こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

看護師の後ろで、
 警察官に腕を掴まれた玲奈が連れていかれるのが見えた。

玲奈は泣き叫んでいた。

「違うの……違うの……明莉ちゃん……!」

その声に、楓は一度も振り返らなかった。

(お前の声なんか、もう聞きたくない)

怒りではない。
 もっと深く、もっと冷たい感情だった。

ただ——
 明莉を傷つけた存在を、
 “世界から消したい”と思った。

赤いランプが灯っている。
 時間の感覚が消えていく。
 廊下の空気が重く、息が苦しい。

(明莉さん……どうか……)

祈るように、ただ立ち尽くす。
 手術室の扉の向こうに、
 自分のすべてが置き去りにされているようだった。

その時——
 ポケットの中でスマホが震えた。

画面には 《佑輔》 の名前。

遺品として預かったスマホ。
 その中に残された“未再生のビデオ”。

動画の再生ボタンに指を伸ばした瞬間、
 楓の胸に、ふと大学時代の記憶がよみがえった。

——あの日。
 明莉を初めて見た日。
 夕暮れのキャンパスで、
 困っている老人に傘を差し出していた、
 あの優しい横顔。

胸が締めつけられる。

(あの時から……俺は……)

言葉にならない想いが、
 胸の奥で静かに溢れた。

手術室の赤いランプが、
 楓の影を長く伸ばしていた。