こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

強く握らない。逃げようと思えば逃げられる。
 でも、離れようとは思えなかった。
 その手は、壊れた心に触れるための、いちばん優しい距離を保っていた。

「泣いていいんです。泣くことは、弱さじゃありません」

その声に、また涙が溢れた。涙は止めようとしても止まらず、胸の奥の痛みがそのまま流れ出ていくようだった。

「……私、生きてていいのかな……全部失ったのに……」

言葉にした瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。
 自分で自分を責め続けていた言葉が、ようやく外に出た。

楓は少しだけ目を伏せた。
 そして、静かに言った。

「失ったものが大きいほど、人は立ち上がるのに時間がかかります。でも……あなたは、生きていていい人です」

その言葉は慰めではなく、どこか祈りのように聞こえた。“生きていていい”と、誰かに言われたのはいつ以来だろう。胸の奥の深い場所に、静かに灯りがともる。

私は泣き疲れて再び眠りに落ちた。今度は、誰かの気配に守られながら。孤独ではないというだけで、眠りがこんなにも違うことを初めて知った。

――明莉さん。

遠くで、楓の声がした気がした。眠りの底で、私はかすかに微笑んだ。

楓は、私が完全に眠ったのを確認すると、そっと手を離し、毛布をかけ直した。その仕草は、言葉よりもずっと優しかった。

そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。

「……あの日の笑顔を、もう一度取り戻してほしい」

その言葉は、夜の静寂に溶けていった。祈りのように、願いのように、そっと未来へ向かって放たれていた。