こわれた私を拾ってくれたのは優しすぎる彼でした

明莉を家に残し、楓は玲奈の事務所へ向かった。
 理由はひとつ。——玲奈と話すため。

怒りではない。まだ爆発はしない。
 だが、胸の奥に沈んでいる“黒い熱”は、確実に温度を上げていた。

事務所の廊下で、玲奈が待っていた。

「重森さん。来てくれたんだ」

笑顔。いつも通りの柔らかさ。
 なのに——楓には、その笑顔が“薄い膜”のように見えた。

(……隠している)

直感だった。
 だが、確信に近い。

「明莉ちゃん、どうしてる?まだ怖がってる?」

「あなたが、何を知っているんですか」
 楓の声は静かだった。

玲奈の笑顔が、ほんの一瞬だけ固まる。

「え……?何って……友達だから心配してるだけだよ」

「友達、ですか」楓は目を逸らさない。

「では、聞きます。明莉さんが階段から落ちた日——
 あなたはどこにいましたか」

玲奈の指先が、かすかに震えた。

「……疑ってるの?私、何も知らないよ」
 声が低くなる。笑顔が消える。

「私はね、明莉ちゃんのこと、ずっと支えてきたの。
 あなたより、ずっと前から」

その言葉に、楓の胸の奥で何かが静かに軋んだ。

(……やはり、何かがある)

空気が変わった。
 廊下の蛍光灯が、わずかに揺れる。
 玲奈の瞳の奥に、冷たい光が走った。

楓は息を整え、ゆっくりと視線を落とす。
 怒りではなく、決意の色がその瞳に宿っていた。

(明莉さんを守るためなら、どんな闇でも踏み込む)

その瞬間、静かな廊下に、見えない火が灯った。