俺は慎重にドアを開けて中をのぞく……。すると、部屋の中にはたくさんの魔石が、赤に青に緑にいろんな色でイルミネーションのようにキラキラと光っていた。

「やったぞ! 成功だ!」

 俺は思わずガッツポーズ!

「きゃぁ! すごーい! さすがソータ様!」

 エステルはピョンピョン飛び上がって喜んでくれる。



 部屋の中を照らしてみると、魔石散らばるフロアの奥に祭壇があり、エステルの言った通り、宝箱が置かれていた。なんと言っても一番の楽しみは宝箱である。うしし……。



 俺はまず魔石を拾い集めてみる。色とりどりの魔石が約三十個。これだけで金貨数枚になるらしい。日本円にして十数万円ですよ十数万円! バルザン焚いただけでぼろ儲けだ。



 そして、最後に宝箱に近づく……。

「気をつけるです。ワナがある宝箱もあるんです」

 エステルが心配そうに言う。

「えー!? じゃ、どうしたらいいの?」

「ごめんなさい、私、開けたこと無いんです……」

 駆け出しの冒険者には酷な質問だったようだ。

「まぁいいや、ちょっとつついてみよう」

 俺は物干しざおで恐る恐る鍵の辺りをガンガンと叩いてみた。

 すると、ガチャという重厚な音と共にふたが少し開く。

 俺は物干しざおで慎重にふたを持ち上げ、完全に開けてから遠巻きに中を覗き込む……。



「どれどれ……」

 すると、そこには金貨と魔法の杖が収められていた。



「やった! 金貨だ!」

 俺はガッツポーズして小躍りした。数えると金貨は五枚、推定二十五万円である。なんだよ、すごくいい商売じゃないか!

「杖もありますぅ!」

 エステルも大喜びだ。



 エステルに杖を渡すと、

「ステータス!」

 と、叫んで何か空中を見ている。

「あれ? エステル何を見てるの?」

「えっ? ステータスですよ? この杖の方が今のより少しいいみたいです」

 と、当たり前のように言う。

「ちょ、ちょっと待って! ステータスって見えるの?」

「はい? 普通に見えるですよ?」

 エステルは首をかしげる。



 俺も真似して、

「ステータス!」

 と、叫んでみた。

 すると目の前に浮かび上がる青いウィンドウ。



ソータ 時空を超えし者

稀人 レベル:12



 これ以外にもHP、MP、強さ、攻撃力、バイタリティ、防御力、知力、魔力……と俺のステータス情報が(つづ)られていた。

 なんだこれは……、まるでゲームの世界じゃないか……。

 俺は唖然(あぜん)とした。鏡を抜けたらゲームの世界? では、エステルはゲームのキャラクター? エステルのあの柔らかな肌も甘酸っぱい匂いもみんな作り物のゲームデータって事か? こんな高精度で繊細なゲームなんて作れるのか?

 俺はなんだかとんでもない世界にやってきてしまったことに、愕然(がくぜん)とした。

 そして、職業は『稀人』。やはり俺は神託に(うた)われた救世主らしい。一体なぜ俺がそんな存在にされているのだろうか? もう、謎だらけでクラクラしてしまった。



 とは言え、せっかくステータスが分かるのだからいろいろ聞いてみよう。

「レベルっていうのは魔物倒すと上がるのかな?」

「そうですよ、私は18、今ので少し上がったです!」

「え? エステルそばにいただけなのに上がるの?」

「良く分からないですけど、ソータ様と一緒に行動してるからパーティ扱いみたいですね?」

 なるほど、その辺は自動で判断して経験値が分配されるらしい。

「レベル18ってどのくらいなの?」

「ダンジョンに入るのがだいたい20からで、冒険者として認められるのが30。50まで行くと中堅です」

「ふむぅ、レベルあがると強さとかが上がるんだよね?」

「そうです、職業に応じてパラメーターの割り振りは変わるです。私は侍僧(アコライト)なので魔法関係を中心に上がるです」

「えーと、強さ上がると筋力ってアップするのかな?」

「筋力かどうかわからないですが、力強くなるです。Aクラスの冒険者さんは家の屋根とかに、簡単にピョーンと飛んでるです」

「マジか……」

 この世界でやっていくなら、レベルは上げておいた方が良さそうだ。俺も屋根まで飛んでみたい。

「強い魔物倒した方がレベルは上がりやすいんだよね?」

「そうですよ」

「なら、ダンジョンのずっと奥でモンスターハウスばかり回ってたらすぐにレベルあがる?」

「うーん、理屈はそうですが……、奥は恐い……ですぅ」

 確かに死んでしまっては元も子もない。でも、奥で安全に殺虫剤で倒せる魔物しか出ないルートを見つけたら、そこを回っているだけで安全に強くなりそうだ。昔ゲームでそうやって経験値を稼いだのを思い出した。

 調査をしてそういうルート、探してみたいなと思った。





















1-12. 忘れられないケーキ



 俺たちは一旦部屋に戻った。得られた金貨が本当に日本円になるか確かめないとならない。ゲームのような世界で得た金貨、本当に換金なんてできるのだろうか?

 エステルには飲み物とおやつを出し、くつろいでもらって、俺は貴金属買取屋へと走った。ポケットで踊る五枚の金貨、果たして買い取ってもらえるのだろうか?



 スマホの地図を頼りに買取屋前までやってくると、調べた写真どおりのガラス張りのお店があった。『ブランド高額買取!』と、のぼりが立っている。

 俺は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、自動ドアの前に行った。



「いらっしゃいませー」

 若い女性がにこやかに声をかけてくれて、俺はおずおずと店内に進む。

「買取ですか?」

「は、はい。金貨なんですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ、それではそちらにおかけください」

 女性は奥の綺麗なテーブルを指さした。

 俺はこわごわと店内を進み、席に座る。

 女性が飲み物を出しながら向かいに座る。

「どういった金貨ですか?」

「これなんですが……」

 俺は取ったばかりの五枚の金貨を、ラシャの張られたトレーに広げた。

「ちょっとよろしいですか?」

 そう言って女性は白い手袋をしてトレーを引き寄せる。

「どうぞ」

 女性はコインをじっくりと眺め、ルーペで拡大して観察する。

 そして、(はかり)で重さをはかり、電卓をパチパチと打った。

「見たことのない金貨ですが、金には間違いなさそうですね。今の金の価格が6,611円なので、五枚でこの金額なら買い取らせていただきます」



 電卓には『285,110』とある。

「二十八万ですか?」

 俺は驚いた。宝箱から拾ったばかりの金貨が、サラリーマンの初任給をはるかに超えている。

「そうですね。他店へ行かれても同じような金額になると思います」

 女性は淡々と言う。

「わ、分かりました。買取をお願いします」

「それでは身分証明書をお願いできますか?」

「は、はい!」

 俺は買取手続きを進め、あっさりと現金の入った封筒を手渡された。

 ずっしりとした重みを感じる封筒……。これは冒険者としての初任給と言えるかもしれない。

 俺は帰り道、人目につかない所でガッツポーズを繰り返した。

「行ける! 行けるぞ! もう就活なんて止め止め! 俺は冒険者になるのだ!」



 俺はうれしくてうれしくて何度も飛び上がった。



       ◇



 ケーキ屋で芸術的な装飾が施された高級なケーキを二つ買い、部屋に戻った。



「ただいまちゃーん!」

 俺は上機嫌でリビングのドアをバーンと開けた。

 すると……、

「いっちにー! いっちにー!」

 エステルがTシャツ一枚で、下に何もはかずに腕を振り上げ、踊っていた。

 真っ白く艶やかで優美な曲線を描く太もものラインが、露わになって揺れている。

「え?」

 あまりに予想外の事に呆然(ぼうぜん)とする俺と目が合った……。



「きゃぁ!」「うわぁ!」

 俺は後ろを向いて聞いた。

「ご、ごめん……。でも……何してるの……?」



 エステルは急いでスウェットをはきながら言う。

「申し訳ないですぅ……。日課の体操なんです。暑くなっちゃって……」

「あー、ごめん。エアコンの使い方教えてなかったね」

 俺はエアコンのリモコンを取ると、見せながらボタンを押した。

「これを使うと涼しくなるんだよ」

「え!? すごい! 氷魔法です!」

「魔法じゃなくて科学だな」

「科学……?」

 首をかしげるエステル。

 やがて出てきた冷風を浴びて、

「うわぁ、涼しいですぅ」

 と、目を閉じて金髪をなびかせながら幸せそうに言った。



        ◇



「ケーキ食べよう! ケーキ!」

 そう言って俺はテーブルにケーキを並べた。

 ケーキの上にはパティシエが丹精込めた芸術的なチョコのオブジェが載っている。

「えっ!? 何ですかこれ!?」

「いいから食べてごらん」

 俺はフォークを渡す。

 エステルは恐る恐るフォークでチョコのアートを口に運ぶ……。

「うわぁ! あまぁい!」

 最高の笑顔を見せるエステル。

「金貨を使って買って来たんだ」

「うふふっ、金貨最高ですぅ!」

「そうそう、最高だよ! ちゃんと最後に清算してエステルにも渡すからね」

「いやいや、私は付き人ですから……」

「遠慮しないの、一緒に儲けよう」

「……、頑張るです!」

 俺たちは笑顔で見つめ合いながらケーキを味わう。

 それは忘れられない最高の味がした。



















1-13. 双頭のワイバーン



 夕方になり、本日最後のダンジョン・エントリーを行った。

 さすがに慣れてきて、俺たちはオークやゴブリンたちを難なくこなしていく。

 そろそろ階段が見つかってもいいのに、と思いながら洞窟を歩いて行くと、地面に怪しい筋を見つけた。

「エステルこれって……」

 俺が指をさすと、

「あっ! ワナですよ! ワナ! このタイプは落とし穴ですよ」

 と、エステルが説明してくれる。

「どれどれ……」

 俺は物干しざおでガンガンと、あちこちを叩いてみる。すると、カチッ! という音を立てて床が下へと開いた。

「おぉぉぉ……」

 おっかなビックリ穴をのぞいたが、真っ暗で何も見えない。ヒュオォォォ……と風が吹きあがってくる。生暖かく、カビくさい臭いがする。

「どこに繋がってるのかな?」

「うーん、分からないですぅ。でももっと強い魔物が出るところです、きっと」

 すると、穴の奥から

「ウォォォ!」

 と、かすかに声がして、ガーン! という衝撃音が伝わってきた。誰かが戦っているようだ。

「誰かいるぞ!」

 俺は聞き耳を立てた。



(ホーリーシールド……)

 かすかに人の声がする。



 それを聞いたエステルは驚いたように言う。

「あっ、クラウディアさんです!」

「え? 知り合い?」

「私の先輩の司祭(プリースト)です。怖いですが、腕は立つです」

「ふーん、じゃ、行ってみようか?」

「え!? 安全第一じゃないんですか?」

「凄腕の知り合いが戦ってるんだろ? 見てみようよ。危なかったら鏡に逃げればいいし」

「うーん、そうですが……」

「で、どうやって降りるの?」

「ホーリークッションという魔法があるです。ゆっくり降りれるです」

「じゃぁそれで!」

「……。本当に行くです?」

 エステルは乗り気じゃないようだ。

「え? 不安?」

「クラウディアさん、ちょっと苦手なんですぅ」

 と、うつむいて言うエステル。

 なるほど、ソリのあわない先輩ということだろう。どうしようかな……。

 悩んでいると、

(キャ――――!)

 という悲鳴が聞こえてきた。どうやらピンチらしい。

「助けが要るみたいだぞ?」

「うーん、じゃぁ、行くです!」

 エステルは杖を掲げると、

「ホーリークッション!」

 と叫ぶ。するとエステルの身体がぼわっと淡い光に包まれた。

「ソータ様、つかまるです!」

 そう言って手を出すエステル。

 俺がエステルの手をつかむと、エステルは、

「せーの、で飛ぶです!」

 と、俺の顔を見る。

 俺はうなずき、一緒に

「せーのっ!」「せーのっ!」

 と言って落とし穴に飛び込んだ。



 魔法のおかげで落ちる速度は緩やかだった。

 ふわふわとゆっくり真っ暗な落とし穴の中を落ちて行く……。



 ソイヤ――――! カン! カン! グオォォォ!



 戦闘音が徐々に大きくなってくる。

 すると、急に視界が開けた。そこは大きな広間になっていて、バスくらいのサイズの巨大な恐竜に似た魔物が暴れている。二本の長い首をブンブンと巧みに振り回し、翼を大きく羽ばたかせ、挑んでいる四人の冒険者を翻弄(ほんろう)していた。魔物はトカゲのような(いか)ついウロコに覆われ、巨大な口には鋭い牙が光っている。

 どうやったらあんなのを人間が倒せるのか、俺には想像もつかなかった。



「双頭のワイバーン!?」

 エステルが驚いて声を上げる。

「強いの?」

「珍しいAランクの魔物です! ただのワイバーンならBランクなんですが……。クラウディアさんのパーティだと厳しいかもです……」



 と、その時、ワイバーンの二つの頭がそれぞれ大きな口をパカッと開けた。



「来るよー!」

 クラウディアが叫ぶと同時にワイバーンがファイヤーブレスを放つ。二つの頭が前衛と後衛にそれぞれ火炎放射を浴びせ、辺りは火の海となった。



「キャ――――!」「ぐおぉぉぉ!」

 叫び声が上がる。



 火が収まると黒いローブをまとった女性が倒れていて、白い法衣をまとったクラウディアが走って治癒魔法を発動していた。



















1-14. ハチ・アブ・マグナムZ



 俺たちはそっと脇の方に着陸したが……、これはどうしたらよいのだろうか?

 どう見ても苦戦している。助けた方がいいのではないだろうか?



 クラウディアは銀髪で緑色の瞳をした美しい女性で、口元をぎゅっと食いしばり、必死に戦っている。

 俺たちはクラウディアに近づいて、声をかけた。



「お手伝いしましょうか?」



 クラウディアは俺とエステルをチラッと一瞥(いちべつ)すると、

「エステル!? ひよっこどもは邪魔邪魔! あっち行ってな!」

 と、乱暴に言った。

 確かに俺の装備は防刃ベストに物干しざお。どう見ても頼りない。役立たずに思われたのは心外だが……、仕方ないだろう。

 俺はエステルと目を見合わせ、肩をすくめながら少し下がった。



 ワイバーンは下から見ると思った以上にデカく、攻撃もすさまじい。見上げるような高さから長い首をブンブンと振り回し、頭に生えている長い角をものすごい勢いでぶち当ててくる。その度に、ガーン! という激しい腹に響く衝撃音が上がっていた。俺が直撃を受けたら間違いなく即死である。これが魔物との戦闘の現実なのだ。思わずゴクリとツバを飲んだ。



 戦闘を見ていると、盾役がワイバーンの攻撃を一手に受けながら、剣士と魔術師が死角から攻撃を加えていくスタイルのようだった。しかし、頭が二つあるためどうしても一方の頭の攻撃を抑えきれないようだ。



「ジャック! またターゲット外れてるわよ!」

 クラウディアが盾役に叫ぶ!

 その直後だった、ワイバーンが巨大な尻尾をいきなりブンっと振り回し、剣士と盾役が吹き飛ばされた。

「ああっ!」「キャ――――!」

 前衛崩壊である。

 ワイバーンはズーンズーンと地響き鳴らしながらクラウディア達に迫った。



「ホーリーシールド!」

 クラウディアは光り輝く魔法の防御壁を展開する。しかし、ワイバーンの力は強大だ。ガーン! ガーン! とシールドにデカい角をぶち当て、今にも崩壊しそうであった。



「キャ――――!」

 クラウディアにしがみついた魔術師が悲鳴を上げる。

「ちょっとアウラ! しっかりして!」

 クラウディアは必死になってシールドを支えながら叫ぶ。しかし、劣勢は明らかだった。



 さすがにこれは出番だろう。俺はリュックから最強の殺虫剤『ハチ・アブ・マグナムZ』を取り出し、取っ手をガチャッと下ろしてロックを外した。これはスズメバチ用の最終兵器、射程距離はなんと十三メートルもある。ホームセンターで一つだけ残っていたとっておきの切り札だった。



 そして、クラウディアに近寄って言った。

「このトカゲ、倒しちゃっていいですか?」



 クラウディアは俺の方をキッとにらむ。

 ダサいヘルメットをかぶった工事現場の作業員の様な身なり。武器らしい武器も持ってない。なのになぜこんなに自信満々なのか? と、クラウディアは困惑してるようだった。しかし、前衛崩壊、ホーリーシールドが破られたら全滅確定の命の危機に、答えなど一つしかなかった。



「お、お願いします……」



 俺はニコッと笑うとシールドの脇から殺虫剤を噴射した。



ブシュ――――!



 派手な音を立てながら殺虫成分がワイバーンに襲いかかる。

 ワイバーンは俺の方をギロっと睨んだが、直後、「ギョエ――――!」と断末魔の叫びを上げながらどす黒く変色し……、そしてドロッと液体になって溶け落ち、最後には真っ赤な魔石がコロコロと転がった。



「う……、うそ……」

 クラウディアは目を真ん丸に見開いて言った。魔術師も唖然(あぜん)としている。



「はい、お疲れ様でした」

 俺はクラウディアを見てニッコリと笑いかけた。



「あ、あなた何やったの?」

 クラウディアは眉間(みけん)にしわを寄せて聞いてくる。

「俺は薬剤師、ワイバーンに効く薬を調合して、かけたんだよ」

 俺は適当に嘘をつく。そもそも俺自身、なぜ殺虫剤で魔物を倒せているのか分からないのだ。でも、『分からない』じゃ誰も納得しない。それっぽい説明しておいた方が都合が良さそうだった。

「薬剤師……。聞いたことないわ。あの()と……パーティ組んでるの?」

 そう言ってエステルの方を見る。

「そうです! 私はソータ様の付き人なんです! ソータ様は何と言っても……」

 エステルは得意げに解説を始めたので、俺は、

「エステル! あの倒れてる前衛を治してやってくれ!」

 と、ごまかした。稀人だということを知られると、ロクなことにならないに違いないのだ。俺は金貨を安定的に得られる道を作るのが第一目的なのだから。



「あ、そ、そうですね!」

 エステルがテッテッテと走って治癒魔法をかけにいった。



「た、助かったわ……。ありがとう……」

 クラウディアは疲れ切った顔で伏し目がちに言った。魔術師も頭を下げる。



 俺は真紅に輝く魔石を拾うと、

「これは山分けでいいですか?」

 と、聞く。

 クラウディアは首を振って言った。

「何言ってるのよ。あなたの物よ。私たちは命があっただけでもラッキーなんだから」

「そう? ありがとう」

 俺はうれしくなった。Aランクの魔物なのだ、きっと金貨十枚くらい……六十万円近い収入になるに違いない。俺は小さくガッツポーズをした。





















1-15. 魅惑のヘッドハント



「あ、そうだ! どうやって帰るか分かりますか?」

 俺はクラウディアに聞く。

「え? あなた達、地図も持ってないの?」

 驚くクラウディア。

「落とし穴を落ちてきたので……」

(あき)れた……。ここは60階のボス部屋。そこのドアを開けると地上へのポータルがあるはずよ」

 そう言ってクラウディアは壁面にあるドアを指さした。

「ありがとうございます。それでは……」

 俺はそう言って、帰ろうとした。



「ちょっと待って……」

 クラウディアは立ち上がると俺の手を取り、両手で包んで言った。

「え?」

「あの()より私の方が役に立つわよ……。どう? 組まない?」

 クラウディアは上目遣いで俺の目をジッと見て、ニッコリと笑った。戦闘の汚れが見えるが、すべすべとした肌に整った目鼻立ち、相当な美人である。

「い、いや、ちょっと……そのぅ……」

 俺が困惑していると、

 クラウディアは俺の手を胸に押し当てる。豊満な胸は温かくてマシュマロのように柔らかく俺の心臓はドクドクと高鳴る。

「ソ、ソータ様……?」

 エステルが戻ってきて驚き、寂しそうな目で俺を見る。

「あー、いや、これは……」

 俺が言葉に(きゅう)していると、クラウディアはニヤッと笑い、

「どっちがいいか……、よく考えてみてね。また後で!」

 そう言って俺にウインクをすると、仲間の方へと歩いて行った。



 エステルは俺の手をそっと両手で取り、寂しそうにうつむいた。

「大丈夫だよ、エステルを見捨てるような事しないから」

 俺はそう言ってエステルの頭をポンポンと叩く。

「ほ、本当です……?」

 エステルは今にも泣きそうな目で言った。

 俺はニッコリとうなずく。

「良かったですぅ」

 エステルは胸をなでおろし、安堵(あんど)した表情を見せた。



       ◇



 ドアの向こうにあった、白く光りながらクルクル回るポータルに触れると、身体がふわっと浮いて景色が変わった。そこは洞窟の入り口だった。夕暮れ間近な傾いた日差しの中で、多くの屋台が出て、冒険者でにぎわっている。

 冒険者たちは皆冒険用の装備でバッチリと決めていた。それぞれよろいやローブをまとい、派手な剣や杖を装備し、中にはデカい盾を背負っている者もいる。まさに絵に描いたようなファンタジーの世界だった。



「おぉ……」

 俺が圧倒されてキョロキョロしていると、

「あっ! 串焼き食べるです!」

 エステルが俺の手を引いて屋台に連れて行く。

「はい、いらっしゃい!」

 おじさんはにこやかに応対してくれる。

「俺、魔石しか持ってないよ」

 と、エステルに言うと、

「魔石でも大丈夫ですよ!」

 と、おじさんが答える。

「え? そうなんですか?」

 俺はゴブリンの緑の魔石を出すと、

「それなら二本だね」

 と、言って俺とエステルに一本ずつ肉の刺さった串を渡してくれた。

 炭焼きで香ばしい香りが立ち上る串。俺は一口食べてみる。

 少し硬いが、噛むと肉汁がジュワッと湧き出してきて、それがタレの甘みと合わさり、素敵なハーモニーを奏でる。



「うはっ! これは美味い」

 俺は思わず声に出してしまう。

「ありがとうございます!」

 おじさんもうれしそうに言う。

「ここの屋台は評判なんですぅ」

 エステルは口の周りをタレだらけにしながら、ドヤ顔で言った。



















1-16. 真紅に輝く魔石



 串焼きを食べながら歩いていると立派な石造りの城壁が見えてきた。あれがエステルの暮らす街らしい。

「俺が『稀人かもしれない』っていうのは内緒にしておいて欲しいんだよね」

 串焼きの最後の肉をかじりながらエステルに言った。

「え? なんでです?」

「だって、稀人だったら徴兵されて国の防衛に回されちゃったりするんだろ?」

「うーん、まぁ、王様に謁見(えっけん)はしないといけないですね」

「ほらほら、俺そういうの嫌なんだよね」

「え――――! でも、ソータ様にはこの世界を(まも)っていただかないと……」

「徴兵されちゃったらもうエステルとは会えないと思うよ」

「えっ!?」

 急に立ち止まって目を真ん丸にするエステル。

「だってそうだろ? エステルはただの冒険者なんだから、軍隊には入れてもらえないよ」

「そ、そうでした……」

 しょげるエステル。

「だから、稀人の事は内緒な」

「でも……。世界を救わないと……」

「そんなの二人で救えばいいよ」

 俺はそう言ってニッコリと笑った。

「そ、そうですよね! ソータ様ならどんな魔物でも瞬殺ですもんね!」

 パアッと明るい顔をして俺を見るエステル。

 俺はうんうん、とうなずいた。

 最終的に国の組織に所属するにしろ、情報を集めておくことは重要だ。何も知らずに国に利用されるような事だけは避けたい。

 まずは自分達だけでできる範囲の事はやってみようと思う。何しろ金には困らないし、逃げ場所としての日本もある。

 

      ◇



 立派な城門をくぐると、そこは中世ヨーロッパのような素敵な石造りの建物が並んでいる綺麗な街だった。路面は石畳で、馬車がカッポカッポと行きかっていた。



「うわぁ、素敵な街だね」

 俺が声を上げると、

「ここ、バンドゥの街はこの辺では一番大きいんです!」

 と、エステルが自慢げに説明してくれる。



 しばらく歩くと、剣と盾をあしらった看板が見えてきた。建物は石造りで歴史のありそうな重厚な(おもむ)きを感じる。

「ここが冒険者ギルドです! 魔石の買取と、ソータ様の冒険者登録をやるです」

 エステルがニコニコしながら言う。

「エステルの生還も報告しないとな」

「あっ、そうでした……」

 ちょっと恥ずかしそうに下を向いた。



 木製のドアを開けると、ギギギーときしみ、酒とたばこの臭いがムッと漂ってくる。

 正面にカウンターがあり、左右はロビー。数十人の冒険者たちが(にぎ)やかに歓談していた。

 俺はちょっとアウェーな感じを受けながらカウンターを目指す。



「あら、エステルちゃん!」

 渋い赤色のジャケットを着こんだ受付嬢は、エステルを見るなり驚きの声を出す。

「えへへ、無事、帰ってこられたです……」

「良かったわ……」

 受付嬢は涙ぐみながらエステルの生還を喜んでくれた。

「あなたのパーティはもう別の僧侶を見つけて、ダンジョンへ行ったわ。残念だったわね……」

「それは仕方ないです。それに、このソータ様と新しいパーティ組むので大丈夫です」

 そう言って、エステルは俺を引き寄せた。

「ソータさん……ですか? 初めてですよね?」

 防刃ベストに物干しざお、どう見てもまともじゃない身なりを怪訝そうに眺めながら言う。

「そうです。冒険者登録と魔石の買い取りをお願いできますか?」

 俺はそう言いながらバッグの魔石の山を見せた。

 受付嬢は魔石の量に驚き、そして魔石の山をジーッと見て……、

「えっ! これってもしかして……」

 と、驚きながら真紅に輝く魔石を手に取った。

「双頭のワイバーンですよ!」

 エステルが自慢げに言う。

「双頭のワイバーン!?」

 声を裏返らせて驚く受付嬢。ロビーの冒険者たちが一斉にこっちを振り向く。

「ソータ様が一人で倒したんです!」

 受付嬢は驚きの表情のまま俺の顔をジッと眺め……、

「しょ、少々お待ちください!」

 そう言って奥へと駆けて行った。















1-17. 歴戦の猛者の風格



 ヒソヒソと、ロビーの冒険者たちが俺たちの事を話しているのが聞こえてくる。

 なんとも気まずい時間が流れた。



「ちょっと、二階の部屋へ来ていただけますか? ギルドマスターがお呼びです」

 受付嬢がそう言いながら出てきて、階段の方へ案内する。



 彼女はコンコンと重厚な木製の扉を叩き、ギギギーと開くと、

「どうぞお入りください」

 と、言った。



 案内されるがままに部屋へ入ると、ひげを蓄えた中年の男が鋭い目つきで俺を見る……。ガッシリとした筋肉質の体格は凄腕の冒険者といった風貌だった。

 そして、相好を崩すと、

「すまないね、ちょっと話を聞かせてくれるかな?」

 そう言ってソファーの椅子をすすめた。

 俺たちはソファーに座って姿勢をただす。



「ソータ君? 双頭のワイバーンを一人で倒したって本当かね?」

 向かいに座ったギルドマスターは射抜くような視線で俺を見て言う。



「そうです。この薬剤を噴霧(ふんむ)して倒しました」

 そう言って俺はスプレー缶を見せた。

「薬剤?」

「私は薬を操るスキルを持っていて、それで魔物を倒します」

「ほう……。そんなスキル初めて聞いたな……」



 エステルが横から言う。

「私も見てましたし、クラウディアさんが一部始終を見ています! 後で彼女に確認してください!」

 

 ギルドマスターはエステルをチラッと見た後、俺の目をジッと見つめ……、そして言った。

「なるほど、それであれば問題ない……。ところで、君は稀人って知ってるかな?」

 キタ――――! と内心思いながら、

「え? 何ですかそれ?」

 としらを切る。

「魔物からこの地を救う救世主の事なんだが……、君はもしかして稀人だったりしないかね?」

 鋭い視線で俺を見る。俺は内心ビビりながらも、就活で鍛えた取り繕うスキルで、

「残念ながら私はただの薬剤師ですね」

 と、淡々と嘘をつく。

「稀人だったら貴族扱い、上流階級の暮らしができるんだぞ?」

 ギルドマスターは身を乗り出してアピールする。

「マスターがもし稀人だったら申告しますか?」

 俺は極力表情を出さないようにしながら聞いた。

 マスターは(まゆ)をしかめ……、腕を組んで考え込み……、ニヤッと笑って言った。

「まぁ、しないだろうな」

 俺はニコッと笑い、

「もし、将来稀人になる事があったら申告します」

 そう返した。

「……。まぁいい。君も聞いているかもしれないが、今、人類は危機に立たされている。最近になって頻繁に十万匹規模の魔物の大津波が街を襲ってくるようになった。すでにいくつもの街が滅ぼされている」

 ギルドマスターは苦虫を噛み潰したような顔をして言った。

「深刻ですね……」

「それに対抗する切り札が稀人……と、されている。君もこのギルドの一員になるという事であれば、魔物の侵攻の際には力を貸してくれないと困る」

「もちろん、そのつもりです」

 ギルドマスターは俺の目をジッと見据え……、

「頼りにしてるぞ……」

 と、熱を込めて言った。

「が、頑張ります」

 俺は気迫に圧倒されながら答えた。



「それで、ギルドカードのランクだが……、双頭のワイバーンを一人で倒せるなんてのはもはやSランクだ。しかし……初発行の最高ランクはCなのだ。まずはCランクから始めてもらうでいいかな?」

「私は何でも」

 そもそもランクが何を意味するのかもわかってないのだ。そう答える以外ない。



「よろしい! では、Cランク冒険者のソータ君、これからよろしく!」

 ギルドマスターは右手を差し出し、俺は握手をする。

 彼の手のひらは皮が厚くゴツゴツとして、歴戦の猛者の風格を感じさせた。



























1-18. 美少女のヒモ



 一階に戻り、魔石を換金したら全部で金貨十五枚ちょっととなった。百万円近い利益だ。なんかもう就活なんて馬鹿らしくなってきた。

 そしてCランクの認識票とギルドカードを受け取る。認識票は赤茶色の銅の板のネックレスで、一目でCランクと分かるようになっているらしい。ちなみにBランクだと銀でAランクだと金だそうだ。なお、エステルは駆け出しのFランクなので陶器。ちょっと安っぽい。

 Cランクに到達できるのは二十人に一人くらいで、なおかつ多くが中年のベテランなので、俺みたいに若くてCランクなのは超エリートなんだそうだ。悪い気はしないが……、ただ殺虫剤まいているだけなのでちょっと気が引ける。



        ◇



 ギルドを後にする頃にはすでに真っ暗になっていた。

「時間かかっちゃったね、ごめんね」

 俺はエステルに謝る。

「そんなの全然大丈夫ですぅ。それより、お腹すいてないです?」

 エステルは俺を覗き込むように見つめ、ニッコリと笑う。

「あー、お金儲かったし、パーッと行くか!」

 俺はニヤッと笑って言うと、エステルは、

「やったぁ!」

 と、言ってピョンと飛んだ。



       ◇



 エステルのおすすめのレストランに入ると、おばちゃんが声をかけてくる。

「あら、エステルちゃん! いい男連れてデートかしら?」

「デ、デート!? ち、違いますよぉ、パーティ結成記念なんです!」

 真っ赤になって答えるエステル。

「ふぅん……、じゃあそこのテーブル使って」

 俺たちは窓際の、花が一輪飾られた席に座った。



「ここは肉料理が美味しいんですよ!」

 エステルがうれしそうに言う。

「好きなの頼んでどうぞ」

 俺は微笑みながら返す。そう言えばまともな食事は久しぶりかもしれない。期待が高まる。



 結局、俺はエール、エステルはリンゴ酒、それからエステルがお勧めの料理をいくつか頼んだ。



 すぐにやってくる木製のジョッキ。

「それでは、無事の帰還を祝って!」

「カンパーイ!」「かんぱーい!」

 俺たちはジョッキをゴツっとぶつけてお互いの健闘を祝った。

 ゴクゴクっとエールを飲むと、ホップの香りが鼻腔をくすぐって爽快だ。

「カーッ! 美味い!」

「美味しいですぅ」

 ニコニコするエステル。



「はい、おまたせ~!」

 しばらくすると、おばちゃんが大きな皿をドンとテーブルに置いた。

 皿には大きな骨付き肉がどっさりと入っている。

「うわっ! なにこれ!?」

 俺が驚いていると、エステルはいきなり手づかみで(かじ)り付いた。そして、

「美味しいですぅ~」

 と、うっとりと幸せそうな顔をする。

「どれどれ……」

 俺も真似して(かじ)り付く。癖のない旨みたっぷりの肉汁がジュワッと湧き出て、甘辛いスパイシーなタレのとのハーモニーが奏でられる。これは美味い!

 さらに少し濃くなった口にエールを流し込むと……最高! まるで天国だ。

 俺もエステルも無言でひたすら貪り食った。これは東京でお店やってもウケるに違いない。異世界恐るべしである。



「お肉以外も食べてね~!」

 そう言って、おばちゃんが野菜の煮込みと豆を潰した練り物の皿を並べた。

 野菜はボルシチっぽく、豆は中東のフムスに似ていて両方ともメチャクチャ美味い。このお店、凄すぎる。毎晩通いたいくらいだ。



 あっという間にエールが空いたので、

「おかわりお願いしまーす!」

 と、おばちゃんに頼むと、エステルも

「私も~!」

 と言ってジョッキを掲げる。

「あれ? エステルってお酒飲んでいい歳なんだっけ?」

 今さらながら不安になってきた。

「こう見えても、もう大人なんです!」

「え? いくつ?」

「レ、レディーに歳聞いちゃダメなんです!」

 そう言ってプイっと向こうを向いた。

「ごめんごめん。でも、飲み過ぎないでよ」

「大人なので大丈夫です!」

 胸を張るエステル。

 大人……、ねぇ……。俺は嫌な予感がよぎる。



       ◇



「そう言えば『シューカツ』は大丈夫ですか? お祈りしてるですか?」

 肉をかじりながらエステルが聞いてくる。

「就活ね、今はやってる暇がないな。ここでの暮らしに目途が付かなきゃまた始めないと……」

「シューカツすると何が良いですか?」

「いい会社に入れるんだよ」

「いい会社? 毎日金貨もらえるですか?」

「いや、そんなにもらえない……」

「楽しいんですか?」

「いや、楽しいわけではないんじゃないかな? 四十年間毎日お仕事に通い続けるだけだから……」

 俺は自分で言ってて暗い気持ちになって沈んだ。

「四十年!? 楽しくないことやったらダメです!」

 エステルはあきれて怒る。

「いや、お金稼がないと……。衣食住にはお金かかるでしょ?」

「そのくらい、私が何とかするです! シューカツしなくても大丈夫です!」

 エステルはニッコリと笑う。

「え?」

 俺は一瞬何を言われたのか分からなかった。それって……、ヒモってことじゃないの?

「いやいやいや、そんな、エステルに頼れないよ」

「ソータ様は私の恩人です。遠慮しなくて大丈夫です!」

 エステルはそう言って胸をポンと叩いた。

 俺は困惑した。

 可愛い女の子に養ってもらいながら、異世界でのんびり暮らすなんて……、ん?

 それって最高なのでは?

 いやいやいや、ちょっと待って。俺は日本でいい会社入って、毎日朝から晩まで働いて、可愛い嫁さんもらうんだ……って、そんな実現怪しい道より目の前のヒモ?

 俺は頭を抱えた。

 可愛い少女のヒモ……、なんて魅力的なんだ……。

「嫌です?」 

「い、嫌じゃないよ! 嫌じゃない! ただ……」

 俺はここで思い直す。やはり自分の人生は自分の足で自立しなきゃダメだ。やりがいをもって稼ぐこと、これが人生には大切なのだ。

「大丈夫、ありがとう。俺はちゃんと自分で稼ぐから」

 俺はそう言ってニッコリと笑った。

「そうです? いつでも頼ってくださいね」

 エステルはちょっと寂しそうに言う。

 俺は自分のことを一生懸命考えてくれる少女の言葉に、胸が熱くなる思いがした。こんなに俺の事を考えてくれる人に会ったのは初めてかもしれない。俺はちょっと目頭を押さえ、この素敵な出会いに感謝をした。









1-19. 大人の誘惑



「ここ……、いいかしら?」

 いきなり声をかけられ、驚いて振り返ると、クラウディアだった。

 着替えてワンピースになり、お化粧もバッチリ決めたクラウディアは、まるで別人のように美しかった。

「ど、どうぞ……」

 俺はその美貌に圧倒されながら席を引いた。

「エールお願いしまーす!」

 クラウディアはおばちゃんに向けて叫ぶ。



「ど、どうしたんですか?」

 女の子の方から接近された経験などない俺はドギマギしながら聞く。

「前を通りがかったら見かけたので……。さっきはありがとう。助かったわ」

 クラウディアはニッコリと笑う。

「いや、こちらこそ魔石をありがとう」

 俺は照れながら頑張って返事をした。



 ジョッキが来たので乾杯である。

「では、お疲れ様! カンパーイ!」

「カンパーイ!」「かんぱーい」



 クラウディアは俺をジッと見つめる。美人に見つめられるとエールの味が良く分からない。俺はゴクゴクとエールを飲んだ。



 クラウディアはエステルを鋭い目でチラッと見る。 

「お、おトイレ、行ってきます……」

 エステルがちょっとビビったように席を立つ。



「それで……、さっきの話、考えてくれた?」

 エステルの後姿を確認した後、クラウディアは単刀直入に切り込んでくる。

「あ、ありがたいお話ですが、もう僧侶はエステルがいるので……」

 俺は気圧されながら答える。

 クラウディアは俺の手を取り、自分のふとももの上に乗せ、手を重ねた。

「私はあの()より優秀だし……、きっと満足してもらえるわ」

 上目づかいに俺を見るクラウディア。

 エステルとは違う、大人の魅力を漂わせるクラウディアに気圧される俺。

「お、俺と組んで何をやりたいんだい?」

「ダンジョンの百階。ボス部屋の奥にあるはずの、まだ誰も行った事のない伝説の宝物庫……。私、行き方知ってるのよ。あなたと私なら行けるわ」

 なるほど、それは面白そうだ。

「取り分は七対三、私は三でいいわ。どう?」

 クラウディアは俺の目をのぞきこむ。

「うーん……」

 確かに魅力的な話だ。だが……、何かが引っかかる。

 俺はエールを一気にグッと飲む。

「悩む事なんかないじゃない! あの()じゃ無理よ! 私とだから行けるのよ?」

 必死にアピールするクラウディア。



 そこにエステルが寂しそうな顔をして、うつむきながら帰ってきた。

 俺は大きく息をつくと言った。

「魅力的なお話だけど、お断りします」

「なんで!?」

 クラウディアはいきり立つ。

「エステルは『世界を護って』って俺に言うんだよ。命かけるならお宝じゃない、世界平和だ」

「当然、私だって魔物の襲来時には手伝うわよ!」

「それはそうなんだけど、百階攻略で死んじゃう可能性もそこそこあるだろ?」

 クラウディアは俺をにらむ。

 俺は視線に耐え難くなり、エールを一気に空けた。



「あぁ、そう。分かったわ!」

 クラウディアはバッグから銅貨を何枚か取り出し、パンとテーブルに叩きつけると、

「きっと後悔するわよ!」

 そう言って立ち上がり、足早に店を出て行った。

 やっちゃったかなぁ……。俺は美しい後姿を揺らしながら出ていく彼女をボーっと見ながら、すでにちょっと後悔をした。



「ソータ様ぁ……」

 エステルはウルウルしながら俺の手を取った。

 俺はエステルの頭をポンポンと叩く。



「すみませーん! エールおかわり!」

 おばちゃんに叫んだ。



       ◇



 腹いっぱい飲み食いして、店を出る。

 エステルは気持ちよさそうにふらふらしながら、

「お月様がきれいですぅ」

 と言って、両手を月に伸ばした。



 正直言えば、クラウディアと一緒にお宝狙った方が正解なんだろう。まだ誰も到達したことのないお宝の部屋……きっと何億円じゃ済まない金の臭いがする。

 でも、エステルとクラウディア、どっちと冒険したいかと言えばエステルだ。クラウディアの方がナイスバディだし、優秀なのも間違いない。でも……、利益でつながる人間関係はぜい弱。損得勘定が合わなくなった瞬間裏切られるリスクが常に付きまとう。

 その点、エステルは損得で動いていないから絶対裏切らないだろう。



 しかし……。あのナイスバディと仲良く……なりたかったな。

 俺の煩悩が後悔を誘っていた。