こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

明莉を自宅へ送り届けたあと、
 楓は車の中でしばらく動けなかった。

(……あの人と、話さなければならない)

胸の奥に、静かだが確かな決意が沈んでいる。

明莉はまだ怯えている。
 玲奈の名前を出せないほどに。

ならば——
 楓が動くしかない。

スマホが震えた。
 画面には「白石玲奈」。

出るべきか迷ったが、
 楓は通話ボタンを押した。

「……もしもし、
 明莉ちゃん? あれ、ねえ、あなた誰?
 これって明莉ちゃんの電話でしょ。
 退院したって聞いたよ。本当に大丈夫なの?」

声は優しい。
 心配している“友達”の声。

だが、その裏にあるものを——
 楓は感じ取っていた。

「命に別状はありません。ご心配なく」

淡々と答えると、
 玲奈は少しだけ沈黙した。

その沈黙が、
 妙に長く、重く、冷たかった。

「……そう。よかった。
 明莉ちゃん、最近ちょっと不安定だったから……
 私、すごく心配で」

言葉は優しい。
 けれど、その“心配”がどこへ向いているのか、
 楓にはもう分かってしまっていた。

(あなたは……何を望んでいる)

胸の奥に、静かな怒りがひとつ灯る。

玲奈の声は続く。

「ねえ、明莉ちゃん……今どこにいるの?
 話したいことがあるの。
 会えたら嬉しいな」

その言葉に、楓の指先がわずかに強張った。

(明莉さんには……もう近づけない)

楓は短く息を吸い、
 声の温度を落として言った。

「明莉さんは、しばらく休養が必要です。
 連絡は控えてください」

電話の向こうで、
 玲奈の呼吸が一瞬止まった気がした。

その静寂が、
 何より不気味だった。