こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

夜が深くなるにつれて、部屋の空気は静まり返っていった。楓はソファに座ったまま明かりを落とし、私が眠るベッドのほうを静かに見守っていた。その気配は、暗闇の中でも確かに感じられた。

眠っているはずなのに、胸の奥がざわつく。夢の中で、誰かが私の名前を呼んでいた。

――明莉。

その声は優しくて、懐かしくて、痛かった。

――明莉、ありがとう。
――俺はパパになるんだな。

佑輔の笑顔が浮かぶ。最後に握った手の温度が蘇る。
 でも次の瞬間、光が消え、病室が暗闇に沈んだ。

「……やだ……やだ……」

夢の中で叫んだつもりが、声は喉の奥で震えるだけだった。胸が締めつけられ、息がうまく吸えない。

「明莉さん……?」

肩に触れる気配で目が覚めた。涙が頬を伝っていた。息が荒く、胸が苦しい。夢と現実の境目が曖昧で、どちらも痛かった。

「大丈夫です。ここにいます」

楓の声は、驚くほど落ち着いていた。その声に触れた瞬間、張りつめていたものが少しだけ緩む。

私は必死に呼吸を整えようとしたが、涙が止まらなかった。

「……全部、なくなった……私……どうしたら……」

言葉にならない嗚咽が漏れる。喉が震え、胸が痛くて、世界がまた崩れそうだった。

楓はそっとベッドの端に腰を下ろし、私の手に触れるかどうか迷うように指先を伸ばした。そして、ゆっくりと包み込む。

強く握らず、でも離れない。壊れた心に触れるための、いちばん優しい距離だった。