常識的に言うなら、旦那様と私の部屋は続き部屋になるか、もしくは隣同士なのですが
私が通された部屋は、遠く離れた客室でした。

そして、妻とは名ばかりの次期侯爵夫人に相応しい、私にあてがわれた豪華な客室に飛び込み、
内側から鍵を掛けました。

長い距離を全力疾走してきたのです。
胸の動悸は激しく、上手く呼吸出来ません。

私は扉に凭れて、ズルズルと座り込んでしまいました。

(これって……後から問題になる?)

旦那様からは『待ってグレイス』と、名前を呼ばれました。
昨年婚約して、お約束してお会いした時も
(ほんの数回です)
式の前にお顔を合わせた時も、名前を呼ばれた事は皆無でしたので、私の名前などひょっとしたら知らないのではと、思っていたのですが。

名前を呼ばれたのに、振り返りもしなかった私です。
旦那様のあのお言葉があったとはいえ、新床から逃げ出したのです。

(伯爵家出身の妻が、侯爵家の嫡男の夫を拒否した、そうなるのかな?)

(今からでも、旦那様の所へ戻り、傷付けられた新妻の演技を再開した方がいい?)

ぐるぐると考えましたが、結局。
もう今夜はいいや、と結論を出しました。
私は長い間考えるのが、面倒で嫌なのです。

あのプライドの高そうな旦那様が『白い結婚』を宣言されて、ショックで飛び出していった新妻を
部屋まで追いかけて、コトに及ぶとは思えません。