こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

新しい生活が始まって数日が経った。

明莉はまだ本調子ではなかったが、それでも少しずつ、家の中でできることが増えてきた。昨日より今日、今日より明日——ほんのわずかでも前に進めている気がした。

朝、楓が仕事に出る前に、

「無理はしないでください」

と必ず言い残していく。

その言葉に包まれているような気がして、明莉はゆっくりと深呼吸をした。

——今日は、何かひとつだけでもできることを。

そう思えるようになったのは、楓が毎日、静かに寄り添ってくれたからだ。押しつけるでもなく、急かすでもなく、ただ“そこにいる”という優しさで支えてくれた。

最初にできたのは、洗濯物を畳むことだった。

楓のシャツを手に取ると、生地の柔らかさと、微かな洗剤の匂いが胸に広がる。それは、誰かと暮らす家の匂いだった。

——この人は、私を守るために結婚してくれた。

その事実が、まだ信じられない。信じたいのに、胸の奥がそわそわして、嬉しさと戸惑いが混ざってしまう。

畳んだシャツをクローゼットにしまうと、そこには明莉の服がかけてあった。

柔らかな色、落ち着いたデザイン、どれも“明莉が着る姿”を想像して選ばれたものばかりだった。

「……凄く素敵な服ばかり……こんなにしてもらっていいのかな?」

思わずつぶやくと、胸が少しだけ温かくなった。誰かが自分のために選んでくれた服——それだけで、心がじんわりと満たされていく。

“誰かと暮らす”という感覚が、ゆっくりと、静かに、明莉の中に根を下ろしていく。

まだ不安もある。まだ痛みも残っている。
 でも——

この家には、帰る場所の匂いがした。
 そしてその中心には、楓がいた。