こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

病院の廊下は、夜の静けさをそのまま閉じ込めたように冷たかった。
 取り調べを終えて戻ってきた楓は、明莉の病室の前で一度立ち止まった。

(……やっと、終わった)

玲奈の執着も、過去の影も、
 すべてがあの取り調べ室で終わった。

これからは——
 明莉の未来だけを見ればいい。

楓は静かにドアを開けた。

薄暗い病室の中で、明莉は静かに眠っていた。
 楓はベッドの横に座り、そっと明莉の手を取った。
 その温もりに、胸の奥がじんと熱くなる。

(守りたい……この手を……これから先ずっと)

そう思った瞬間、明莉の指がかすかに動いた。

「……楓……さん……?」

弱々しい声。
 けれど、確かに楓を呼んでいた。

楓は身を乗り出した。

「明莉さん。起きられますか」

明莉はゆっくりと目を開けた。

「……帰ってきて……くれたんですね……」

その言葉に、楓の胸が締めつけられた。

「ええ。あなたのところに戻らない理由なんて、一つもありません」

明莉の目が潤む。
 その涙を見た瞬間——
 楓の胸の奥で、長い間閉じ込めていた言葉が静かにほどけていった。

「……明莉さん」

呼ぶ声が震えた。

「あなたに言わなければならないことがあります」

明莉がゆっくりと楓を見る。
 その視線を受け止めながら、楓は深く息を吸った。

「……あなたは、僕の初恋でした」

病室の空気が、そっと揺れた。

「大学生の頃、駅前で倒れた老人を助けていたあなたを見ました。
 テレビで見る“佐伯明莉”じゃなくて……
 ただ必死に誰かを救おうとしている、ひとりの女の子でした」

明莉の瞳が大きく揺れる。

「その笑顔に……一瞬で心を奪われました。
 名前を呼ぶこともできず、ただ見送るしかなかった。
 だから、今日……雨の中であなたが倒れそうになっていたとき……」

楓は明莉の手を、そっと包み込んだ。

「もう二度と、あの日みたいに何もできずに見送るのは嫌だったんです」

静かな告白だった。
 けれど、その言葉には十年分の想いが宿っていた。