「あら、マクファーレン様!
 嬉しいわ、退学するご挨拶をしていなかったのです」

邪な悪魔など想像もしていない、ピュアの権化グレイスはその言葉通り、嬉しそうな声をあげた。


君は知らないだろうけどね、あのドノヴァンって小僧はね、と教えてあげたいのを堪える。
一応、グレイスの友人だ。
彼女が自分の友人を悪し様に言う俺をどう思うか、わからなかったから。


「ぜひ、貴方にもご紹介したいわ。
 マクファーレン様はとても愉快な御方なのです、旦那様」

「うーん……」

グレイスには結婚式の翌日、俺の事は『旦那様』と呼ばないで、と頼んだが、ふたりだけの時以外は
『旦那様と呼ばせてください』と言われて、ふにゃふにゃになった俺だった。


俺の本音は、アイツの紹介なんて要らない、だ。
あの赤毛の悪魔については専門家から報告されている。
あいつはまだ16歳とは思えない程、遊んでいる男だった。

それこそ、貴族のご令嬢から平民の娘、年上から年下まで、アイツのゾーンは広かった。
グレイスに関係しなければ、師匠と教えを請いたい程だ。

だが、図々しくも婚家にまで会いに来るとは。
中等部の頃から目を付けていたグレイスが人妻となったことで、ドノヴァンはますます滾っているのだろう。
(たぎる、って本当にイヤらしい言葉だけど)


だけど、却っていい機会かと思った。
あいつの目の前で、グレイスが俺の事を『旦那様』と言う。
良い、凄く良い!
それを聞いて、ドノヴァン・マクファーレンはどんな表情をするだろうか。
今更どんなにお前が頑張ったって、グレイスは俺の妻なんだ。
それを思い知るにはいい機会だ。

マウントを取りたい男、それが俺クリストファー。
だが、マウント男は自分で気付いていなかった。


俺がいい機会だと思って、その通りだったためしはない。
前回は6年前、留学をしたくなくて、父にグレイスの事を打ち明けて。
気持ち悪い男認定された時だった。