こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

「……わかりました。契約結婚……お願いします」

その瞬間、楓の表情がわずかに揺れた。安堵と、決意と、言葉にできない何かが混ざり合ったような、静かな震え。

「……ありがとうございます。必ず、あなたを守ります」

その声は、誓いのように響いた。軽い言葉ではない。覚悟を伴った、ひとつの“約束”だった。

こうして——

明莉と楓の“契約結婚”が始まった。

楓は少しだけ表情を引き締めた。

「……ひとつだけ、絶対の条件があります」

明莉は顔を上げる。胸の奥が、また静かに波立つ。

「契約結婚は、誰にも言わないこと。芸能界にも、事務所にも、世間にも」

その言葉に、明莉は息を呑んだ。

「……秘密に、するんですか」

「はい。あなたが芸能活動を続ける以上、結婚は“守るための盾”であって、公表すれば逆にあなたを傷つけます」

楓の声は静かだったが、強い意志があった。迷いのない、まっすぐな意志。

「世間は残酷です。佑輔さんの死と、あなたの流産が知られたら……あなたはきっと、耐えられないほど叩かれる」

明莉は胸を押さえた。その未来を想像するだけで、呼吸が苦しくなる。

「だから、秘密にします。あなたを守るために」

楓の言葉は、まっすぐで、嘘がひとつもなかった。その誠実さが、胸の奥に静かに沁みていく。

けれどこのときの明莉はまだ知らない。

この契約が、やがて本物の愛に変わっていくことを。

そして、もっと残酷で、もっと深い“事件”が
 二人を待ち受けていることを。

朝の光が静かに揺れ、
 新しい運命の幕が、そっと上がろうとしていた。