こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

どれほど眠っていたのだろう。目を開けると、部屋は薄い夕暮れの光に染まっていた。雨はまだ降っているらしく、窓を叩く音が静かに響いている。その音は遠くて、どこか夢の続きのようだった。身体を起こそうとすると、胸の奥がずきりと痛んだ。失ったものの重さが、再び押し寄せてくる。

「無理に動かなくていいですよ」

振り向くと、楓がキッチンから戻ってきたところだった。湯気の立つマグカップを手にしている。濡れた髪は乾きかけていて、シャツの袖をまくった腕が、どこか頼もしく見えた。

「少しだけ飲めそうなら……温かいものを」

差し出されたカップを両手で包むと、その温度がじんわりと指先に広がった。それだけで、涙がまたこぼれそうになる。温かさに触れるだけで、壊れた心が揺れる。

「……すみません。迷惑ばかりで」

かすれた声で言うと、楓は首を横に振った。

「迷惑なんて思っていません。あなたがひとりで苦しむほうが、よほどつらい」

その言葉は、優しさというより、どこか決意のように聞こえた。“助けたい”ではなく、“守る”と決めた人の声だった。

「……どうして、そこまで……?」

問いかけると、楓は少しだけ視線を落とした。けれどすぐに、まっすぐこちらを見つめ返す。

「理由は……いつか話します。今は、休んでください」

その言い方は何かを隠しているようで、けれど嘘ではないとわかる響きだった。言えない理由があるのだと、直感でわかった。

私はカップを握りしめたまま、静かに目を閉じた。雨音が遠くなる。胸の痛みは消えない。でも、ひとりではなかった。

――守ります。

眠りに落ちる直前に聞いた、あの声が蘇る。あの言葉が、この先の運命を変えていくことを、このときの私はまだ知らなかった。