「なんかすみません。変な気使わせることになってて」

2コマフルで授業をして、残業をこなして帰る22時過ぎ。
どんなに遅くとも23時には教室を出る様に言われているが(それも暗黙の了解の様なものだ)、ここ最近はギリギリ23時前ということも多々ある。

夏期講習前はこんな風になることも少なくはないけど、今年は現役高校生が講師の中にいるわけで。
なるべく残業させず、早く上がれる様にがむしゃらに働いていた。

楠木君は、多少なりその現状を意識しているのだろう。

「いいよいいよー。他の講師達だと、つい喋りながら残業したりしちゃうからさ。終わって居酒屋行こーとか。そういうダラダラ感ないし、かえって効率よく仕事できてる気がする」
「いや、残業のこともですけど、最近増えた高校生達のこととか......」
「あぁ、そっち!」

そしてやっぱり、飄々と授業をこなしている楠木君でも、教室の独特な雰囲気は感じ取っている様で。

「楠木君のせいじゃないよ。ほら、室長なんて楠木君効果で生徒数爆上がりってめっちゃ嬉々としてるじゃん。個別指導塾って、色んな生徒が来るからさ。中には勉強なんてぜってーやんねー!みたいな子もいるし。夏前は特に、駆け込みで来る子も増えるから、大なり小なり浮ついた雰囲気にはなるよね」

「本気の講習が始まれば、だんだん落ち着いてくるよ」と、ちょっと先輩風を吹かせてフォローを入れてみた。

そんなわたしに楠木君はクスッと笑い、「あざす」と軽く頭を下げる。

シフトが増えるほど、楠木君と会う日も増えていき、こうして並んで帰る日も必然的に増えてくる。

綺麗な顔立ちにも随分慣れたが、彼もまた、だいぶ心を許してくれる様になった気がする。