そうして、挨拶をし続けて約半年。
 彼の塩対応にもめげずにやって来たけれど、一方的に志弦を愛でる日は、いよいよ終わりとなったらしい。

「あ」

 突然、彼が何かに気がついたように、かぱっと口を開いて里央を見つめる。そして、迷うように髪をくしゃくしゃとかき混ぜてから、ゆらりと指をさした。

「肩んとこ。……その、シアーブルゾンに」

 まさかのシアーブルゾン。
 彼のような年齢の男性と、決して親和性が高くない単語まで飛び出してきて、里央の心臓は大きく跳ねた。
 ただ家に引きこもっている無職のおじさん――ではないだろうなとは思っていたけれど、そんな単語がサッと出てくる彼は何者なのだろうか。

「なんかついてる」

 ぼそぼそっとしゃべるその声は、抑揚はない。けれども、深く響くその声に、里央の心はすでに振り切れていた。

「肩? えっと……っ」

 話しかけるのは平気なのに、いざ話しかけられると焦ってしまうのはどうしてだろう。
 すっかりパニックになってしまったまま、彼に指さされた右肩を見てみると、たしかに何かがついている。
 黒いビニールテープだろうか。くしゃくしゃに丸まったゴミみたいなものが、どこでひっつけたのか、存在感を放っていた。

「ほんとだ」

 慌てて引っぺがして、でもそのまま道路に捨てたら志弦の心象が悪いのではと考えるまでコンマ一秒。バッグの内ポケットにぐりっと押し込んでから顔を上げる。
 すると志弦はすでに里央に背を向けていて、自分の家へ戻っていくところだった。

「待ってくださ――わっ!?」

 無意識に彼のことを呼び止めていて、足が前に出ている。が、脳の指令と体の動きがバラバラになってしまった結果、何もないところに足を引っかけて、体勢が崩れる。

 こういうときは意識がスローモーションになるもので、ゆっくりと地面へ倒れ込むことをしっかり認識する。
 カメラだけはという意識だけが働き、両手を頭の上に掲げ、綺麗に肘と顔面からアスファルトに打ちつけた。