玄関から離れ、太陽様について行くと。
 先週見た時は草ボーボーの藪状態だった庭が、
 綺麗に草刈りされて、お洒落な庭園になっている。
 窓付近の地面はタイルデッキになっており、デッキの上には円形のテーブルと椅子が4つ置かれてある。
「すっごい…先週まで藪だったのに」
「先生に言われて、そういえば庭の手入れしてなかったことに気づきまして急いで庭師を呼んで手入れしてもらったっす。どうぞ」
 慣れた手つきで椅子を引いてくれる。
 ゆっくりと椅子に座り込む。
「先生がお茶って言ってたんですが、俺、お茶の淹れ方がわかんなくて」
 テーブルに置かれてあるのは、透明なグラスに透明な液体…
 中央に置かれてあるのは缶に入ったままのクッキーだった。
「今朝、ひとっ走りして隣町の山で組んできた湧き水です」
「…湧き水」
「すんません、汲んでくる間に時間が経ってしまったんで、常温っす」
「…じょうおん」
 まさか太陽様本人が準備してくれるとは。
 想像出来ない事態が目の前で起きていることに軽く混乱する。

 お茶をしよう…って言って、まさかの湧き水を飲むって。
 なんだそれは。
「太陽様、少しばかり台所をお借りしますね」
「あ、どうぞ」
 事態を素早く飲み込んだシナモンがすぐさま台所へと消えていく。
 急に2人きりになってしまい、どうしたものかと太陽様を見る。
「あの、国家騎士団の制服をを着ているってことは、お仕事にでも行かれるのですか?」
 普段はあのダッサい民間騎士団の制服を着ているから。
 久しぶりに見る国家騎士団の制服が新鮮に感じる。
「いや、仕事じゃないっす。俺、何着ていいのかわかんなくて。先生に失礼のない服っていったらコレかなあって」
「…私、別に偉い人間じゃないんですから。私服でいいのに」
 話してみると、太陽様ってどこかずれているというか。
 面白い人なのかもしれない。
「お待たせしましたー」
 さっき台所に行ったと思っていたシナモンが5分もしないうちに、戻って来た。
「太陽様がせっかく湧き水を汲んできてくださったので、今回はコーヒーを淹れてみました」
 シナモンはテーブルの上にソーサーを置いて、その上に白いコーヒーカップを置いた。
 コーヒーポットを持ったシナモンはカップにコーヒーを注いでいく。
 準備するのが早い…
 素早くテーブルをセッティングしたシナモンは私の後ろに立った。
「すんげえ! 家でコーヒーって飲めるもんなんですね」
 目を輝かせながら太陽様が言う。
 何だか、子供みたいな人だ。

 太陽様はコーヒーカップを見た後。
 私のほうを見た。
「先生の侍女の方、良かったら椅子に座ってください」
 そう言って太陽様は椅子を引いた。
 私は思わず「えっ」と声を漏らした。
 領主の弟である太陽様は身分が高いはずなのに、
 侍女に対して敬語で話しかけ、更には座るように言うなんて…
(意外に良い人なんだろうか?)
 イチゴの兄なのだから、性格悪いと思っていたけど。
 もしかして違うのか・・・

「ありがとうございます、太陽様。わたくし立っているほうが楽なので」
 シナモンは表情を変えず、無表情で言う。
「そうっすか? 立ちっぱなしは足痛くなりそうですけど・・・まあ、座りたくなったら、いつでも座ってくださいね」
 ふわっと微笑みかけた太陽様の表情に、ぎゅんっと胸が痛くなる。
 この人、いい人じゃん。

 カップを持って一口、コーヒーを飲む。
「先生、良かったらクッキーも食べてください。お手伝いさんに頼んで有名な店で買ってきてもらったやつです」
 四角い缶に入ったクッキーをじっと眺めて、一枚手に取った。
「あの、太陽様。お手伝いさんは今日。お家にはいらっしゃらないのですか?」
 太陽様はコーヒーをふーふー言いながら冷まして一口飲んだ。
「ああ、いないっす」
「…この家にお手伝いさんは住んでないんですか?」
 ずっと、疑問に思っていたことだ。

 夕暮れの冷たい風が髪の毛をふわふわと揺らす。
 静まり返った家を眺めると、
「そうっすね。うちはお手伝いさんが隣の家から通ってきてくれるんですよ」
「…通ってくる?」