それは。
私の婚約者のノーマン様の声でした。


「お疲れになったでしょう?」

それは。
愛しいひとを気遣う声でした。


「やはり王都は騒がしいですね……
 クリスティン様もお疲れになりましたよね?」

「大丈夫ですわ
 疲れてなどいません
 貴方が側に居てくれているのですもの」

熱を帯びて震える様な彼の声に返事をした、その声は。


とても静かで
とても涼やかな
しっとりとした心に染み入るような声でした。

あの絵本に出てくるお姫様はきっとこの様な声をしていると思いました。
こんな声をしたお姫様に囁かれたのなら、凛々しい男の子が夢中になるのも仕方がない。

思い知らされるというのはこういうことなのだと、私は理解しました。

おふたりが寄り添う姿を見たわけではありません。


ただノーマン様が問いかけ、
クリスティン様が答える。

その声のやり取りだけで、わかってしまい
ました。
どれ程、お互いに相手に焦がれているのか。


彼のこんな声は聞いたことがありません。
ノーマン様はいつも私に微笑んでくれましたが
『シャル』と、私の名前を呼ぶ彼の声は
いつもどこか冷めていたのです。

ノーマン様と会えない、この夏が始まってから。
何度も想像していたことでした。


彼が私を愛していない、と。
はっきりと突き付けられた時、
私は泣くのかしら?
努力しても報われなかった、
この想いはどうしたら、いい?
その時…私は?