こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

次の日は、簡単な掃除。

その次の日は、食器を洗うこと。

ほんの小さなことでも、“自分が生活に参加している”という実感が嬉しかった。昨日より今日、今日より明日——少しずつ、明莉の世界が広がっていく。

夕方、玄関の鍵が回る音がした。

明莉は思わず立ち上がる。胸がふわりと温かくなる。

「ただいま戻りました」

楓はいつもの静かな声で言った。けれど、明莉がリビングを整えているのを見ると、ほんの少しだけ目を見開いた。

「……片付けを?」

「はい……できる範囲で、少しだけ」

楓は一瞬だけ言葉を失い、それから柔らかく微笑んだ。

「ありがとうございます。無理をしていませんか」

「大丈夫です。少しだけ……やってみたくて」

その言葉に、楓の表情がわずかに緩んだ。

「……よかった」

その声は、安堵と喜びが混ざっていた。まるで胸の奥で、そっと灯りがともるような響きだった。

その夜、楓は明莉のために夕食を作った。温かい味噌汁と、柔らかい煮魚。どれも優しい味だった。

「……おいしいです」

明莉がそう言うと、楓は少しだけ照れたように視線をそらした。

「よかった。料理は得意ではないので……」

「そんなことないです。すごく……落ち着きます」

その言葉に、楓は小さく頷いた。

「あなたが少しでも安心できるなら、それで十分です」

その声に、胸がまた熱くなる。“守る”という言葉が、楓の中では決して義務ではなく、ただの優しさとして息づいているのだとわかる。

食卓の灯りが、二人の影を静かに重ねていた。