妹はグレイスのことを『天使ちゃん』と呼ぶ。

「とりあえず、正式に婚約しなくちゃね
 天使ちゃん山荘から無事に帰ってくるかな?」

家庭内傷害事件は起こしたくないので、黙って王宮へ仕事に行く。


とうとう、伯爵家に正式に申し込む日がやって来たっ!
正装してシュッとした俺を、妹がツンツンとつつく。

「長年の片想い、叶ってよかったね
 天使ちゃんに飛びかかったら駄目よ」

「……オマエ、イツカコロス」


父とふたりで伯爵家の応接室で、ご両親と彼女を待った。
5年ぶりの彼女は、どんなに綺麗になっているだろう。
震える手を必死で押さえた。

グレイスとは3メートル圏内で、会ったことはない。
ドキドキが、止まらなかった。
心臓が口から飛び出る最初の人間になるかもしれない。
(あぁ、このまま会えずに死ぬのは嫌だ
神様、もう少しだけ待ってください)

膝に置いていた両手を、胸の辺りで組んで祈りを捧げようとした、その時。

夏らしい黄色の小花が散った、涼しげな白いドレスをまとって、天使が降臨した。


一応、正式に婚約は結ばれた。
彼女の16歳の誕生日を過ぎたら、直ぐに結婚式だ。

学園はどうするのですか? と、天使が小首を傾げた。
その可憐さに見とれて言葉が出ない俺を、父がフォローしてくれた。

「息子は王太子の側近として日夜仕事に励んでいる
 出来ることなら、次期侯爵夫人として支えてやってくれないか」
 
早い話が学園を辞めてくれと、いうことだ。
本当は卒園まで通ってもらっても良かった。
だが、あのバカ息子が居るのが判り、ちょっと…と思い始めた。

人妻だからと諦める奴が大半だが、報告によるとあいつは余計に燃えるタイプだと思った。

そんな悪魔に俺の天使を近づけさせたくない。