こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

楓の腕の中で、意識が遠のいていく感覚があった。雨に濡れた身体は冷え切っていたのに、彼の手だけが不思議なほど温かかった。その温度に触れていると、崩れ落ちた心の破片が、かすかに震えながら寄り添ってくるようで、痛みと安堵が静かに混ざり合っていった。

気づけば、柔らかな布の感触に包まれていた。

知らない天井。知らない部屋。けれど、どこか安心する匂いがした。雨の冷たさがまだ身体に残っているのに、この部屋の空気は静かで、優しかった。

「……起きましたか」

低く落ち着いた声が耳に届く。振り向くと、タオルを手にした楓が椅子に座っていた。スーツの上着は脱ぎ、シャツの袖をまくっている。髪はまだ少し濡れていて、雨の中で私を抱きかかえたときの姿がそのまま残っていた。

「熱があります。無理に起きなくていいです」

そう言って、額にそっとタオルを当ててくれる。その優しさに触れた瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。

「……どうして……」

声が震えて、言葉にならなかった。
 どうして助けたのか。
 どうしてこんなに優しいのか。
 どうして私は、こんなにも壊れてしまったのか。

楓は答えなかった。ただ、タオルを替え、冷えた指先を包むように温めてくれた。その手の温度は、雨の冷たさとはまるで別の世界のものだった。

「泣いてもいいですよ」

その一言で、堰が切れた。涙が止まらなかった。声にならない嗚咽が喉を震わせ、身体が小刻みに揺れた。

佑輔の顔が浮かぶ。最後に触れた手の温度。お腹に宿ったはずの命の気配。全部、全部、失ってしまった。

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

何に謝っているのか、自分でもわからなかった。ただ、壊れた心が痛くて、苦しくて、どうしようもなかった。

楓は黙って、そばにいてくれた。触れすぎず、離れすぎず、ただ寄り添う距離で。その距離が、今の私には救いだった。

「大丈夫です。あなたは悪くない」

その言葉が、胸の奥に静かに落ちていった。誰にも届かなかったはずの場所に、そっと触れてくるようだった。

どれくらい泣いたのだろう。涙が枯れたころ、私はようやく深い眠りに落ちた。眠りに落ちる直前、楓がそっと毛布をかけ直す気配がした。

「……必ず守ります」

かすかな声が、夢の底に沈んでいった。その言葉は、壊れた心の奥に、静かに灯る小さな光になった。