こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

夜、明莉は眠れずにリビングへ向かった。静かな廊下を歩く足音が、やけに大きく響く。

すると、楓がまだ起きていた。ソファに座り、薄い灯りの中で書類を閉じたところだった。

「眠れませんか」

「……はい」

楓は立ち上がり、キッチンへ向かった。湯気の立つポットの前で、静かにハーブティーを淹れてくれる。

「これ、昨日より少し甘くしてみました」

「……ありがとうございます」

カップを両手で包むと、その温度が心の奥まで染みていく。胸の奥のざわつきが、ゆっくりとほどけていく。

「ここでの生活……少しずつ慣れてきました」

明莉がそう言うと、楓は驚いたように目を瞬いた。

「それは……よかったです」

その声は、どこか嬉しそうだった。控えめなのに、確かに喜びが滲んでいた。

明莉はカップを見つめながら、ゆっくりと言葉を続けた。

「……私、ちゃんと……生きていける気がします。ここなら」

楓は静かに頷いた。その頷きには、言葉以上の想いが込められていた。

「あなたは、必ず立ち上がれます。
 僕はそのためにここにいます」

その言葉に、涙がひとすじこぼれた。楓は気づかないふりをして、そっと明かりを落とした。

柔らかな暗闇が、二人を包む。

その頃。

白石玲奈は、明莉のSNSを何度もスクロールしていた。

更新が止まっている。姿を見せない。噂だけが増えていく。

玲奈はスマホを握りしめ、ゆっくりと笑った。

「……明莉ちゃん。どこにいるのかな」

その声は甘く、けれど底に冷たい狂気が潜んでいた。

静かな日常の裏で、確実に“何か”が動き始めていた。