こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

病室の窓から差し込む光は、春の匂いを含んでいた。

退院の日が近づくにつれ、胸の奥がそわそわと落ち着かなくなる。

(……帰るんだ、あの家に)

楓と暮らす家。
 契約結婚の家。

でも——
 もう“契約”だけの家ではない。

楓さんの告白が、胸の奥で静かに灯っている。

(私も……好きだって言ったんだ)

思い出すだけで、頬が熱くなる。

ノックの音がして、楓が病室に入ってきた。

「おはようございます、明莉さん」

その声は、以前より少し柔らかくなっていた。

「……おはようございます」

自然と微笑んでしまう。
 その微笑みが、もう隠せないほど自然にこぼれる。

楓はベッドの横に椅子を置き、静かに座った。

「体調はどうですか」

「だいぶ良くなりました。もう歩いても痛くないです」

「よかった。退院の手続きも進めてあります」

その言葉に、胸が少しだけ高鳴った。
 “帰る場所”があるという事実が、こんなにも温かいなんて。

楓は少しだけ表情を引き締めた。

「明莉さん。退院したら……契約結婚のことを、一度きちんと話し合いたいと思っています」

明莉は息を呑んだ。

「……はい」

「契約は……もう必要ないと思っています」

胸がじんと熱くなる。
 その言葉は、まるで未来の扉をそっと開くようだった。

「でも、あなたの気持ちを無視して進めたくはない。
 だから……あなたの意思を聞かせてほしいんです」

明莉はゆっくりとうなずいた。

「……私も……ちゃんと向き合いたいです」

楓はほっとしたように微笑んだ。
 その微笑みは、これまででいちばん優しくて、いちばん近かった。

春の光が、二人の間に静かに落ちていた。