こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

新しい生活は、静かに始まった。

明莉はまだ心も身体も弱っていて、家の中を歩くだけで息があがることがあった。ほんの数歩で胸が苦しくなり、立ち止まってしまう日もある。

それでも、楓は何も言わず、必要以上に手を出さず、けれど決して離れない距離で見守っていた。

その距離感が、今の明莉には救いだった。触れないけれど、確かにそばにいる。その“ちょうどいい距離”が、心をそっと支えてくれる。

朝は楓が先に起き、キッチンから小さな物音が聞こえてくる。その音に気づいて目を覚ますと、テーブルには温かいスープと、柔らかいパンが置かれていた。

「無理に食べなくていいですが……少しでも口にできたら」

その言葉に、明莉は小さく頷く。

食べられない日もあった。スプーンを持ったまま涙がこぼれる日もあった。喉が締めつけられて、何も飲み込めなくなる日もあった。

そんなとき、楓は決して責めず、ただ静かにそばにいてくれた。

「泣いてもいいですよ。泣くことは、前に進むための一部です」

その声に、明莉は何度救われただろう。涙を流すたびに、少しずつ心の奥の氷が溶けていくようだった。

楓の存在は、押しつけでもなく、支配でもなく、ただ“寄り添う”という形そのものだった。

その優しさが、明莉の壊れた心に静かに染み込んでいった。