こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

(どうして……ここが……)

足が震えた。
 胸の奥で、何かがゆっくりと冷えていく。

玲奈の声が響く。

「明莉ちゃーん? いるんでしょ?
 退院したって聞いたから、お見舞いに来たよ」

声は明るい。優しい。
 ——けれど、その明るさが不自然だった。

(どうしよう……出たほうが……でも……)

足がすくみ、その場から一歩も動けなくなる。
 胸が苦しくなる。呼吸が浅くなる。

ドアを叩く音がした。

コン、コン。

「ねえ、開けてよ。心配して来たんだよ?」

ドン、ドン、と叩く音が強くなる。

「明莉ちゃん、いるんでしょ?
 ねえ……どうして出てこないの?」

声が少しずつ低くなる。
 優しさの膜が剥がれ、何か別のものが滲み出してくる。

(怖い……)

涙が滲んだ。
 震える手でスマホを掴む。

「……楓さん……」

少し震える声で呼ぶと、すぐに繋がった。

「明莉さん?どうしました」

その声を聞いた瞬間、涙がこぼれた。
 張り詰めていたものが、一気に崩れ落ちる。

「……玲奈ちゃんが……家の前に……」

楓の声が一瞬止まる。
 その沈黙が、逆に恐ろしいほどの“怒り”を伝えた。

「——鍵は閉めていますか」

「はい……」

「絶対に開けないでください。
 僕がすぐ戻ります」

その声は静かだった。
 けれど、その奥にある“怒り”は、明莉にもはっきりと伝わった。

電話越しなのに、楓がこちらへ向かって走り出す気配がした。
 その気配だけが、明莉の心をかろうじて支えていた。