「……私の話、聞こえて、た?」


とんでもない恐怖がじわじわと体を蝕んでいくのが嫌でもわかる。
それでも一縷の望みにすがるしかない。
寝てて聞いてなかった、声が小さくて聞こえなかったって。
だけどそんな希望は、彼の一言であっけなく崩れる。


「……悪い」


この場面での謝罪の言葉がどんな意味を持つのかなんて、きっと誰でもわかるだろう。

何か言わないと。
さっきのは全部嘘、聞かなかったことにして、忘れて、誰にも言わないで、嫌わないで。

いろんな言葉が浮かぶのに、パニックになってどれひとつも声にできない。


「……あのさ、早坂(はやさか)。ほんとごめん。声かけようと思ったんだけど」

「っ……!」

「あ、おい! 早坂!」


気付いたら逃げ出していた。
走って走って、そのまま消えてしまいたい気分だった。
よりによって……よりによって聞かれた相手が桐谷くんだなんて。


『……ごめん、やくそく守れなくて』


もしも神様がいるのなら心底恨む。
彼には、彼だけには知られたくなかったのに。

自分の心を犠牲にしてでも必死に保っていた日常が崩れてしまった。