「それをあの女は」

短く低く、暗い声で殿下は仰られました。


「叔父上と叔母上、おふたり揃って人を信じすぎる
 帝都に住みたいと願い出たあの女に、救いの手を差しのべてしまった」

「……」

「皇妃陛下、俺の母が絶対にあの女を皇宮に入れてはならぬと言い張って、陛下は帝都から外れた離宮にならと、返事を出したんだ」


皇妃陛下は神国ユーランの姫でした。
ユーランの黒髪赤目を皇太子殿下は継いでおられます。
 

「母には神殿の巫女の血が流れている
 妖しいモノを受け付けないんだ」

だから俺も、と仰って殿下はお話を続けました。


「俺には、あいつの魅了は効かない」


皇太子殿下に流れる巫女の血と、
エドガー様が信じる騎士の誇りは
妖女の魅了に惑わされない。


「クリスティンは離宮に移る前に1ヶ月でいいから帝都を楽しみたいやら、傷を癒したいやら、
いい加減な事を言って陛下に泣きついた」

「あの女の常套手段です
 陛下には1ヶ月でいいと、言って……
 ノーマンには夏の間だけでいいと、言ったん
ですよね?」

エドガー様の表情が歪んだ様に見え、あぁ、このひとは本当にクリスティン様を憎んでいるのだと思いました。


「だが母上は例え短い間でも、妖女を絶対皇宮に入れないと、言った
 何を言われても、それを譲らなかった
 陛下はあの女に魅了されていなかったが、王国の手前公爵令嬢を無下には出来ない
 それを見かねた叔父上が少しの間なら預かりますと、手を挙げたんだ」