こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

明莉の身体を抱きしめたまま、楓は震えていた。

腕の中の彼女は、あまりにも軽く、
 あまりにも冷たく、
 あまりにも静かだった。

「明莉さん……! しっかり……!」

呼びかけても返事はない。
 まぶたは閉じたまま、呼吸は浅く、
 血がゆっくりと楓の手を濡らしていく。

その温度が、楓の心を切り裂いた。

(だめだ……失いたくない……!)

震える指でスマホを掴み、
 救急に電話する手が汗で滑る。

「——はい、救急です」

「人が……刺されました……!
 意識がありません……!
 早く……早く来てください……!」

声が震えている。
 普段の冷静さなどどこにもなかった。

電話を切ると、楓は明莉の頬に触れた。

「明莉さん……聞こえますか……?
 大丈夫です……僕がいます……」

言葉をかけながらも、
 胸の奥では恐怖が暴れ狂っていた。

(お願いだ……戻ってきてくれ……)

そのとき——
 玄関の外からサイレンの音が近づいてきた。

赤い光が窓に揺れ、
 救急隊員が駆け込んでくる。

「患者はどこですか!」

「ここです……! 早く……!」

楓は明莉をそっと床に横たえ、
 救急隊員に場所を譲った。

隊員たちが手際よく処置を始める。
 酸素マスク、止血、脈の確認。

「脈弱い! 意識なし!」

その言葉に、楓の心臓が止まりそうになった。

「搬送します! ご家族の方、同乗できます!」

「行きます!」

楓は迷わず答えた。

ストレッチャーに乗せられた明莉の手を、
 楓は離さなかった。

救急車の扉が閉まる瞬間、
 楓は振り返った。

玄関の前で、玲奈が崩れ落ちていた。
 泣きながら、震えながら、
 何かを呟いている。

だが——
 楓は一度も視線を向けなかった。

(今は……明莉さんだけだ)

救急車が走り出す。
 サイレンの音が夜の街を切り裂く。

楓は明莉の手を握りしめ、
 震える声で呟いた。

「……明莉さん……
 お願いだから……戻ってきて……」

その声は、
 祈りでも、願いでもなく——

愛する人を失いたくないという、
 ただひとつの叫びだった。