こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

その日は、朝から胸の奥がざわついていた。
 理由はわからない。
 ただ、何かが近づいてくるような、そんな嫌な予感だけがあった。

楓は仕事で遅くなると言っていた。
 明莉は一人で夕食を済ませ、洗い物を終えたあと、
 ソファーに座ってぼんやりとテレビを眺めていた。

(……なんだろう、この感じ)

胸の奥が、ずっと落ち着かない。
 何かが迫ってくるような、冷たい影が背中に触れているような——
 そんな感覚。

その頃。

玲奈は、息を切らしながら住宅街を走っていた。
 夜の空気は冷たく、頬を刺すようだったが、そんなことはどうでもよかった。

(明莉ちゃん……
 どうして……どうして私に何も言ってくれないの……?)

胸の奥が焼けるように痛い。
 呼吸が乱れ、思考がまとまらない。
 ただひとつの感情だけが、玲奈を突き動かしていた。

楓の家の前にたどり着いたとき、
 玲奈はしばらく立ち尽くした。

玄関灯が静かに灯っている。
 その光が、まるで“境界線”のように見えた。

(ここに……いるんだよね……?
 明莉ちゃん……)

震える手で、郵便受けに触れた。
 冷たい金属の感触が、妙に生々しく指先に残る。

胸の奥で、何かが軋んだ。

(どうして……どうして私じゃなくて……)

その思いが、ゆっくりと形を持ち始める。
 歪んだ執着。
 壊れかけた愛情。
 そして——奪われたという怒り。

玄関の前で、玲奈は小さく息を吸った。

(明莉ちゃん……会いたいよ……)

その声は、もう“友達”のものではなかった。