体……」

 オディーヌは自分の手を見たが、手も指も針金づくりのロボットのように線で描かれた姿になっていた。

「これがこの世界の本当の姿だよ」

「本当の……、姿?」

 オディーヌは指を動かしてみた。すると、線が動き曲がるし、触ると感覚もある。しかし、ただの線画だった。

「この世は0と1で記述された情報でできている。普段見えているのはただの虚像さ」

 そう言ってまたシアンはパン! と手を叩き世界は元に戻った。

「虚像の方がきれいだけどねっ。きゃははは!」

 うれしそうに笑うシアン。

「虚像……、偽物の世界ってこと?」

「偽物じゃないよ、でもうつろいやすい夢みたいな世界ってこと」

 そう言ってシアンは置いてあったスプーンを一つとると、エイッと言って、それを二つに増やして見せた。

「えっ!? 増えた!?」

 驚くオディーヌ。

「情報だからいくらだってコピーもできるし……、ほらっ」

 そう言いながらシアンは、スプーンをお玉サイズに大きくして見せた。

「うわぁ……」

 オディーヌは唖然(あぜん)としてその巨大スプーンをながめた。

「属性を『金』にすれば……」

 すると、スプーンは金色になった。

「えぇっ!? まるで……魔法ですね……」

「情報でできた世界ってこういう世界なんだよ」

 にこやかにシアンはそう言った。

「それ、私にもできますか?」

「もちろんできるよ。ただ、そのためにはこの世界の本当の姿をしっかりと知らないとダメなんだ」

「それはどうやったら分かりますか?」

 するとシアンはオディーヌの胸をポンと軽く叩き、

「全てはここにあるよ」

 そう言ってニコッと笑った。

「胸……ですか?」

「胸じゃなくて心。オディーヌは頭で考えすぎ。心で世界をとらえてごらん。全て分かるから」

「こ、心……ですか……」

 悩むオディーヌ。

「まずは呼吸法だな」

「呼吸?」

「人間でね、唯一動かせる内臓、それが肺なんだ。だから肺を動かす呼吸は人間の根源にアクセスするスイッチになるんだよ」

 シアンは人差し指を立てて優しく説明する。

「えっ!? そんな事初めて知りました」

「ふふっ。頑張ってごらん」

 シアンはうれしそうに言った。

「ねぇ、僕もできる?」

 レオが聞く。

「もちろん! 特にレオは……すでにカギを持っているからね。比較的簡単だと思うよ」

「え? カギ? 何の?」

「まぁ、そのうちに気がつくんじゃないかな?」

 シアンはニヤッと笑い、お茶をすすった。

 レオはキツネにつままれたような顔をして考え込む。物心ついてからずっと奴隷だった自分が、なぜ王女も持ってないようなカギを持っているのか……。カギとは何か……いつか分かる時がやってくる。それは楽しみでもあり……、一抹の不安を呼び起こした。

















3-8. MacBook Pro



「シアンって凄いわ。何だってできちゃうんですね」

 オディーヌは感嘆して言う。

「いやいや、人間についてはダメだね。人間は複雑すぎるから簡単なデータ処理じゃどうしようもないんだよ」

 シアンは肩をすくめる。

「そうか、だから国づくりでも人については僕がやるんだね」

 レオが横から言う。

「そうそう。人間はコピーしたりできないからね。今いる人たちの心を動かさないとダメで、そういうのに僕は向いてない。そこはレオとオディーヌに期待してるんだ」

 そう言ってニッコリと笑った。

「あれ? 私は?」

 レヴィアが寂しそうに突っ込む。

「あー、もちろん! レヴィちゃんにも期待してるよ!」

 シアンは焦りながらレヴィアの肩をポンポンと叩いた。

「いいですよ……、私になんて気を遣わなくても……。ちゃんと二人をサポートしますから……」

 すっかりいじけてしまうレヴィア。

「そうそう! パルテノン神殿! レヴィちゃんに合わせてアレンジしといたよ!」

 そう言ってシアンはテーブルの上に、純白の柱がきれいに並んだ神殿の模型を出した。それはパルテノン神殿をベースにして、屋根にドラゴンの意匠を加えた荘厳なものだった。

「うわぁ!」「素敵……」

 レオとオディーヌは思わず声が出る。

 すねたレヴィアはチラッと眺め……。

 口元をちょっとニヤけさせながら、

「悪く……ないかもしれないですね……」

 と、淡々と言った。

「またまた~、嬉しいくせに~」

 シアンがレヴィアのほほを指先でツンツンとつついた。

「うしし、いいものですな」

 レヴィアはそう言って相好を崩す。

「そしたら、エーイ!」

 シアンは山に向かって両手を開いた。

 直後、山の稜線が爆発し……、爆煙がゆっくりと流れていくと、白亜の神殿が煌めく。

「うぉぉぉ!」

 レヴィアは思わず叫ぶ。

 木の生い茂る山の稜線にいきなり現れた神殿は、澄み通った宮崎の青空の元で陽の光を浴び、林立する純白の柱を美しく浮き上がらせる。屋根のところのドラゴンはタワマンと同じオレンジ色のタイルがあしらわれ、街の風景ともなじんでいた。

「綺麗……」

 オディーヌはウットリとして眺める。

「うちの国のシンボルですね!」

 レオはうれしそうに言った。

「うむ、我の威光が隅々にまでいきわたるのう」

 レヴィアは上機嫌だった。

「あそこにはどうやって行くんですか?」

 オディーヌがシアンに聞いた。

「え? 行けないよ?」

「へ!?」

 驚くレヴィア。

「だって、一般人には近づくこともできない白亜の神殿って方がカッコいいじゃん」

「どこからも見えるけれども誰にも行けない……。確かにイイかも……」

 レオがうなずきながら言う。

「え? 誰も……こないの? そ、そうなの?」

 レヴィアはそう言って、寂しそうに肩を落とした。



     ◇



「さて、午後はどうしようか?」

 シアンがみんなに聞いた。

「スタジアムとかを建てようよ!」

 レオがうれしそうに両手を上げる。

「うんうん、商業地ね」

「病院と学校もですな」

 レヴィアが言う。

 すると、オディーヌは、

「あのー、パソコンを一つ欲しいのですが……」

 と言った。

「あ、そうだね。じゃあ、オディーヌはパソコンで調べものしてて」

 そう言ってシアンは、MacBook Proの16インチモデルとパソコン操作の本をドサドサッと出した。

「うわっ! あ、ありがとうございます!」

 オディーヌはずっしりとした鈍く銀色に輝くMacBookを手に取り……、どうしたらいいのか分からず困惑する。

「どれ、基本を教えてやろう」

 レヴィアはMacBookを取り上げると、パカッと開いて電源ボタンを押した。



     ◇



 夕方になって宵闇が迫ってくる頃には街の整備はほぼ終わった。

 道には街灯がともり、ショッピングモールやオフィスビル、消防署に美術館など各建造物にはライトアップが施されており、静かな夜の訪れの中で街は綺麗に光のハーモニーを奏で始める。

 大通りには大きなイチョウ並木が整備され、丁寧なライトアップが上質な街の雰囲気を演出している。

 パーティールームに集まった一行は街を見下ろしながらその光のハーモニーを感慨深く眺めていた。

「綺麗だね……」

 レオはそっとつぶやく。

 すると、一台のバスが静かに大通りを走ってきてバス停に留まった。

「あれ? 誰かいるの?」

 オディーヌが驚く。

「あれは自動運転じゃよ。テスト運行させとるんじゃ。ぶっつけ本番では怖いからのう」

「自動運転……、何でもアリですね……」

 オディーヌはゆっくり首を振った。



 レオが描いた自由の国は、こうしてたった一日で主要機能を備えてしまった。もちろん、ハードウェアが整っても動かし、使う人がいなければただのゴーストタウンである。国づくりはいよいよ勝負所へと差し掛かっていく事となる。





































3-9. ヒレステーキ 280g



「あー、疲れた――――! お腹すいたよ――――!」

 シアンはそう言ってソファーに倒れ込み、手足をバタバタとさせて暴れる。

「あー、何食べますか?」

「ウーバーイーツでみんな好きなの頼もう!」

 シアンが元気に答える。

「へ!? 出前ですか!?」

「田町のうちの会社に届けてもらえばいいじゃん! レヴィアは頭固いんだからぁ~」

「いや……、あそこ、全宇宙の最高機関ですよ? 出前なんて届けさせちゃったら消されそうですが……」

「んなことないよ。みんな使ってるよ」

 そう言いながらシアンは寝っ転がってiPhoneをいじる。

「じゃ、会社からの引き取りはお願いしますよ。私なんかが気軽に行けるようなところじゃないんですから……。怖い怖い……」

 レヴィアはそう言ってブルッと体を震わせた。

「はいはい……。あ、僕これ! ヒレステーキ 280g (ライス無) ね」

 シアンはそう言って情報をレヴィアのiPhoneに送った。

「ステーキ! ステーキいいですね! 私もこれにしようかな……」

 レヴィアは肉の写真を食い入るように見つめる。

「えっ、僕もステーキがいいな……」

 そう言ってレオはレヴィアのiPhoneをのぞき込んだ。

「あはは、280gはお主じゃ食べきれんぞ」

 するとオディーヌは、パソコンを見ながら

「私はリブロースがいいな」

 と、言った。

「へ? 自分で検索したのか? お主、もうそんなことまでできるのか?」

「ふふっ、午後にパソコンを必死に頑張ったんです」

 そう言ってニコッと笑った。

「あっ! そうだ、サラダもどこかで頼んどいてね」

 シアンはそう言うと、大きくあくびをしてソファーで居眠りの体制になる。



     ◇



 三十分ほどして、レヴィアはシアンを起こす。

「シアン様、料理届いたそうですよ~」

 シアンは豪華なソファーで気持ちよさそうにすやすやと寝ている。

 返事がないので、困惑しながらシアンをゆらすレヴィア。

「シアン様~!」

 するとシアンは、

「むぅーん!」

 と言いながら、寝返りを打ってビュッ! と目にも止まらぬ速さで腕を振った。

 と、その瞬間レヴィアの前髪がパラパラッと舞い、後ろの窓ガラスがパキッ! と言って斬られた。

「へっ!?」

 焦るレヴィアが振り返ると、正面に見えるタワマンがズズズズと重低音を響かせながら動いてるのが見えた。

 レオとオディーヌもあわてて窓に駆け寄り、タワマンを見た。

 タワマンは中層階を斜めに切断され、切れ目に沿って滑り落ちていっている。

「あぁっ!」「壊れちゃう!」

 二人とも唖然(あぜん)としてその恐ろしい崩壊の様子をただ見守っていた。

 やがてタワマンは上部がゆっくりと崩落し、爆発音を伴いながらバラバラになって地面に散らばった。

 直後、激しい地震のように床が揺れ、三人は床にしゃがみこむ。

「キャ――――!」「うわぁ!」

 テーブルのマグカップは床に落ちて転がった。



「シアン様を起こすのはこれからは禁止じゃ……。とほほほ……」

 レヴィアはそう言って、短くなってしまった前髪を指先でつまんだ。



     ◇



 全然起きないシアンをあきらめて、レヴィアは田町の会社へとおもむく。

 会社は高級マンションの中にあり、レヴィアは緊張しながら呼び鈴を押した。

「はーい!」

 若い女性の声がする。

「シ、シアン様のお使いでですね、料理をとりに来ました」

「あら? どうぞ」

 そう言ってガチャッとロックが開いた。

 恐る恐るドアを開けると、奥から品の良い女性が現れ、

「どうぞ、上がってください。ただ……」

 と、言いにくそうにしている。

 レヴィアはスリッパに履き替え、奥に進むと、ステーキの匂いが漂ってくる。

「あれ……?」

 怪訝そうな顔で広間に入ると、会議テーブルで会社の人たちがステーキを食べていた。

「へっ!?」

 見ると中にはシアンがいて、美味しそうにヒレステーキにかぶりついている。一体何が起こったのか分からず、レヴィアは呆然とその様子を眺めていた……。

























3-10. シャトーブリアン



「シ、シアン様……? なぜ……?」

「あれ? レヴィアどうしたの?」

 シアンはニコニコしながら聞いてくる。

「どうしたって、そのステーキを取りに来たんじゃないですか……」

「へ?」

 シアンは不思議そうな顔をする。

 すると神々しいまでに美しい隣の女性が、ジト目でシアンを見て言った。

「シアン、分身誰か忘れてない?」

 するとシアンは手を叩いて、

「あっ! そうだった、そうだった! 寝ぼけてたよ、ゴメンね」

 そう言って頭をかいた。シアンは同時に複数存在しているので、たまにこういう同期ミスが起こる。ステーキを注文したまま寝てしまった分身の行動が、共有されていなかったのだ。

「私の分が無くなっちゃったじゃないですかぁ……」

 レヴィアはしょんぼりとうなだれる。

「起こしてくれれば良かったのに」

 シアンは無邪気にそう言う。

「起こしましたよ。そしたらタワマンぶった切られたんです」

 レヴィアはちょっとムッとして答える。

「へ? タワマンを?」

「真っ二つになって崩壊しちゃいましたよ」

「それは、大変な事だね……、アチャー……」

 シアンは確認したらしく、額に手を当てた。

「後で直しておいてくださいよ!」

 レヴィアはトゲのある声で言った。

 すると、隣の女性は

「ごめんなさいね。松坂牛のシャトーブリアンを用意させてるから許して」

 そう言って手を合わせてウインクした。

「こ、これはヴィーナ様、恐縮です」

 レヴィアはビビりながら頭を下げた。

 彼女はシアンの同僚で、少し怖い女神様だった。

「では、帰りますよ。あの人ご自分で起こしといてくださいね!」

 レヴィアはシアンにそう言って、タワマンへと帰って行った。



        ◇



 レヴィアがパーティールームに戻ってくると、すでにテーブルの上にはステーキが並んでいた。熱々の黒い鉄板プレートが四つ、ジュージューと美味しそうなおいしそうな音を立てながら煙を上げている。

「いただきまーす!」

 シアンがいの一番に席に着くと、ナイフでステーキを切り始めた。

「おぅ! やわらか~い!」

 歓声を上げるシアン。

 ステーキは表面はカリッと軽く焦げるように焼かれているが、切り口は鮮烈な赤い色のままで、美味そうな肉汁がじわっと浮かんでいる。

「あっ! 僕も!」

 レオ達もやってきてテーブルを囲む。

「シアン様、こちらでも食べるんですか?」

 レヴィアはジト目でシアンを見る。

「別腹だからね!」

 そして肉汁が(したた)るぶ厚いレアの松坂牛をほおばり、

「うほぉ! こっちの方が美味い!」

 と、歓喜の声を上げ、恍惚とした表情を浮かべた。



 それを見たみんなは、負けじとステーキにかぶりつく。

「えっ!? これ本当に牛肉ですか?」

 オディーヌがビックリしてレヴィアに聞く。

「これは松坂牛、日本最高級の牛肉じゃよ」

「こんな柔らかくて芳醇なステーキ生まれて初めて……。王宮でも食べられないわ……」

 オディーヌも恍惚として旨味に(しび)れている。

「かーっ! 美味いっ!」

 レヴィアも感激する。

「レヴィア! 酒だよ酒!」

 シアンがせっつく。

 レヴィアはモグモグとほお張りながら空間を切り、中から赤ワインを出した。

「こんなに美味い牛肉にはこういう重い赤ワインが良さそうですな」

 そう言いながら指先で器用にコルク栓を抜くと、ワイングラスに注いでシアンに渡す。 シアンはクルクルっとワイングラスを回し、空気を含ませると、ふんわりと立ち上ってくるスミレの香りにうっとりし、クッと飲んだ。

 そして、目を大きく見開くと、

「いやこれ、最高だね……」

 そうつぶやくと幸せそうな表情を浮かべ、目をつぶった。



     ◇



 その後何本かワインを開け、ずいぶんいい気分になったころ、シアンがレオに聞いた。

「で、国名はどうするの?」

「えっ? 国名……そうだよね、決めないと……。みんなが喜んでいるイメージの名前がいいんだよね……」

 そう言いながらレオは首をかしげた。

 するとオディーヌはMacBookを叩いて候補を探す……。

「喜び……ねぇ……、ジョイ、デライト、アレグリア……?」

 と、つぶやいた。

「アレグリアか……、少しひねってアレグレア……」

 レヴィアが首をひねりながら言う。

「それはひねったうちに入らないって!」

 シアンが笑う。

 渋い顔のレヴィア。

 レオが続ける。

「じゃあアレグリト……、アレグリル……、アレグリス……、ん!? アレグリスはいいかも!」

 レオはうれしそうにみんなを見回す。

「あっ、大切なことなんだからじっくり考えて!」

 慌てるオディーヌ。

「僕はいいと思うよ~」

 シアンは赤ら顔でそう言って、ワイングラスをキューっと空けた。

「喜びの大地、アレグリス……ね。いい感じじゃな」

 レヴィアはちょっと渋い顔で言った。

「意味も音もいいんだからこれにしよう!」

 レオはうれしそうにグッとこぶしを握った。